コレの続き



 ふとした瞬間だけれど、降旗は最近自分の隣に頻繁に黒子が鎮座していることに気が付いた。昼休みに、バスケ部の一年生で集まって昼食を取る機会が増えた気もする。その度に、黒子はちょこんと降旗の隣に座っていて、隣だったり正面だったりに座っている火神をおちょくりながらぽつりぽつりと降旗に話し掛けてくる。図書委員の当番も、これまでより一緒にこなすようになっていて、それは単に黒子が降旗の当番に合わせてペアの相手に交替して貰っているらしい。カウンターでの貸し出し業務と、返却された本を棚に戻す仕事。ひとりでこなすには何かと手間で、相手が確実に参加してくれるならばそれにこしたことはないので別に不満はない。ただ、不思議なだけだった。
 黒子はあまり忘れ物はしない。なので、と繋いでしまっていのかはわからないが滅多に自分のクラスを出て他のクラスを覗き込むということはしない。その為、同じクラスとバスケ部の人間以外で黒子テツヤという存在を認識している人物はほぼいないといえるだろう。そんな黒子が、最近よく降旗のクラスに出没しては彼と話してチャイムが鳴るぎりぎり前に去っていくという現象が頻発している。話題は委員会だったり、部活だったり、時折忘れものだったり。業務連絡ではなく当たり障りのない願望だったり感想だったり。毎日部活で顔を合わせている所為で滅多にメールだって交わさない仲なのに、この数日間だけでいつもの倍以上黒子と喋ったに違いないと降旗は指折り彼と遭遇した回数を数えてみた。
「赤司君が君に鋏大魔神と思われていることを悲しんでいました。あれはちょっと久しぶりに昔の仲間に再会してはしゃいじゃっただけみたいなんで許してあげてください」
「え…?あ、いや…許すって何が?」
「――飴ちゃんあげます」
「…ありがとう」
 こんな風に、黒子が赤司の話題を振ってくる度に降旗は歯切れの悪い言葉を返すことしか出来ない。赤司の話題と題していいのか、黒子はふと思い出したように他のキセキの話題も持ち出すのだが、如何せん割合としては圧倒的にあの、降旗が怖いという印象を払拭出来ていない彼の話題が一番多い。そういえば、その怖いという印象を聞き出した際の赤司のことをどう思うかと言う問いの意味も未だ降旗の中では消化されきっていない。黒子の提示した理由には、何故今更そんなことを気にするのだという疑問がぶらさがってしまうから。
 今日も今日とて図書委員の当番を降旗と黒子の二人で担当することになり、降旗がカウンター、黒子が本の棚戻しを担当しているときのこと。返却ボックスに積まれていた一冊の文庫本を手に取った黒子が懐かしそうに目を細めて動きを止めてしまったから、気になって尋ねたのは降旗の方だった。予想していた答えは、「以前読んで気に入っていた本が借りられていたもので」辺りの、ありふれたもの。だが、黒子の返答はそうではなかった。
「以前赤司君に借りて読んだんですけどね。読み終わってからお互い感想を言い合ったら彼の口から予想外の言葉が飛び出してきたことを思い出してしまったのだとか。
「……何て言ったの?」
「仕留め方が悪いんだって言ってました」
「…これ、何か敵を討ち取る話なのか?」
「違いますよ。思春期の少女が父親とのこれまでの暮らしと自分の在り様を壊されたくなくて奮闘する話です。……ちょっとはしょり過ぎてる感がありますけど殴りあったり撃ちあったりする話じゃないのは確かです」
「へえ…何か子どもっぽいっていうか、感想とか要点とか纏めて理路整然と言う様なイメージだけどなあ」
「詰まる所、赤司君にはあまり面白いとは思えなかったのかもしれませんね。因みに緑間君は一つの作品について述べるのに一々作者論を持ち出すので話が長いんで僕は緑間君とはあまり品評とかはしたくないですね」
「ふーん」
「……降旗君も読んでみませんか?」
「ええ!?良いよ、部活あるし読書に割いてる時間とかないし…」
「でもこれ短編で短いですよ。二、三時間で読めるんで授業の合間とかにでも是非!」
「…何か黒子、生き生きしてない?」
「久しぶりに同じ本を読んだ人と感想交換してみたくなったんです」
「うーん、時間掛かっても良いなら」
「はい!」
 部活中の号令以外で聞いたことのない黒子のはきはきとした返事に、降旗は少しだけ肩が重くなるのを感じたけれど、彼に手渡された文庫本は確かに薄手のものでこれくらいならば内容次第で直ぐに読み終われるだろうと予想して気持ちを持ち直した。別に読書が好きで図書委員に立候補したわけではないけれど、世間の評論家に嘆かれるほど活字離れを起こしているつもりもないのだ。
 正直黒子の発言に気を惹かれた部分もあった。あの、キセキの世代のキャプテンだった赤司征十郎がどことなく頓珍漢な感想を言ったという思い出。文武両道で大人びたイメージがあって、黒子にも大体その捉え方は間違ってはいないと言われていた。ただ、それでも彼も同い年の子どもだという事実はどうか忘れないでくださいねとも、まるで釘を刺すかのように、懇願するように打ち明けられた。子どものように、同年代らしい振る舞いが少なかったとしても。決してそれ以外に彼を弾き出してはくれるなと、黒子は苦い過去を噛み潰しながら少しずつ、降旗に語ってみせるのだ。
 降旗からすれば、この誠凛以外のキセキについて、無理をしてまで黒子に口を開いてほしいとは思っていないのだけれど、黒子はゆるゆると首を横に振って、これは僕の為だからとまた取り留めのない思い出を探り当てては会話を繋ぐ。火神とも、普段からクラスで同じように会話をしているのならば、降旗もいずれ慣れてしまうのだろう。けれど、降旗が火神にこっそり確認したところ、どうやらそういう訳でもないらしく。休み時間は寝ていることが多い火神と同じように睡眠か読書に休み時間を費やす黒子は席の近さと部活中の会話の軽やかさとは正反対に顔を突き合わせて会話に興じる時間は、教室ではさほど多くなかった。それを知った途端、降旗はやはり何故黒子は自分にばかりキセキの、特に赤司の話題を持ちかけるのかが気になってくる。特に、怖いと言って以降、少しだけ悲しそうな顔をした黒子の反応が気掛かりで、だけど翌日には今みたいによく話しかけてくるようになった。おかげでこれまでより降旗も黒子と親しくなれた気がするので別に嫌な訳ではない。だが気になるものは気になるのだ。尋ねてもし、黒子が答えづらいことだったらどうしようとも案じてしまう。目の前にいても姿を隠せる彼だから、反応はわかりやすいけれど、わかりやすいからこそ、困らせたくはないのだ。
 カウンターの中で文庫本を広げながら、降旗は文字に眼を落としページを捲る。利用者のいない図書室ではページを捲る音もよく通り、また読書に集中するのに最適な静寂が広がっている。黒子の気配は近くにはない。けれどドアを開ける音は一度もしていないので恐らくは図書室内のどこかで同じように本に視線を落としているのだろう。その、一度だけの思考の逸れを最後に、降旗は昼休み終了のチャイムが鳴り響くまで一度も本から顔を上げることはなかった。


 しっかりと貸し出しの手続きも行っていたのか、降旗が読み終えた文庫本を片手に黒子に「読み終わったよ」と声を掛けてきたのは、黒子が降旗に本を薦めてから二日後の昼休みだった。黒子は、自販機に飲み物を買いに行った帰りに降旗から声を掛けられたことに少なからず動揺していて、咄嗟の反応が出来ないままでいた。誰かに見つかって、認識されて、声を掛けられるなんて全く想像していなかったのである。
「黒子?どうしかした?」
「…後ろからいきなり声を掛けられてびっくりしているんです。……よく気付きましたね?」
「あー、確かに!でも最近結構一緒にいたし…丁度意識して探してたからとかじゃないか?」
「そうですか…。それで、どうでしたか?感想は」
「うーん、自分の恋愛に走るってのは駄目だったのかなあって思ったよ」
「…なるほど」
「赤司の感想には行き着かなかったなあ」
「その方が良いと思いますよ」
 義母を打ち倒す方法について考えを及ぼし主人公が選んだ手段よりよっぽど有効な一手があると言わんばかりの赤司の感想は、割と黒子を落ち込ませたりもしたのだ。文学は、生き方の答案用紙ではないだろうにと。粗ばかり探してはいかないのだ。
 だから、黒子は降旗の感想に心底安堵したし、これから図書館に本を返しに行くという降旗に是非ご一緒させてくださいと隣を歩き始めた。途中、「そういえば、黒子の感想はどんなだったの?」と尋ねてきた降旗に、黒子は一瞬躊躇う素振りを見せた後、ぽつりと小さな声で呟いた。
「年頃の娘がいて再婚も考えているなら、もうちょっと落ち着いた振る舞いをすべきだったんじゃないかなあって思いました」
「………ああ!」
 黒子の主語が抜けた言葉に数秒間思考を要した降旗だったが、その意味を理解すると直ぐに「それもその通りだな」と手にしていた本のページをぱらぱらと遊ばせた。
 もしまた機会があればお薦めの本などを教えて貰って、感想を話し合うのも良いかもしれない。そんなことを思う降旗の隣で、黒子もまた同じことを考えていた。


 ――因みに。
『もしもし赤司君ですか?今日降旗君と本の感想の言い合いっこをしたんです。面白いですね。意識する人物が違うだけで感想って全然違うものになるみたいですよ。それでですね、赤司君が鋏を振り回す危ない人だっていうイメージはここ数日間の僕の努力によってだいぶ払拭されたと思うんです。でも、今回不自然にならないように僕からかけ離れ過ぎない話題で赤司君の話を持ち出す為に読書の感想を取り上げたらやっぱり赤司君はちょっと攻撃的な人っていうイメージになっちゃったみたいです。でも僕、頑張ったんです。それは本当ですよ。出不精の僕が毎日休み時間によそのクラスに出向いたって言えば赤司君ならわかってくれるでしょう?結局赤司君のイメージ向上が果たされたかは今一つ成果が曖昧なんですけど、間違いなく僕と降旗君はここ数日で以前よりずっと仲良くなったと思います』
「ふんふん、テツヤがそんな嬉しそうな声を出すんだから相当だね。しかし攻撃的な人って一体全体どうしてそうなったのかもうちょっと詳しく説明してくれるかな」
『残念、これから部活なんです。では!』
「あっ、こら、切るなこらテツヤ!」
「征ちゃーん、そろそろ部活始まるわよー?」
「わかっている!」
 こんな報告が行われたのは、その日の放課後のことである。



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得意なのです迷走が
Title by『ハルシアン』

何の感想文を言い合っているかわかったら×××をプレゼント!(※嘘)



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