「今度の日曜日、予定が空いているならデートしませんか」

 恥じらいも窺い入る雰囲気でもなく、黒子は桃井に誘いの声を掛けた。それが火曜日。学校は違うものの同時期に定期テストが終わったお祝いをするという口実の元に集まった青峰の部屋でのこと。当然、部屋の主である青峰には「そーゆうのは二人きりの時にやれよ」と怒られてしまった。だが仕方がないだろう。黒子にも言い分はある。身長差がわずか七センチ。体重差は不明だが体格差に大した開きがない黒子はひとりで桃井を運ぶことが出来ない。見事に力瘤の存在しない己の腕の貧弱さが嘆かわしいがいくら嘆けど筋力は増強しないのでそれならば利用できるものを利用して労力を負担して貰うのが賢い。そしてその労力に当たるのが青峰である。自惚れた予想を弾き出すものだと呆れられてしまうかもしれないが、何せ自分に対して何事も過剰反応が常の桃井であるから最悪で最高の反応を想定しておいた方が無難なのだ。
 黒子の予想通り、彼からデートのお誘いを受けた桃井は混乱のあまり返事をする前に意識を手放していた。今週末はやはり急だったかなと反省する黒子の横で、そういう問題じゃないだろうと呆れる青峰はなんやかんやと桃井をベッドに放り込んでやっていた。行動は優しいのに端々が雑だから残念だ。黒子を振り向いた青峰は何か物申したそうな眼をしていて、黒子は先に口を開いてそれを封じた。

「ついてきちゃ、ダメですよ」

 予想通り、青峰はぐっと押し黙った。
 誘い文句がずるかったなとは自覚している。初めてで唯一二人きりで出掛けた時のことを、実は黒子は今でも鮮明に覚えている。本当に彼女を青峰の幼馴染、部活のマネージャーとしてしか認識していなかった頃。二人きりという状況にも友情の延長線上にしか立てなかった。詫びる要因があるとは思わないが、黒子は桃井を恋愛対象として見ていなかった。桃井が自分に向ける感情すらどこかで友情だと変換しようとしていたことは、申し訳ないことなのだろう。ただ何せ、黒子にとっても桃井にとっても、何かと青峰大輝という存在は大き過ぎた、ということにしておく。
 やり直しのつもりはない。前提となる心境も随分変わっているし、誘いを掛けたのが黒子となれば桃井の意識だって違う。WCを終えてから黒子と桃井、青峰の三人で顔を合わせる機会も増えて、それはそれでとても心地よい空間だったから、永遠にそこに甘んじていることだって黒子には出来るのだ。中学時代と同じように、バスケだけに悩んで、打ち込んで、走り抜ければ良い。だけど先日、久しぶりに会った黄瀬に昔話の最中に指摘された内容によると、いつかの二人きりの自分が、あまりになっていなかったように言われてしまったので。何故知っているんだなんて、問い質せばあっさり尾行しましたと打ち明けてしまう辺り未だ懐かれているのだろう。その期待通りに許してしまう自分が悪いのかもしれない。
 兎に角、無地ポロにGパンはいけないと把握した。先日自宅でそれほど量のないクローゼットの衣服を引っ繰り返しながら、中学時代から高校進学に掛けて劇的に服のセンスが上達したとか変わったというわけでもないのに何故あの時に限って力のない選択をしたのか自分でも不思議で仕方がなかった。女の子と出掛けるには無神経すぎると怒られていたら、今ならば素直にその通りだと納得も出来る。けれど当時の無知で無神経に桃井の好意を無視していた自分には果たしてどうだろう。考えても仕方がないことで、だから今度の日曜日にこれまでを挽回しようとしているのだ。女子に対する態度が成長しているかといえば自信はないが、少なくとも現チームメイトの火神よりはデリカシーがあると自負している。
 桃井から出掛けることを了承するメールが届いたのは、水曜日の朝のことだった。件名で返事が遅れたことを詫び、本文でも謝罪文句を続け本当は即答で「YES」と答えたかった旨を滾々と説明された。最後の「長々とごめんね」と「日曜日楽しみにしてます」の文章に辿り着くまで、黒子は人生で一番の長文メールを読んだ気がした。カントクからの合宿の確認として持ち物を列挙されたって、黄瀬の無駄な女子力が発揮されたお誕生日おめでとうメールが届いたとしたって、これ以上スクロールを下ろしたことはない。やはり桃井に気を遣わせてしまうのだなと、黒子はどうも思い通りに事が運べないことに嘆息した。黒子の望みが、桃井にもう少しだけ自分に対して砕けて欲しいということなのだから、正直桃井の変化に期待する他ない部分もあるのだが。
 自分の口調も余所余所しさを助長しているのかと思案するもそれは長年貫いてきたらしさだから、崩す方が難しい。けれど桃井のあの過剰な反応は性格に結びついたものとは違う気がする。青峰や黄瀬辺りとの親しげな様子を見ていれば自ずと察しが付く。デートとか、男女の関係を示唆する些細なワードを発しただけで気絶されていたのではこれ以上は到底進めない。だから黒子は、今でも自信なく桃井の好意を疑ってかからなければならないのだ。特別かもしれない態度は、時々寂しさとなって黒子を苛む。優しくされたことを友情と決めつけて、当人が恋だと主張する物を幼い興味と憧れの延長だと遠ざけた。それなのに、いざその通りかもしれないとなると悲しくなるだなんて身勝手だ。携帯を弄りながら、思う。
 さて桃井は日曜日まで黙り込むつもりなのか、デートに誘ったはいいが行先どころか待ち合わせ場所も時間も決めていないのだから黒子は彼女に相談の返事を送らなければならない。誘ったのは此方なのだから、具体的な提案をしてあげるのが良いのだろうが、前科があるだけに自分の選択にどうにも自信がない。綿密に予定を組むならば明らかに桃井の方が秀でているだろう。かといってデートの類に手慣れていそうな黄瀬に助力を乞うのは癪だし、桃井に詳しい青峰に彼女の情報を貰うのは悔しいし、緑間と紫原は論外だし、赤司に恋愛方面で頼るのは未知の領域過ぎて怖い。普段優しい先輩たちは、同級生部員のデートを尾行しようとした前科があるので却下である。

「――映画とか、買い物が無難ですかね?」

 いつの間にか足元に寄っていたテツヤ2号に尋ねてみる。自分と似ていると評判の瞳からはどんな回答も読み取れなかった。見たい映画も、買いたい物も特にないのだけれど。予定は立てないことには埋まらないのだからと、黒子はアドレスから桃井の番号を呼び出して発信する見栄を張っても決まらないから、本人の希望も聞いておいた方が良いと思った。自分のすることを盲目的に褒めて持ち上げる彼女だから、やらかしたのかどうかすらわからないそれが一番恐ろしいことだ。

『――テツくん!?』
「ああ、桃井さん。先程メール貰ったばかりなのにすいません。今お時間大丈夫ですか?」
『うん大丈夫だよ。何かメール変なこと書いちゃった?』
「いえいえそういうわけじゃないんですが、日曜日は具体的にどこか行きたいところがあったら聞いておこうと思いまして」
『え?あー、うーん、特にぱっとは思いつかないなあ。テツ君はどこかないの?』
「それが桃井さんを誘おうということばかり考えていたら肝心の中身を全く失念していたんですよね」
『………』
「桃井さん?」
『テツ君、今のはファールです』
「はい?」

 突然しどろもどろになってしまった桃井に、黒子はどうしたのかと疑問に思うしか出来ない。散々桃井とのことで悩んでいる様に見せかけて、無自覚な不意打ちで彼女を振り回しているのはいつだって黒子なのだ。
 けれど女は根性。振り回されて目が回ってもそこで倒れている様じゃ勝利も恋も掴めない。

『テツ君!私、行きたいところあった!』
「そうなんですか?何処です?」
『テツ君ち!』
「え」
『えっとほら、最近私たちよく青峰君ちで集まることあるし、その途中で私の家の前通ることもあったでしょ?でもそういえば中学の頃からテツ君の家って見たことないなあって思ってて…』
「普通の家ですよ?」
『えっ、いやそういう期待をしてるんじゃなくて…。他の皆も行ったことないって言ってたから…だから…』
「……桃井さんがそれで良いって言うなら、僕は別に構いませんよ。でもこれってデートになりますか?」
『全然大丈夫!お家デートって言葉だってあるんだから…!……っ!デっ…』
「――桃井さん?」
『…かっ…掛け直します!』
「えっ、ちょっ……切られました」

 耳元でブツッと通話が切れる音が響く。相変わらず黒子を見上げている2号を抱き上げて、結局待ち合わせの場所と時間は決まらなかったなと携帯を仕舞う。桃井が掛け直すと言ってくれているのだから待っていても良いのだろう。
 しかしまさかデートの場所が黒子の家になるとは思わなかった。両親には友だちが遊びに来ると事実のような嘘のような曖昧な言葉を伝えておこう。そして先日引っ繰り返した衣装がそのまま放ったらかしになっていることを思い出し、今日から帰ったら大掃除だなと決意する。部活で疲れ切ってからの作業だから、一日では終わらないだろう。日曜日まで、計画的に時間を使わなければならないのは、何もお洒落に余念のない女の子に限った話ではないのだ。



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その頃若さはたなびいていた
Title by『ダボスへ』





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