緑間の中学時代の同級生は変だと高尾は思う。主に彼の周囲を固めていた、もしくは彼が周囲を固めていた奴らの話である。それぞれが個人主義の象徴の様でありながら、部活仲間という括りからは脱せずにささやかながらに群れていたというのだから面白い。その集団の中で更に一人、高尾が気に掛けてやまない人間が一人。才能の塊と謳われた世代と肩を並べながら、実際は背中を見つめるもどかしさしか知らなかった凡人が一名。突き放して貰えないから、突き放すしかなかったという面倒な凡人。だけど仕方ない。彼等を振り向かせるだけの技量を自分は持っていなかったし、それはこの先一生身に付くことのないものだとその凡人は言う。自虐でも冗談でもなく、ただ事実の列挙として言いきったその凡人に、黒子テツヤに、高尾はどうしようもない愛着を感じてしまったのだ。嫌悪と興味が通り過ぎた先の共感は、他校生というほどよい距離を挟みながら高尾の中に根付いていった。


 道端で人間が倒れているということはそうそう起こりえないことだ。あるとしたら事件か病気か兎に角素通りは厳しく救急車を呼んでやるのが常識というものだ。酔っ払いであったならば踏んづけても良い。関わらないのが一番だ。だが道の端で蹲っている人間というのは時々いる。待ち合わせで待ち疲れてしまった人間がしゃがみ込んでいたり、終電を逃した人間が途方にくれていたり、ちょっとした眩暈を覚えた瞬間だったり。ただ高尾が想像し得る理由が、彼の視界に捉えた人物に当てはまるかどうかと想像するとどれも違う気がする。体力がない貧弱さはチームメイトの緑間からも聞き及んでいるが、外を出歩いて途中で力尽きるような人間はまず運動部に所属することすら許されないだろう。最悪、病院と自宅の往復生活を指名づけられても仕方ないくらいの弱さだ。だから真実は、結局本人に尋ねなければわからないのだろう。
 人通りがさほど多くない、駅前の賑やかな通りからは少し外れた道の隅っこで黒子が蹲っているのを見つけてしまった高尾には、当然ともいうべきか彼を無視して素通りするという選択肢がなかった。黒子からすれば誰にも気付かれないだろうという思い込みに安堵しているからこそ無防備な姿を晒しているのだろうが、生憎高尾の目はそれを逃してはやれない。対象が黒子であるならば尚の事。

「――黒子」
「……高尾君?」
「奇遇だな、んでこんな道端で蹲って具合でも悪いのか」
「………」
「ん?どうした?」
「疲れました」
「はあ?」

 名前を呼んでから、のろのろと膝に押し付けていた顔が高尾を見上げ、驚きで瞳を見開く黒子の反応は予想通りで愉快だった。けれど返答は予想外で、高尾はそこで漸く黒子の真横に大きな荷物があることに気が付いた。袋には、この辺りでは一番大型のスポーツショップのロゴが印刷されている。私用の買い物というよりは部活の買い出しなのだろう。袋から覗く中身は運動部には欠かせないドリンクの粉末と、それから何故か二リットルのペットボトル数本というドリンク自体が詰め込まれていた。勝手に中身に手を突っ込みながら確認している高尾に、黒子は何の不満も漏らさなかった。取り出して持ち去ろうとしたら流石に怒り出すだろうが、それ以外なら構わないといういつの間にそこまで気を許されていることに口の端が上がる。一度同じコートで試合をすればそこで黒子の内では何かが成立するのだろうか。バスケはそこまで万能じゃないだろうにと高尾は思うけれど、黒子には違うのかもしれない。あの才能の塊たちと隣り合わせて消え入りそうになりながらもここまでバスケを続けてきた筋金入りなのだから。
 さて疲れたから蹲っていたという黒子の隣に高尾もしゃがみ込む。荷物を人一人分入れる程度移動させても黒子は何も言わない。ただちらりと視線を高尾に向けて、それから誰もいない彼の隣の空間をじっと見つめてからもう一度問うように高尾を見つめてくる。感情の浮かびづらい瞳が、仕草次第ではこうも雄弁に物を語るということを高尾はこの瞬間に初めて知った。

「真ちゃんなら今日はいないよ。俺たちは部活ねえの。誠凛は?」
「そうですか。僕たちも練習自体は午前で終わったんですけど、そのあと一年生は部活の買い出しをすることになってたんです。それぞれ分担して…僕は火神君と一緒にこの、袋の中身を担当することになったんですけど…」
「ああ、火神がいるからこんな大荷物になったわけだ!…で、肝心の火神は?」
「学校を出ようとした瞬間、他の部活の顧問の先生に捕まったんです。数学の授業の居眠りの罰則で出した課題がまだ未提出だって。そしたら火神君、存在自体心当たりがないって言わんばかりに頭からはてなマーク出してて、先生も怒りを通り過ぎて呆れちゃって、今すぐ新しい課題用意してやるから提出してから帰れって言われたんです」
「何、じゃあお前初めから買い物一人だったのかよ」
「だって火神君馬鹿ですし…。課題終わるの待ってたらお店仕舞っちゃうかもしれないし。僕も別に頭良くないんで一緒に残っても教えてはやれないのでだったら先に買い物をすましてしまおうと思ったんです」
「何、黒子馬鹿なの?」
「賢くないだけです。断じて馬鹿ではありません。平均です平均!」

 若干向きになったように言い募る黒子に、高尾は自分も特別優秀なわけではないのでこれ以上からかいの言葉を投げることを慎む。緑間辺りならばもっと授業中からテスト前まで人事を尽くしていれば成績という物は自然と上向くものだと説教を始めてしまい煙たがられそうだが、高尾はその辺り他人との距離の測り方はお手の物なのだ。
 高尾が口を噤んだことで黒子も成績の話題は終わったものと了承し、視線を彼から外した。両の手を広げて、先程まで荷物の食い込みで赤くなっていたらしい掌から熱が引いていることを確認してゆっくりと立ち上がった。勢いよく立ち上がると立ち眩みを起こすらしい。それには流石に女子かよと突っ込んでおいた。何故か黒子は満足そうだった。
 荷物が高尾を挟んだ場所にある為に、黒子はすいませんと詫びながら高尾の前をすり抜けて荷物を取ろうとする。それを、両手を広げて邪魔をする。悪意はないと示す為に「まあ待ってよ」と笑いながら。試合会場以外でこうして顔を偶然に合わせるなんて、しかもそれが意中の相手との遭遇だなんて、確率的にどれだけ奇跡的なことかを黒子は全く以て理解していない。状況説明だけを終えてそれじゃあばいばいなんて味気なさすぎる。

「荷物、運ぶの手伝ってやるよ!」

 にかっと笑顔を添えながら悪足掻きとして黒子を離すまいと放った言葉。きょとんと瞬いた黒子は次の瞬間、あっさりと「じゃあお願いします」と頭を下げた。意地っ張りなくせに、差し出された手を迷うことなく掴んだ。よほど重かったのだろう。心なしか瞳が喜びで爛々と輝き始めたような気までしてくるのだ。現金な奴。
 とはいえ袋は一つしかないので、持ち手をそれぞれ片方ずつ持って運ぶという如何にも重い荷物を運んでいますという格好で誠凛まで向かうことになった。
 歩調を調節しながら、他愛ない会話を交えながら進む。過度なスローペースは結局自分にも黒子にも負荷がかかるから、訪れたことのない誠凛が一メートルでも遠くに構えていることを期待しながら。途中黒子が口にした「火神君は僕にも高尾君にも迷惑を掛けたので何か奢ってもらわなくてはいけませんね」との言葉には、課題で足止めを食らった挙句にそれはと同情ではなく愉快な気持ちになったので全力で同意しておいた。きっと火神は黒子の隣に居る自分を見咎めたら顔を顰めることだろう。それを想像することも実は結構楽しい。趣味が悪いのかもしれないが、迷子癖を有する黒子に対して誠凛は厄介事を生み出さない為という名目の元なかなかの過保護な集団だった。そんな集団から偶然の産物とはいえ自分が黒子を独り占めできたという事実が愉快でなければなんなのだろう。ましてや緑間を介していないという辺りも高尾の心を喜色で染める一要素だった。
 そんな高尾の愉快を察することのない黒子は、にこやかな表情で自分の荷物持ちを手伝ってくれている高尾に対し単純に親切な人だなと好感度を高めていた。その件に対し、後日緑間からその上がった好感度を下げるよう滾々と説教をされることになるのだがそれは余談である。誠凛の門はまだ見えそうになかった。



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眼がずっとやさしい
Title by『ハルシアン』





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