休日に部活が休みであることも珍しいというのに、更にはリコの方から「ちょっと遠出のデートでもしよっか」と申し出られた時は、あまりの珍しさに断るつもりもないデートが雷雨で中止になってしまうのではないかと危ぶんだものだ。勿論声には出さなかったが、表情がありありと日向の本音を語っていたらしく、失礼なと拗ねだしたリコを宥めるのに時間を食ってしまいなかなか話を先に進めることが出来なかった。
 付き合い始めてからそれなりに時間は流れたけれど、バスケで全国制覇を誓いまたその為に日々部活動に励んでいる二人には恋人としてデートに割く休日が殆どない。不満もさほどなく、毎日顔を合わせることが確約されている日常は劇的でも甘酸っぱくもないが幸せだった。好きな人の傍で好きなことが出来る。幸せでなければ何と呼ぶのか。
 稀に与えられる休日は、文字通り部活で酷使した身体を休める為に費やされていく。体力が付き技術も向上すれば自主練と称して結局体育館に出向く頻度も高くなる。仲間たちがみんなしてそんな風であるのも楽しくて嬉しくて、高校生活三年間をバスケに捧げるなんて随分と簡単じゃないかと思えてくる程だった。
 兎に角そんな風に、日向とリコの恋人としての日常は、世間一般の恋模様からは幾分ズレ込んでバスケを基準にしか回っていないのだ。カントクとキャプテンの立場も影響してか部内でも今まで通りの距離感を維持しているし(それでも日向とリコの元来の距離からしてかなり近しいのだが)、部員たちへの報告もしていない。良く教室まで訪ねてくる伊月や、見ていないようでよく見ている木吉辺りなら気付いているのかもしれないが。今更二人の関係の進展を知った所で、まあそうなるだろうと部員の大半は思っているのだが、日向とリコの二人はあくまで立場を押し通す。
 そんな風に、デートだなんて恋人らしいことをしない日々を当たり前に不満なく享受していた日向だったから、もしやリコはそういったことをしてみたかったのだろうかという一抹の不安に襲われた。不安というのは、自分がリコも当然同じ感覚でいると思っていたのだが、そうではなかったのかというもの。単純に申し訳なく、不甲斐ないと思う。
 けれどリコはあっけらかんと微笑みながら日向の前に二枚のチケットを差し出した。

「遊園地行こ」
「…これ、貰ったのか?」
「そ、パパの知り合いでジムも利用してる人にね」
「お前、それ…カゲトラさんとか大丈夫なのか?」
「ん?ああ、勿論パパには日向君と一緒に行くなんて言ってないから安心して」
「…なんかそれはそれで悔しいんだが…」
「デートするなんて知られたら尾行されるに決まってるでしょ?」
「かもな」

 ペチペチとチケットで日向の額を叩きながら、リコは頬を膨らませる。彼氏が自分の父親にやたらと遠慮していることが不満なのではない。リコとて父親の親バカが度を越して突き抜けていることなど百も承知している。だから単に、行くのか行かないのか早くはっきりさせろということだ。日向はリコの手から一枚、自分の分のチケットを引き抜くと印刷された文字情報の中から最寄り駅を確認し、行き帰りの所要時間を割り出した。待ち合わせ時間を提示すればリコも異存はないと頷いたのでその場は解散。翌日に練習の疲れを持ち越さぬよう今夜は早く寝るようにとのお達しを受け、日向は帰宅後、夕飯を食べると直ぐにベッドに身を沈めた。
 翌朝、待ち合わせ場所の駅前に現れたリコは、予定より早めに到着していた日向の姿に謝るよりも満足そうに笑った。レディを待たせるなんて有り得ないもの、と言い切られては今日は精一杯エスコートさせて頂きましょうかと紳士ぶってみたりして。
 軽口を叩きながら乗り込んだ電車内はやけに冷房が効いていて、リコは時折半袖から覗く腕をさすって顔を顰めた。満員電車なら兎も角、客足の疎らな車内にこの冷風はエコじゃないようだ。一方同じ半袖の格好でも日向は特別寒いとも感じられないようで、平然と立っている姿も腹立たしいとリコは頬を膨らませる。きっと電車を降りれば暑いと口にするだろう。不満だとかそういう意味ではなく、彼女はそう感じたという事実を述べているだけなので日向もただ相槌を返すことしかしない。
 開園時刻を暫く過ぎてから到着した遊園地の入場口は既に空いていて、二人はすんなりと園内に足を延ばした。途端に増加する人口密度に日向は少しばかり気後れしてしまうのだが、リコは入場口で貰ったマップを広げてどこに向かうかを検討している。日向に意見を求めないのは、彼が特に希望など持っていないと察しているから。そして今日はまだ時間があるのだから順番にお互いの行きたい場所を巡れば良いと考えているからだ。そのことに、やはり日向は不満などないし、部活を離れても最小限のやりとりで無駄なく事を進められる点に於いてリコとは非常に相性が良かった。勿論恋人として前提の好意がある以上、他愛ない会話だってするしそれを大切だとも思っているのだが、染み付いたカントクと部長の習性は物事の効率化を無意識に求めるらしい。
 マップから顔を上げたリコが「行きましょ」と先を歩き始める。歩幅の利で日向が直ぐに隣に並ぶことを知っているから振り返らない。日向も気にせずただ行き先を尋ねるだけだ。これが日夜バスケ三昧の、デートなんて恋人らしい行事とは無縁の二人の阿吽の呼吸という奴なのだから、さっさと関係を公にしてしまえば良いのにと事情を知っている人間が見れば思うだろう。
 リコが乗りたがったのは遊園地定番のジェットコースターで、小さな子ども連れが大半なのか案外すんなりと乗り込むことが出来た。日向は眼鏡が飛ばされないように、それだけに注意を払った。これに写真撮影というオプションが付いていると日向は一気に気乗りしなくなるのだが、幸いその類のものは付随していなかった。
 どちらかが実は絶叫系が苦手なのなんてイベントはなく、多少の浮遊感に足下が覚束ないものの 搭乗時間はあっという間に終わってしまった。まあ速さと落下の傾斜が売りのアトラクションなのだから、当然といえば当然だった。
 次のアトラクションに向かう前に喉が渇いたというリコの言葉に釣られるように日向も喉が渇いてきた。ならばと売店に向かう途中、擦れ違う人影は多くお互いの姿を見失わないように注意しながら歩く。小さい子どもやベビーカーを避けながら歩くのはなかなか難儀だ。

「日向君はぐれたら放送で呼び出すからね?気をつけてよ!」
「せめて先に携帯を鳴らしてくれ」
「普通じゃない?それ」
「普通じゃ駄目なのか?」
「面白い方がいっかなーと思っただけ」
「わざわざ面白くする必要ないだろ」
「まあね」

 それでも折角毎日部活で走り込んでいるのだから、携帯に頼るのも良いけれどまずは必死に足を使って探し回って頂戴。リコが浮かべるいたずらっ子のような笑みに、日向は呆れて頭を掻いた。折角の休みにも、油断するとこうして時折練習じみた内容の発言をするからリコも根っからだ。そしてその発言が導くもしもを想像しては確かにリコとはぐれたら走り回って探すだろうと納得してしまう日向も同様だ。取り敢えず、手でも繋いでおけばはぐれる心配はないだろうに、その辺りはまだなんとなく照れくさい。
 昼の遊園地、大勢の人影、はぐれてしまいそうな歩み。紛れてしまえるだろうに、逆に大量の目が気恥ずかしさを誘発する。そんな、手を繋ぐという恋人同士の初歩的一歩を妨げている無数の目にこそ日向とリコの二人は恋人として映っているということには、お互いもう暫くは気付きそうになかった。




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バカじゃないカップルっているの?
Title by『にやり』



*「昼の遊園地」で登場人物が「探す」「半袖」という単語を使ったお話(診断メーカーより)





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