※パラレル
※王子×姫


 とある国の王子である花宮真の能力を、過小評価する人間はそういなかった。現在の国王の血を継いだというべきか、それ以上の才覚を有していると言うべきか、人の上に君臨する為に己の持っている力の奮い方をしかと心得ている様だった。兎に角他人に頭を下げるということが嫌いな性分だったので、彼を善良だと称する人間もまたいなかった。味方であればまだ良いけれど、敵に回すと全く情け容赦ない典型的な人種だったのである。
 そんな風だったので、彼が間もなく王位を引き継ぐ齢に達してくると落ち着かなくなるのは隣国の王族たちである。王が代替わりした途端、これまでの友好的な関係があっさりと瓦解するなんてことはありふれたこと。ただ今回は相手が悪く万が一敗れでもしたらどうなるかわかったものではない。その為、国同士の繋がりを今の内から強固にしておこうと毎晩のように宴を催しては自分たちの関係は良好ですという、誰に対してかもわからないアピールが繰り返されるようになった。因みに、媚を売られている最たる対象の花宮はこういった宴が大の苦手であった。嫌悪感を隠しもせず、父親への義理立てとして最初こそ顔は見せるが二言三言挨拶を残すとさっさと広間から引っ込んでしまうことが常だった。そんな自分勝手を繰り返している内に、花宮の評判ばかりが拡散されて本人の姿を見たことのある人間はあまりいないという状況が出来上がった。それは彼にとっては煩わしいことが減ったという意味で歓迎されるべきことだった。噂の一人歩きで、下等と見下している人間すら自分のことを好き勝手評しているのかと思うと腹立たしくはあったものの、そんな連中を一から炙り出して処分するほど暇じゃない。目の前に害となったら容赦はしないが、花宮は基本的に他人を均一的に価値ある物としてみなしていなかった。他人はそれを傲慢と呼ぶが、王族という立場は花宮にそうした価値観を抱かせるだけの奔放さを許し、幼心を捻じ曲げるだけの醜い人間関係の争いを見せつけてきたのである。
 さてここでまたとある別の国の話。花宮の国に隣接している小国の姫君である黒子テツヤという少女を、過小評価する人間はそうはいなかった。何故かというと彼女の能力が抜きんでているからとか、そういった理由からではない。単純に彼女は誰かから評価をされるほどその存在を認知されていなかったのである。それが数多くいる皇族やその兄弟たちの中に埋没してしまったというのなら、宮廷争いの犠牲者として涙を誘うエピソードのひとつやふたつあったのかもしれない。しかし彼女は王夫婦の一人娘なのだ。だからこそ溺愛され、深窓に追いやられてしまったということもある。不思議なことに存在感が薄いという体質に元来生まれ落ちてもいた。王が選りすぐった教育係から護衛役、情緒教育の為と友人の役目を果たす侍女まで全て取り揃えて、国外へは勿論城の外にすら出ないで幼少期を過ごしていた。過保護が過ぎると子は親の愛情を素直に受け取れなくなる。それは黒子も同様で、周囲の人たちから万遍なく注がれる愛情に申し訳なくは思ったものの、自分の見聞があまりにも狭すぎると母親に相談し、彼女の実家に家出を繰り返すというお転婆っぷりも披露した。それでも、姫君の振る舞いとは思えない所作が噂となって広まることはなく。最近ではあの王は夜な夜な現れる幽霊に死んだ娘の影を重ねているのではと品のない冗談を口にする輩もいるそうだ。その噂を聞いた黒子は父が耄碌していると馬鹿にされていることに憤慨した。それだけでも珍しいことであるのだが、彼女の周囲の人間は「まずお前が死んだ扱いを受けていることを怒れ」と口を揃えたと言う。しかし黒子にしてみれば、自分が死んでいようと生きていようと大差ある人間の方が少ないだろうと冷静に現実を理解していたので彼等の進言を聞き入れた振りをしてその実きれいさっぱり聞き流していた。

 そんな、王族同士でありながら殆ど共通点を見つけられない環境で育ってきた花宮と黒子を結びつける要素などありはしなかった。能力は上々、人間性は底辺を極める花宮にいくら将来有望とはいえ縁談を持ち込むほど黒子の父親は野心家ではなかったし国力も衰えていなかった。隆盛極まれりとも行かず、しかし国土を脅かされることもなく民の生活は安泰しており目に見えた憂いもないというのが現状であったので、寧ろ黒子本人がこのままでは自分が確実に行き遅れなることを察しており、しかしそれもありだなという悠長な構えっぷりなのである。
 花宮と黒子が初めて顔を合わせたのは、全くの第三国での宴に招かれてしまったことが原因であった。花宮と黒子の共通の知人である木吉は、二人の国と国境を接する国の国王夫婦の長年来の親友として宰相というよりもご意見番を務めている人間である。因みにこの国王夫婦は木吉に縁のある花宮を各々個人的には好いておらず、逆に黒子のことは我が子のように溺愛しているといった具合であった。花宮はこの夫婦よりも木吉に個人的な因縁を抱いていて、しかし当の相手はそんなこと全く気に掛けず、不敬罪を適用してもおかしくない馴れ馴れしさで王子の花宮に近付いてくる始末だった。
 つまりその宴は、花宮にとって非常に居心地の悪いものであった。そしてそれは黒子も同様で、彼女の場合人の多い場所に放られると決まって紛れてしまう難儀な性質をしており、何をどうしていいものかもわからない心細さも孕んでいる。
 賑やかな広間の壁伝いを入り口に向かって逃げるように進む黒子と花宮が正面から遭遇してしまったことに関しては、木吉の意図は全く働いていない。正真正銘の偶然である。花宮は勿論、目の前に突然出現した少女が隣国の王女などとは思いもしない。だが黒子の方が花宮を知っていた。直前までは知らなかったが、先程彼が木吉に名を呼ばれている場面を遠巻きに目撃していたのである。その際、ああこの人が自分の大好きな木吉を苛めた人かと睥睨した。恋愛的な感情はないが、愛された分だけ黒子はこの国の王夫婦は当然として木吉にも懐いていた。近年では黒子の家で先に追加されるくらいの頻度で訪問もしている。プライベートの極秘裏な訪問なので国民たちの知る所ではないが。

「……………」
「何だよ」
「いえ、別に。通りたいのでどいてくれませんか」
「はあ?勝手に避けて通ればいいじゃねえか」
「は、随分口が汚いんですね。王族が聞いて呆れます」
「王族が誰も彼も物腰穏やかな聖人君子だと思うなよ」
「思いませんよ。ただ公の場で取るべき態度が成っていないと言ってるんですよ。貴方、国を継ぐ立場でしょう?」
「この場にいるってことはお前だって相当な身分なんだろうが?大層な口の利き方だなあ、おい」
「畏まるに値しない人間っていますよね」
「はあ…?」

 身勝手に積み上げた嫌悪感を表に出して初対面の人間と接するべきではないと頭では理解している。しかし世間に出回っている評が、今こうして目の前にいる花宮自身とかけ離れたものでないということも人間観察に於いて優れた眼を有している黒子には理解できてしまった。自然と湧きあがる敵意の視線を受けた花宮も、自分に噛みつこうとする人間には容赦がないものだから反射的に睨み返す。黒子の名前も身分も知らないが、先に述べたようにこの場にいる時点である程度の高位であることは想像に難くない。そんな位を持つ家で育ってきた少女が、花宮を誰かと理解した上で挑むような態度を貫いていることは少なからず新鮮ではあった。嬉しくはないが、腹立たしさの中に嫌悪感がないことだけははっきりと本人が自覚した。尤も、物珍しさが先立っているだけとしか本人は捉えていない。

「――お前、名前は」
「…聞いてどうするんですか」
「別に。お前みたいな女が珍しいだけだ」
「―――。木吉さんにお聞きしたらどうでしょう。今回僕を此処に呼ぶことを決めたのは木吉さんですから」
「げっ、お前アイツの知り合いかよ」
「貴方もでしょう」
「一緒にするんじゃねえ!」

 心底うんざりしているといった風に特徴的な眉毛を顰める花宮に、黒子はそれまで一瞬も緩めなかった厳しい視線を意外だと緩めてしまった。言葉だけ聞き取れば激しい拒絶。しかしそれを語る表情と瞳を真っ直ぐ見つめていた黒子には、何となく読めてしまう色もある。好意では決してないが無視することの出来ない存在として相手を認めている、自分自身ですら持て余す相手を測りあぐねているような、覚束ない感情。
 ――何だ、思ったよりよっぽど…。
 人間らしいところもあるじゃないかと、言葉に仕掛けた瞬間、自分の口元が微笑を形作っていることに気付いた黒子は慌てて花宮から顔を逸らした。しかし時既に遅し、滅多に感情を表情に乗せることをしない黒子の希少な微笑は花宮にばっちりと目撃されてしまった。花宮は、予想外の表情の変化に硬直していて何も言っては来ないが不自然な沈黙が黒子には格好の隙となった。ドレスの裾を翻し、結局黒子は広間の人混みに溶け込んで入り口まで辿り着きその宴を脱走したのである。
 翌日、娘のように可愛がっている黒子がいけ好かない花宮と接触してしまったことを木吉から聞かされた国王夫婦は口を揃って彼女に何もされなかったかと真剣な顔で尋ねたが、それに対する黒子の回答はというと「難儀な人ですねえ」という聊か的を外したものであったという。ただその横で、木吉だけは笑いながら頷いていたそうだ。


 余談であるが、自国に帰った黒子を待っていたのは花宮からの手紙であった。どうやら木吉は黒子のことを花宮に話してしまったらしい。わざわざ非礼を文章で咎め直すとは暇な人でもあるのだなと呆れかえりながら封を開いた黒子は、その文面に更に呆れを深めてしまうことになる。
 その内容は、先日の宴の態度については一切触れず、単刀直入に気に入ったから自分の国に遊びに来るようにとどことなく命令口調で綴るものだった。読むからに他人を誘い慣れていない不器用な感じが伝わって来て黒子個人としては微笑ましく思えないこともないのだが。一向に手紙から顔を上げない黒子を訝しんで覗き込んだ友人兼侍女にその内容を読まれてしまい絶叫されてしまったものだから大変だ。彼女の周囲には過保護しかいないのだから。
 けれどまあ、黒子とて一国の王女としての矜持は多少なりとも持ち合わせているつもりなので。たった一度の逢瀬での印象が悪くなかったという程度の理由でこの関門を乗り越えられるなどとは思って欲しくない。

「――次にお会い出来る日が楽しみですね、花宮真さん」

 それがいつになるかは、花宮の熱意次第なのだけれど。手にしていた手紙を封筒に仕舞い、さて返事はどうしたものかと考える黒子の背後では、昔馴染みが彼女を手紙の送り主から守り抜く算段を真剣に打ち立てている所だった。


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善良ならば腹の中
Title by『ハルシアン』





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