電話番号もメールアドレスも交換している黒子から赤司の元へ手紙が届くようになったのはつい先日のことだった。真っ新な便箋に綴られた四方山話はバスケと読書と時々その他で四方山と括るには偏っていて、赤司は取り敢えず代わり映えなく穏やかな日々を過ごしているのだろうと予想を付けた。寮の住所を聞かれた時は何事かと思ったが、アドレス帳のプロフィールを抜かりなく埋めるのが最近のブームだと上手く理由をこじつけられてしまったがこうして手紙を出す為だったのだろう。メールで言いづらいことが書いてあるわけでもなく、しかし黒子が筆まめな人間だとは思えなかった。多趣味というよりは偏った場所に膨大な熱を注ぎ込む一点集中型。バスケがそれで、それだけではダメな個所の穴埋めとしてマジバのシェイクと読書。勉学は食い込めなかった。だから正直、この気紛れな手紙が自分たちに文通という言葉で形容されるほどの繋がりを齎すとは思わなかった。けれど一度くらい、貰った手紙には返事を出すのが礼儀というものだろう。赤司もまた白い便箋と封筒に日常の欠片を黒子より細々と綴ってポストに投函した。
 赤司の予想を半ば肯定し、半ば裏切る黒子からの手紙が再び届いたのは赤司が返事を出してから四日後のことだった。きっと赤司からの返事を読んで一日から二日を挟んで直ぐにまた手紙を書いたのだろう。それは、予想外のことだった。予想通りだったのは、一通目の手紙では冒頭に形式美として綴られていた季節の挨拶文が二通目にして早速前略と纏められてしまったこと。現代文の成績はなかなかだったはずだが、読解力は読書で身に付けどもいざ自分で手紙を書く際の語彙力が豊富かといえば黒子はあまりその辺り達者ではないのだろう。前回と大差ない内容の手紙に目を落としながら、赤司は偶にはこういう手の掛かるやりとりも悪くないと笑みを浮かべていた。


 赤司に手紙を出すようになってから、黒子はわざわざ彼からの返事を学校で読むようになっていた。その方が、返事の内容に合わせて自分が書こうと思えることがふと浮かんでくるような気がするから。本当は、もっと露骨なまでに書いて伝えたい内容が沢山あるのだけれど、それをすると、根が真面目な彼はそれに見合った内容で返そうと筆を止めてしまうかもしれないから。
 立春を過ぎて少しばかりの屋上は、吹き抜ける風に春の兆しも感じられずにただ寒い。日差しが辺り風のない場所は温かいのだけれど、雲に翳ってしまえば最後の冬の足掻きと言わんばかりだ。それでも昼休みに屋上でバスケ部の一年で顔を突き合わせて昼食を食らう習慣がなくならないのは丁度いい場所が見つからないからだ。卒業を控える三年生不在の誠凛には空き教室もよその学校に比べれば確実かつかなりの数があるのだろうが、そういう常時空いている場所という物は存外誰かの穴場として確保されていたりする。衝突するのも面倒だし、部活で鍛えられていることもあってよほど天候が食事の妨害をするほど荒れていなければ外で円を作って食べている。毎日という訳ではないけれど、最近は以前より頻度が増えている。偏に、同じクラスのエースを引っ張りながら、影のエースが珍しくも一緒に食べませんかと誘いの声を掛けて来るからである。断るほど、バスケ部以外の交流が盛んでない彼らなのである。

「黒子何それラブレター?」
「いえ、残念ながら違います」
「…黒子でもそういうので残念って思うんだ?」
「だって僕だって男ですからね」
「あの桃井って人には靡かないのにな!」
「そこはまあ色々ありますので」
「ふーん」

 深く掘り下げて聞くのも野暮だなとあっさり詮索を取り下げる降旗は、その辺りまだ男女の甘酸っぱい青春に夢を見ている一面があるのだろう。バスケに高校三年間の全てを捧げる覚悟をして、不満はないしもう自分には縁はないかもと若干の諦めの中、それでも男だから可愛い女の子を見れば可愛いと思う。それだけのことが、黒子にはあまり見受けられない反応だったので、彼の物言いは降旗には少しだけ意外だった。あくまで少しだけ。
 屋上で集合という昼休みの予定は、火神が持ってきた弁当を早弁し購買に昼飯調達に出掛けるついでに自分たちの飲み物を買いに行くという河原と福田を見送った降旗と、用がない場所に付き合う気が全くない黒子の二人に待ちぼうけを強いた。柵に背を預けて座り込んだ黒子は、昼食より先にポケットから白い便箋を取り出し開封して読み始めた。いただきますの音頭は全員で合わせるつもりらしい。距離を開けるのも妙だから、降旗は黒子の直ぐ隣に腰を下ろした。同じように柵に背を預けて、これでは三人が帰って来た時に流れで一直線に並んで昼食を食べることになってしまうなと思いながら、その時はその時だと、黒子の持っている手紙の内容を読んでしまわないように、それでも手紙自体をじっと見つめながら降旗は黙っていた。

「――ねえ降旗君」
「…ん?」
「春休みもきっと、休み何てあまりないんでしょうねえ」
「あー、確かになあ。でも今更じゃん。WC終わった直後の冬休みだって正月三が日以外全然だったんだしさ」
「そうですね…。時に降旗君」
「うん?」
「春休み、恐らく二、三日はあるであろう休日の内一日を僕に予約させてくれませんか」
「え、何そのデートに誘うみたいな言い方」
「強ち間違いではありませんけど。君エスパーになったんですか?」
「二重の意味で黒子何言ってんの!?」

 やっと手紙から顔を上げたと思ったら、黒子はとんでもないことを言う。ここは男同士そんな訳ないだろうと一蹴するのが正しい。冗談のパスだったのに、見事にキャッチされてあらぬ方向にドリブルされては対応に困るだろう。しかもデートだなんて、ついさっき降旗が諦めた青春の一ページを彩る単語をあっさり肯定されては寧ろ悲しい。
 降旗の顔が混乱で崩れたままなかなか整わないので、黒子はさて困ったと空を仰いだ。風はなく、それでも流れていく雲が視界の端から消えて行く。直前まで読み耽っていた手紙に、黒子が最近心を砕いている赤司と降旗への事案が語られていたわけでは当然ないのだけれど。春休みは数日だけ京都から東京に帰ると、言い換えると数日しか帰れないと嘆くわけではなく淡々と綴られていた予定に歯噛みしたのは、当の赤司でも無自覚の降旗でもなく傍観者であるべきの黒子だった。距離を挟んで、アドレスも番号も知らず知っていると言っている黒子に尋ねてくることもしない赤司が好いている相手が降旗だということを、黒子以外の誰も知らないだろう。赤司の学校側の誰かが知っていたとして、そちらは降旗のことを知るまい。
 WCが終わってから、黒子は赤司と話をした。他愛ない話題ばかりで、中学時代、今の黒子を導いた時間をどうにかして取り戻そうにもそれは出来ないし、必要なかった。だからあの頃はね、なんて前置きに話題を持ち出すことは出来なくて、代わりにお互いが今のチームのことをぽつりぽつりと語るだけ。その中で、赤司が放った「開会式前に怖がらせてしまった子には申し訳なかったね」という一語がやけに黒子には気になった。だって、あの赤司が誰かに申し訳ないと思って、それを言葉にした。もう過ぎてしまったことを心底気に掛けているような声音に、気に掛けているのは怖がらせたことではなく怖がらせた人自体なのだなと理解した。面白がるつもりはなく、あの赤司が自分のチームメイトに心惹かれているならばと柄にもなく舞い上がってしまったのかもしれない。こっそりと降旗に探りを入れれば、赤司の懸念通り。降旗は赤司と鋏を切り離して考えることが出来ていなかった。少しずつ自分の思い出の中から優しかった一面を伝えていたつもりが攻撃的な人間というイメージを植え付けるに至り黒子も首を傾げてしまった。ここはときめくところではないのかと思いながら、なるほど自分は恋のキューピッドには向いていないのだという事実をただ客観的に受け止めた。
 そんな中、赤司に手紙を出してみたのは自室を掃除している際に購入した記憶すら残っていない便箋が出てきたことと、メールでも電話でも埒が明かない以前に始まらない赤司を応援する為の情報収集の幅を広げようとしてみただけのこと。具体的に何かに結びつくとは思っていなかった。こっそり降旗がメッセージなんて書いてくれない物かと画策しても上手い誘い文句は浮かばなくて、演じるには自分と降旗の字体は似ていなかった。
 黒子よりも達筆に、細かに季節と風景を描写してみせる赤司に、京都という土地がなせる技だろうかと意味もなく拗ねてみたりして。やってくる春の予定を尋ねれば一度東京に帰ると書いてあったから、もういい加減踏み出したっていいじゃないかと力尽くの手段に走りたくなってしまった。
 ――電話番号もアドレスも求められないなら、直接顔を合わせれば何か出来るんでしょうね?
 それはきっと、理不尽な要求なのだろう。黒子は、もっと息を潜めるべきなのだ。だけどあまりにももどかしいから、大好きなチームメイトを困らせながら、決して逆らうことなく敵わなければ姿を消す程度の当てつけしか出来なかった元チームメイトの尻を叩こうとしている。

「三月末から四月…湯豆腐はもう流石に暑いですかね」
「何、鍋するの?」
「食事に誘うのが一番オーソドックスかなと思いまして」
「え!?黒子誰かデートに誘うの!?やっぱあの桃井さん!?」
「いえいえ降旗君をお誘いしているんですよ」
「黒子俺とデートすんの?ん?」
「僕じゃありませんよ」
「ダメだ、何を言ってるのかさっぱりわからん」
「僕も段々わからなくなってきました」

 未だ混乱したままの降旗に、黒子はふっと口元を緩めて笑う。付き合いの長くなってきた彼には、最近では感情の浮かびにくい黒子の瞳にもそれなりの変化を見つけられるようになってきたらしい。それはむず痒いけれど嬉しくて、好きになる。赤司とは違う種類の、だけど彼に協力するのが勿体ないなあなんて自己の内で完結する戯れに興じる程度には愛しさを増している。
 ――ああホント、いい加減踏み出してくれないとつまらないじゃないですか。
 赤司のことも降旗のことも大好きだから。大好きな人どうしがくっ付いたらもっと大好きになれるんじゃないだろうか。勝手な予想は妄想に近く。けれど幸せを願うことには変わらない。
 春休みが楽しみだ。日本全国、学生は長期休暇を楽しみに待つものだが、黒子だけはそういった学生たちとは違う心持ちで暦が示す通りの季節の気配が漂う時分を待ち遠しく感じた。降旗の呟いた「デート」という単語が耳の奥で何度も響く。
 大丈夫、自分は存在感が薄いから、尾行ならお手の物だ。




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得意なのです迷走が
Title by『ハルシアン』




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