赤司からキャンディを貰った。自分では滅多に購入しない棒付キャンディ。学生が懐に入れて持ち歩くには、少々お手頃とは言えない大きさで。パンプキンを象ったキャンディを覆う透明の袋に黒の目と鼻と口が印刷されていて、被せるとジャックオーランタンになるというもの。つまり、ハロウィンの期間限定物なのだろう。普段女の子たちが持ち歩いているような小さな飴玉だって赤司から手渡されるとしたら珍しいと言うのに、季節柄を持たせるだなんて二重に珍しい。貰ったキャンディの大きさを確かめるように、黒子は視力検査のポーズで片目を隠してみたり、魔法のステッキ代わりにくるくると振ったりと手の中でそれを遊ばせる。その反応に、赤司はまんざらでもなさそうな、微かな笑みを浮かべる。普段は紫原が四六時中お菓子を手放さないでいることに苦言を呈することもある彼が他人にお菓子を与えることがあるなんて。やはり物珍しさから黒子はまじまじとキャンディを見つめ、それから赤司に視線を送る。事情を説明して頂きたい。ハロウィンが関わっていることは明白だけれど、これは要求もしていない相手に菓子を押し付けるイベントではなかったはずだ。いつまでたっても赤司が口を開かないので、黒子は催促の意を込めて首を右方向に傾げた。すると彼の真正面に立つ赤司は左方向に首を傾げる。何とも奇妙な光景の出来上がりだ。ご機嫌で軽やかに、赤司は戯れている。それはそれで、やはり珍しいことだなと黒子は他人事として考える。目の前で関わりを持ち自分を巻きこんでいる人間の感情の機微すら遠いとは如何なものか。けれどそうでもなければ存在感なんて消したままではいられない。
 出来るだけ傍観者でいようと思わずとも、持ち合わせたスキルが黒子を直ぐに弾くから。付き合う人間の能力が化け物染みているからと諦めることは感嘆の筈なのに、黒子にはそれが非常に難しい。一方赤司は黒子が血の滲む努力をしても至れない円の中心に位置しながら、出来るだけ縁に寄っているように振舞う人間だった。見守るという表現は彼を持ち上げすぎているが、目が良いのか組織を把握するその技量は確かに素晴らしい。妙に落ち着き払った態度は性分なのか作り上げたものなのか。黒子にはあまり頓着すべき点ではないけれど。こんな風に他人の仕草に戯れで便乗する赤司を見るのは初めてだ。悪乗りは、割と見かける。

「――これ、頂いていいんですか?」
「ああ」
「ハロウィンだからですか?」
「ああ」
「僕も赤司君にお菓子をあげた方がいいんですか?」
「ああ」
「でも僕は何も持っていません」
「それじゃあ悪戯だ」
「――!!」

 至極当然。赤司の笑みが、微かと形容していた数分前とは違い確実に深くなっている。ハロウィンのルールがお菓子をくれなきゃ悪戯するぞという謳い文句が全てであることは知識として承知している。けれどそれは参加していた場合のはずだ。だって子どもたちは、お菓子が用意してある家の戸しか叩かないのだから。お菓子と悪戯は同等ではない。子どもたちの目的はいつだってお菓子だけで、悪戯なんてただの名目、呪文はただの形式美。
 黒子だって、赤司がハロウィンを持ち込まなければ本日十月三十一日を昨日と変わらぬただの平日として謳歌していただろうに。前準備もさせずに無防備な腹に一撃をぶち込むのはえげつないと思わないのか。真顔で尋ねる黒子に赤司も虚を突かれたように真正面からその言葉を受け止める。こんなやりとりすら戯れだと、部活仲間のどれだけが見抜いてくれるだろう。感情が表情に乗りにくい黒子の言葉はいつだって真剣と受け止められることが多いから。反応を見て楽しむには事欠かない性質だけれど、過度な反応が面倒に感じることもある。主に金髪。その点赤司は軽やかに躱して手玉にとって丸めて放り返してくれるから楽しい。尤も赤司の悪戯という言葉が本気であることもその声音から易々と想像がついて、身の危険が迫っているという自覚もしかと持っている。

「悪戯って何するんですか?」
「黒子がムッとすること」
「具体的には?」
「ハグしたりキスしたり。ずっと俺の腕の中にいれば誰も黒子を見失わないかもしれないね」
「それはムッとしますね」
「だろう?」

 想像しただけで、羞恥心とそれに対する周囲の反応の予想が黒子の眉間を険しくしていく。勿論赤司は嫌がらせという意味合いで黒子を捕まえようとしているわけではない。悪戯という名目を被るのは黒子の方で、赤司は楽しいからそれをする。お菓子を貰えなかった対価として。つまり赤司は愉快なのだ。黒子をハグして、キスして、見せびらかすことが。そういう顕示欲を、イベントにかこつけて発揮しないでいただきたい。友人としての許容範囲なんて黒子には明確な線引きをすることは出来ない。どれだけ慎重に気配を消して息を潜めてするりするりと人混みに紛れ続けても、集団社会から外れられない黒子の姿を嗅ぎ付ける人間は確実に存在する。同じ集団を形成する者であればそれだけ頻度も高い。元々は、赤司だってそれを足場に黒子を見つけたはずだろうに。
 黄瀬のじゃれ合いを拒めば泣かれるかもしれない。青峰のスキンシップを拒めば機嫌を悪くするだろう。緑間に意識されないよう消えれば心配されるかもしれない。紫原と対立しなければ不必要にお菓子を寄越してくるだろう。桃井には優しくする以外の選択肢がない。どれも今の黒子には弾けない世界。バスケはひとりでは決して出来ないスポーツなのだから。殊に黒子の場合は。
 黒子の顔にありありと浮かんだ不満がいつまでも落ち着く気配を見せないことに、赤司は仕方がないと譲歩してやるかの体で溜息を吐いた。何故こうもお菓子の持ち合わせがないというだけで上から見下ろされねばならないのか。更なる不満を募らせかけた瞬間、赤司の傲慢は今更だなと納得する。傲慢とはいっても、赤司にならそれが許されてしまうのでは肯定してしまうような、風格に追随するもの。

「じゃあ、逃げてもいい」
「……はい?」
「勿論俺は追い駆けるけど」
「赤司君、何の話ですか」
「タイムリミットは今日の部活が始まるまでだ。授業中は中断、移動教室は有り、バリアは一回限りだ」
「それって逃げる方が不利じゃないですか。日常生活の中で廊下を全力疾走するわけにもいきませんし出会わないことが勝利条件でしょう?」
「サボるって発想がない真面目な生徒には酷かな。けどお前の薄さは俺には相当難関なんだがな」
「手に入れてるくせに何言ってるんです。結局掌で遊ばせてるだけでしょ」
「手厳しいな」

 とうとう黒子はいじけて唇まで尖らせる。追い駆けっこなんて勝負事、黒子が赤司に勝てるはずがないのだ。赤司だって、そういう自分が勝利するという前提でしか物を語らない。そのくせ譲歩してやっただなんて。
 くるくると赤司から貰ったキャンディを回す黒子は既に散々なハロウィンだと今日一日を決定事項として扱っているのかもしれない。赤司はまだまだ遊び足りないのだけれど。好きな子に意地悪をしたいお年頃はどこかに落っことしてきたつもりで、本気で誰かを好きになればその落とし物はいつの間にかポケットに戻っているという恐ろしい物。けれどやりすぎて敬遠されてしまうのは匙加減をわかっていない愚か者だ。赤司は、当然自分は違うと思っている。

「仕方がない。黒子、追い駆けっこはまた今度にしよう」
「やりませんよそんなの」
「兎に角一度話を置いておく。今から他の奴らからお菓子をぶんどりに行くぞ」
「…青峰君たちからですか?」
「そうだ。緑間や紫原からだな」
「――黄瀬君も加えてあげてください」
「あいつは喜びそうだからな…。まあいいか。取りあえず黄瀬の場合ファンからの差し入れはアウトだ」
「でもそうすると紫原君以外お菓子なんてきっと持ってないですよ」
「だから行くんだろう」
「トリックオアトリートって言い返されたらどうするんです?」
「そのキャンディがあるだろう。こういうのは先手必勝だ。相手が差し出すまでこちらに請求する権利はない」
「そういうものですかね」

 「俺がそう決めた」と言いきって、赤司は黒子の手を引いて歩き出す。ハグやキスの手前のスキンシップ。この程度ならば、黒子は案外寛容的だった。それが、赤司に言わせれば危ういのだがこの無自覚加減は手に負えない。だけど零す訳にもいかないから躍起になるし悪ふざけだってしてみせる。
 大人しく赤司に引きずられている黒子の方から、がさがさと音がする。きっとキャンディの包装を解いているのだろう。片手と口でも使いながら。たった今、これから会いに行く連中にお菓子を請求されたらどうするのだと問われた際にそれがあれば大丈夫だと説明したばかり。食べきったらどうするのか。赤司がいれば滅多なことはされないと高を括っているのかもしれない。勿論赤司だって自分の目の前で黒子に悪戯なんてさせるつもりは微塵もないのだからそれで一向に構わない。
 音が止んで、暫し沈黙。キャンディを頬張っていた黒子が慌てた様子で「赤司君、」と名を呼ぶ。どうしたと振り返る。

「このキャンディ、南瓜味じゃないです!」
「…ああ、オレンジ味だ。南瓜味って、そんな好みの割れそうな味出会ったことないぞ」
「だってハロウィンなのに…」

 赤司に巻き込まれるまでハロウィンなど意識の端にも上りませんでしたと言わんばかりだった黒子の言い分に、赤司は声をあげて笑ってしまった。「何で笑うんですか!」と憤慨している黒子の手をもう一度しっかりと握り直して、赤司は上機嫌にまた歩き出す。黒子のイメージ通りの、パンプキン味のお菓子を獲得するまで「トリックオアトリート」と唱え続けようか。悪戯のバリエーションなら、赤司の頭の中にもう幾つでも存在しているから心配ない。だって今日はハロウィンで、赤司の大切な子はお菓子をご所望なのだから。


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かみさまの果てしないいじわる
Title by『呪文』


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