普段からお菓子を貪り食いながら歩いているような人間だからいけないのだと、黒子は自らを擁護する。声には出さないから、誰かに対しての主張ではない。
 そもそも学生が毎日廊下や教室で菓子類を隠さないのは如何なものか。常識的な面からみても費用的な面からみても紫原のその行動は珍妙なものだった。身体も大きいから単純に食べるということが目的かと思えば純粋にお菓子が好きなだけらしい。勿論お菓子以外の食事も普通に食べている。普通にしか食べないから、足りない分は全てお菓子で補えると信じ込んでいる。最初は注意していた教師陣も、授業中に封を切ることだけはしない彼なりの真面目さに自然と譲歩するようになっていた。通学で使用している鞄の中身が全てお菓子だとは流石に思っていないのか。学校に菓子を食いに来ている訳ではないと言うが、菓子が食えないなら学校に来ないとは思っていそうで怖い。バスケがまるで重要な位置を占めていないのだから、黒子は少々どころではなく複雑だ。
 その日、紫原が上機嫌で部活にやって来たことを、一軍の面子は彼が体育館に姿を見せた瞬間に察知した。両手いっぱいに抱えられた可愛らしいラッピングを施された袋や箱、口に咥えたまいう棒。
 ――ああ全部お菓子なんだな。
 誰もが見解の一致を測り、幸せそうに緩んでいる紫原の表情を見ながら、これで部活をサボっていればその表情は崩れないだろうにと溜息を一つ。バスケを嫌いだと豪語して憚らないくせに練習には真面目に取り組んでいるのだから不思議なものだ。勿論、紫原を欠いても勝利を確信する為の才能が揃っている帝光中であること、キャプテンの赤司がしっかりと紫原の首根っこを押さえていることが理由だろう。紫原が実は負けず嫌いであることなど、敗北を知らない帝光中バスケットボール部の中で知っている人間は稀だった。
 しかしあんな大量のお菓子をどうしたのだと見つめながらも尋ねる人間がいない中、紫原の後ろにひょっこりマネージャーである桃井が顔を覗かせた。そして紫原の手の中の物を見ると、直ぐに笑顔で「おめでとう」と言った。

「むっくん、今日お誕生日だもんね!」

 桃井の言葉に、遠巻きに彼を見つめていた黒子は驚いて目を見開いた。黒子が凝視する視線すらミスディレクションの効果を纏っているのか、紫原は全く気付く気配を見せない。寧ろ幸せそうに桃井に貰ったお菓子の話を披露している。どうせクラスの女の子たちに貰ったのだろう。紫原とクラスの違う女子が彼に物を上げようとすればそれは好意故であることが多い。わざわざ手作りの菓子をクラスの違う人間の為に用意したとあらばそうでないと主張する方が難しい。そうなると、いくら菓子好きの紫原でも警戒する。「お菓子をあげるからって知らない人についていってはいけない」と親から言い聞かされたばかりの子どものように。しかし逆に同じクラスの人間から受ける施しには驚くほど敷居が低く従順で寛容だった。自分だけではないという例示を目の前で見せられれば警戒心も何もない。
 好意のない女子たちの厚意は紫原を「可愛い」と認識している場合に行われるらしい。黒子に言わせれば「是非一度バスケの試合中の紫原君を見てからほざいていただけますか」とのこと。だって彼はトトロを追い抜かんばかりの勢いで今もにょきにょき成長しているのだ。高校生になる頃にはきっと子どもが大好きなトトロより大柄になっているに違いない。そう考えれば、可愛くはないだろう。
 クラスの人間たちはきっと紫原の誕生日を知っていて、それを祝う為にあんな綺麗にラッピングされた袋を寄越したのだろう。紫原は単にお菓子をいつもより沢山貰えるという事実にしか感動していなくとも、それは祝う側の楽しみ方だ。そしてそれは悪いことではない。感謝を求めてすることではないが、実際見返りがないのだから。
 しかしよく紫原の誕生日がここまで浸透していたものだ。訝しむ黒子の隣に、いつの間にか彼を見つけやって来ていた黄瀬が上機嫌に挨拶をしてくる。無言で見上げることに返事を託した黒子に、直前までの視線を追っていた黄瀬は未だ体育館の入り口で話し込んでいる紫原と桃井を見つけ「ああ、」と頷いた。

「昨日俺がクラスでそういえば明日紫原っち誕生日ッスね、って言ったらクラス中でお菓子をプレゼントする流れになったんスけど、まさかあんな集まるとは思わなかったッス」

 呑気に黄瀬が笑って真実を明かした瞬間、黒子は思わず彼の脛を蹴飛ばしていた。情けない悲鳴が上がる。


 青峰に誕生日パーティーをやるから今日は家に寄って行ってと頼んでいる現場に遭遇し、なし崩しに誕生日を祝った桃井を思い出す。今日は自分の誕生日だからお祝いして欲しいと自己申告により他者の祝う気概を挫いた黄瀬を思い出す。普段占いばかり気にしている所為で星座から粗方の時期を悟られながら、七夕生まれと発覚し「ああ占い好きそうな生まれだね」と誤解を受けそのまま祝われた緑間を思い出す。夏休み最終日に「誕生日だから宿題手伝ってくれ」とプレゼントを強要した青峰を思い出す。結局全員、既に誕生日を迎えた人間はなんやかんやとキセキ内だけであれ祝っている。ならばもうちょっと自己主張なりしてくれたっていいではないか。自分だけが出遅れたような悔しさで、理不尽な考えが黒子の脳裏に過ぎる。お菓子が貰えればいつだって誰からだって嬉しいだなんて紫原らしくて仕方がないけれど。

「黒ちん、」
「――紫原君、今日誕生日だったんですね」
「そうだよー。知らなかった」
「…それは僕がですか。君がですか」
「俺も忘れてたー」

 いつの間にか桃井と別れた紫原は黒子の元へとやって来ていた。きっと黄瀬の悲鳴に便乗して黒子を見つけたのだろう。体育館に大量の菓子を持ち込んでも食べる暇などないと思うし、最悪見かねた赤司に部活終了まで没収される可能性の方が遥かに高いというのに。紫原は自分の手元に大量にお菓子があるという事実が嬉しいのか手に抱えた物を愛おしげに眺めている。対象が菓子というのが何とも人間として悲しくはあるのだが。そしてやはり、紫原は誕生日を祝って貰えたことが嬉しい訳ではないのだ。

「紫原君、僕は君の誕生日を知らなかったので…プレゼントとかないんです。すいません」
「――飴ちゃんも持ってないの?」
「ええっと部室の鞄の中に一つくらいあるかもしれませんがそんな悲しげな表情で言うことではないですよね」
「ひどいしー。見ず知らずのクラスメイトだってこんなにプレゼントくれたのに黒ちんときたら…」
「ちょっと待ってください。見ず知らずってなんですか失礼ですよ」

 時々黄瀬が同じクラスにいることすら忘れかけている紫原なので、交流の少なさを比喩しているのではなく単純に顔も名前も覚えていない可能性がある。やはりそれはそれで失礼だと思うのだが。黒子は自分がそんな紫原に認知されていない人間に後れを取ったのだという事実を重く感じる。

「じゃあ黒ちん、プレゼントに今日の放課後俺に付き合って」
「…?寄り道ですか?」
「うん、そー」
「俺も!俺も行きたいッス!」
「黄瀬ちんは邪魔だから駄目―」
「ひどい!」
「紫原君がそれでいいなら僕は構いませんけど。でも何か買って欲しいなら今日は800円以内でお願いしますね」
「黒ちん…貧しい…」
「うるさいですよ」

 途中何度か会話に参加しようとする黄瀬をはねのけながら、紫原と黒子の会話は続く。てきぱきとプレゼントと称した黒子を独り占め作戦を成功させようとする紫原の意図に黒子は全く気付かない。部活が始まってしまえば、お互いがお互いを意識の端に追いやらなければ要らぬ衝突を生みかねないから遠くなる。校舎に移ればクラスの違う二人はどちらも出不精で自分から教室を出て誰かの元へ出向くことをしない。黒子の場合出向かれても見つからないことの方が多く、紫原は黒子よりも赤司の傍にいることを好む。優先順位の問題で、好意の種は問題ではないと言う。黒子にはよくわからなかった。だけどなんとなく、紫原はちゃんと自分のことも好きだと伝えたいのだなと朧気に理解して、礼を言っておいた。
 誕生日でもなければ優先的な独占は難しいのだと紫原は漸く考える。朝練を終え教室でお菓子を貰うまで自分が誕生日だということをすっかり失念していた自分がひどくお馬鹿さんだ。日付なんか確認しなくとも、曜日だけで学生の生活は回して行けることを実感した。

「ねえねえ、放課後黒ちん独り占めしたらぎゅっとしたりしていい?」
「さりげなく抱き締める以外の要求も混ぜていますね?力加減によります」
「――もぎません!」
「大前提です」
「黒ちんけちんぼだー」
「何言ってるんです。駄目なんて一言も言ってないじゃないですか」
「………?」
「………」
「――!黒ちん好きー」
「僕も大好きです」
「唐突に何なんスか二人とも!?」

 放課後付き合うってそういう意味なのかと絶叫する黄瀬に、紫原と黒子は声を揃えて「不健全」と呟いた。それにまた傷付いた黄瀬が悲鳴を上げる。遠くでうるさそうに溜息を吐く緑間がいる。漸く体育館に駆け込んできて桃井に注意されている青峰がいる。そして、実は一部始終を観察していた赤司がぽつり「寧ろ健全だな」と呟いたことを誰も知らない。部活開始時間を3分過ぎても、紫原と黒子の約束が交わされるまでは辛抱して待っていてやったこと、惚気じみた息の合った会話が駄々漏れになっていることに根を上げず耐えきったこと。それが、帝光中バスケットボール部一同からの、紫原への誕生日プレゼントとなった。



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Happy Birthday!!10/9


∴口に入れちゃえばいいよ!




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