※未来捏造
※黒+火桃


 顔を合わせて早々、黒子は深々と頭を下げながら「本日はお招きいただきありがとうございます」だなんて他人行儀も甚だしい挨拶を口にしたものだから、未だに日本の礼節に馴染みきれない火神は面食らってしまった。確かに今日は自分にとって人生の節目にもなり得る日だけれど、緊張して居住まいを正すならばそれは火神の方である筈なのに。
 そう、黒子の態度が妙だという勘繰りはしかし直ぐに火神の内で納得に変わる。今日は火神にとっての節目であると同時に、彼女にとっての節目だから。だから黒子はきっちり礼節を通そうとしている。真面目なことだと呆れることも出来るけれど、火神はそれをしない。それは高校を卒業して相棒として一緒にバスケをプレイすることはなくなっても大切な存在だと想い続けているから。バスケ馬鹿の称号をほしいままにしていた頃は、視界に映っても他人の女だと認識していた少女を将来の伴侶と定めた彼は今日、黒子の大切な女の子を浚っていくのだ。


 桃井さつきが自分に向けていた感情を、黒子はどうしても恋愛感情だと真正面から受け止めてあげることが出来なかった。それはきっと、彼女の視線の先と自分の視線の先にいた人物に起因する。青峰大輝と幼馴染であるという事実は、存外桃井の人生の決定、その大半を左右してきたようだった。青峰を間に挟んでおけば、自分と桃井はきっと良い友人関係でいられるという無意識な過信があったことも否定しない。思春期と呼ぶには自覚も気配も乏しかったけれど、桃井が理想として抱くだけの親密感を青峰がバスケへの絶望感に浸り放棄していた時期に、黒子は丁度彼女の目に留まった。優しくするだけなら簡単で、大切に想っていることは事実だったけれど、それだけ。彼女はいつか気付くに違いない。黒子と桃井の関係は、男女関係と呼ぶよりは家族関係に近かった。園児と保育士と庇護してきた印象を抱くには、黒子自身桃井の在り様に救われてきたのだから相応しくない。青峰がいなければ成立しなかった二人の関係は決して損なわれない場所まで親密となり、そこで止まる。それ以上は、青峰を度外視しなければならなくて、少なくとも黒子にはその絶対的存在を取り除くことがどうしても出来なかった。だから見送る。
 予想外だったのは、見送る桃井の隣に立つ人物が青峰ではなかったこと。寧ろ自分の隣に立っていたはずの彼がいつの間に彼女と親交を持ち関係を深めて行ったのか黒子は探らなかった。大切な人間であっても弁えるべき一線を黒子は順守する。軽い気持ちで尋ねても良いようなことまで、黒子は言葉を求めなかった。幸せそうであったから、必要がなかった。見つめたのは、火神ではなく桃井の方。彼女を語るのに青峰を除外できなかったくせに、それ以外の人間の隣で頬笑んでいる様を幸せだと見抜けてしまう自分が、少しだけ滑稽に思った。
 それから黒子は思い出したように青峰に会いに行った。黒子よりも先に桃井の恋のお相手を報告されていた青峰は黒子同様予想外だと驚いていたがそれ以上に寂しそうに映った。恋愛感情を抱くには近過ぎた彼等だったけれど。桃井に世話を焼かれながら、実は青峰も桃井の面倒をよく見てきた。妹が嫁に行く感覚なのだろう。結論付けて、それも仕方がないと黒子は青峰の情を肯定した。
 ――では、自分は?
 それだけが、黒子には未だ出せない答え。恋ではない。しかし友情と呼ぶには青峰はいない。火神を挟んでは、桃井は彼の恋人でしかない。拘らなければ何の問題もないはずの立ち位置を、黒子はおざなりに放棄することが出来ずにいる。
 花嫁の控室には今頃キセキの面々が集まっているのだろう。黒子も途中までは青峰と行動を共にしていたのだ。けれど、黒子は彼等に断りを入れてから一人火神の、新郎の控室に先に足を伸ばした。あと少ししたら、誠凛の面々がこの部屋に火神の晴れ姿を一足先に拝んでおこうと押しかけるだろう。その前に、黒子は火神と二人でゆっくり話したかった。他人事である筈なのに、火神の結婚が自分にとっても何らかの節目であるかのように黒子は緊張している。何か失敗を仕出かすのではという類のものではなく、何かを失ってしまうのではないかという恐怖に追い駆けられている。答えを出すのなら、今が最後のチャンスなのだろう。桃井がまだ桃井さつきである、最後の時が。

「――火神君、少しだけ話しても良いですか」
「ああ、構わないけど?」
「ちょっと色々失礼なことを言うかもしれないんですが」
「今更だろ?」
「君も大概失礼ですね」

 結婚式当日に、不快にさせるかもと知りながら話を持ちかける自分の方がやはり失礼の度合いは高いだろうか。存在感の薄さを利用して驚かせたり、その派生でちくちく言葉で火神を突いた前科を重ねてきただけに彼は未だに今更という言葉で黒子を許している。本当に優しい人で、黒子はまたその優しさに甘え、意を決するようにひゅっと息を吸いこんでから口を開く。

「僕は、桃井さんと出会ってから結構時間が経つんですけど、きっと彼女のことが好きでした。恋ではなくて、青峰君を挟んでの友情だと思っていました。男女の間に友情なんて存在しないとよく言われていますけどそれは成立しなかった人たちの結果論だから、いつか終わりが来るとしてもその頃僕たちの間にあったものは友情だと思い込んでいました。火神君は、何度か桃井さんを僕の彼女だと思い込んでいるような発言をしましたよね。僕には、あの頃そう見えてしまうことが不思議で仕方ありませんでした。僕にとって、桃井さんはいつだって青峰君の影を内包していて、それ以外のことで僕と彼女の間に繋がりがあるだなんて思いつきもしなかった。凄く、失礼だったと思います。桃井さんが憚りなく僕のことを好きだと言ってくれることも、僕が青峰君の相棒だったからだと決めつけて来ました。青峰君がいなければ、きっと僕は彼女の視界に映り込むことはなかったと思っていましたからね。たぶん、恋ではないという認識は間違ってはいなかったと思っています。それは今でも変わっていません。だから桃井さんが久しぶりに僕に連絡を寄越して、わざわざ顔を合わせてから恋人が出来たのだと報告してくれたことに、僕は安堵と喜びを覚えていたんです。これで何も変わらない、何もかも出会った頃から変わらない僕たちのままずっと進んでいけるのだと。だけど――」

 ここで、黒子は一度言葉を切った。酸素を補給しているのかもしれないし、次の言葉を纏めているのかもしれない。火神は口を挟まない。元々直感と行動力で生きてきた彼に、今捲し立てるように紡ぐ自分の言葉がどれほど理解に及ぶ範囲で届いているのか黒子にはわからない。何一つ届いていなくても構わない。この日に至った覚悟があればそれだけで。それでも、一度零れた言葉はやはり最後まで吐き出してしまいたい。

「だけど、桃井さんの恋人が火神君だと知った時、信じられないと思ったんです」

 桃井の恋人が出来たという言葉だけで、黒子はその相手を青峰に違いないと決めつけた。一瞬で否定されたその想像は、想った以上に黒子を混乱させた。一年の冬以降、何度か火神と黒子、青峰と桃井で顔を合わせる機会はあったがそれ以外の場で二人の関係が進んでいただなんて想像にも及ばなかったから。
 火神も言ってくれれば良かったのにと拗ねるような顔をした黒子を、桃井は怒らないであげてねと制した。珍しいことに、桃井に諭されてしまったことで、黒子はそこまで露骨な色を浮かべていたかと反省した。そして「祝福していないわけではないんですよ」と取り繕うように言葉を贈った。わかっていると頷いた桃井が、その瞬間から遠ざかって行った。その明確な起点が、身動きの取りようがない黒子には疎ましくもあった。

「桃井さんは、ずっと青峰君と一緒にいるんだと思っていました。だけどそれは、僕があの二人とずっと友達でいる為にはそうじゃなくちゃならないって思い込んでいただけの、勝手な決めつけで。でも、でもね火神君」
「――うん」
「僕は、火神君とは違う想いで、今でも。青峰君の隣に居なくたって、桃井さんのことが大好きなんですよ」
「……知ってるよ」
「それは、それはこれからも変わらないでいることを、――許されますか?」

 他でもない、これから先の一生を桃井と寄り添うであろう火神に、答えを差し出して貰いたかった。火神が自分の彼に抱く感情を厭わしと思うならば、黒子は全力で彼女への想いを閉じ込めなければならない。中学時代の友人、青峰の幼馴染、自分を大好きだと抱き締めてくれた彼女。そんな大切な人を、ただ、友人の妻という枠に収め直すだけの重労働。
 だけど黒子は、火神の答えをきっと知っている。火神だって、黒子の気持ちを知っている。恋ではなくとも男女と言うだけで区切るべき線が世の中には多すぎるのだ。その境界線を望まないくせに、在ることを前提で火神に問う黒子のことを、彼は矛盾したものだと思っているかもしれないが。
 それでも。
 火神が何も言わず頷いたから。笑って「妙な心配してんなよ」と歩み寄って黒子の頭を撫でたから。黒子はきっと、あと数分後には涙は流さないで火神と桃井の二人に心から「おめでとう」の一言を贈ることが出来るのだろう。




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離れがたさにさようなら
Title by『ハルシアン』




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