01:黒子テツヤの場合
 相棒が一人暮らしの上にその住まいという物が元は父親との二人暮らしを想定した為に高校生男子の平均身長から逸脱した体躯を持っていたとしても悠々自適に住まえる場所にあることを思い出した。「もう相棒、やめちゃおっかな」女子高生の「もう、彼氏と別れちゃおっかな」と同じテンションで呟いてみる。突っ込みがいないとこうした独り芝居は虚しいものだと黒子は改めて実感する。では何故普段自分へのつっこみ相棒ヒカリ探索介抱ありとあらゆる役目を負っている人物である火神大我はここにいないのだと少しばかりのご立腹。まあ、此処は黒子の自宅だから当然だ。滅多に存在しないバスケ部の休日。クラスの座席は相も変わらず名簿順に並び火神と黒子の机は前後に並んでいる。もしかしたら、今年は一年中席替えをしないのではないかと、寧ろそれでもいいのではないかと思える程のフィット感。火神の背後は居心地がいい。惰眠を貪る為にも、火神をからかうに於いても。
 火神との日常のちぐはぐなやりとりを思い出しながらも作業の手は休めない。自宅のパソコンの前を陣取って、椅子の上に体育座り。携帯から火神へ送ったメールへの返信は先程届いた。それに対する黒子の返信はたった一言「ご愁傷様」だったりするのだが、相手に余計な警戒心を与えないよう心の内で唱えるだけ。昨今はインターネットで食料品が購入できるとは知識としては知っていたがまさか自分が利用する日が来るとは思わなかった。
「…薄力粉ってなんですかね?」
 「小麦粉とは違うんでしょうか」とゆで卵以外の料理に勇んだことのない黒子は首を捻りながら、手元のレシピに書いてある材料を検索し、一番上に表示された商品を次々とクリックして購入していく。勿論代金も気にしながら。それでも合計一万円もしないのだから、まあ良いのではないだろうか。もしもこれが真っ当な主婦の感覚を持った人間が見ていたらこのご時世に我慢できないずぼらさではあったのだが。
 さて、ネット通販という物は当然購入した商品が郵送で届く。もしくは近くのコンビニを指定して自分で受け取りに行くのが常だが黒子は己の筋力の非情さを何かと自覚しているので宅配指定を選択する。
 住所はさて、どこに届けて貰おうか。「そういえば、僕の相棒は料理が得意なんですよねえ」と黒子はわざとらしく呟いて、先程火神から届いたメールをもう一度開いた。
 ――ご愁傷様!


02:桃井さつきの場合
 昔は夏休みといえば8月31日までというのが常識で、夏休みの宿題の修羅場というのもまたこの日だった。尤も、優秀な桃井は宿題を最終日まで持ち越すなんて真似はしなかったし、登校日提出の宿題だってあるのだから貯めに貯めるとしても限度があるだろう。しかしその限度すら打ち破って見せるのが桃井の幼馴染である青峰大輝という人物で、宿題に手も付けず、年がら年中バスケと食事とグラビアに資金を注ぎ込み遠出もままならない日々を過ごしているにも関わらず最近の夏休みが8月末日を待たずして終了を告げることを嘆いている。
「ゆとり教育はどこ行ったんだよ!」
「ゆとりさんはお空のお星さまになったんだよ…」
「死んだのか」
「ゆとりだろうとそうじゃなかろうと勉強しない大ちゃんにはあんまり関係ないんじゃないかな!」
「勉強はしなくとも真面目に登校してるじゃねえか」
「大ちゃんはもうちょっと毎朝モーニングコールとお出迎えをしてる私に感謝した方が良いよ!」
「高校が義務教育だったらなあ」
「なんかまともな感じな発言だけど実際凄く馬鹿っぽいからね?」
「うるせえなあ」
 一昨日に新学期を迎えてから、宿題は各教科授業初日に提出するようにと言われている為、まだぎりぎりの可能性を信じ宿題に取り組んでいる学生も多いことだろう。そして現在桃井は青峰の宿題に必死になって取り組んでいる。
 ――おかしくない?
 そう誰もが思うだろう。幼馴染だからってそこまでする義務も義理もないのだからと。それは桃井も自覚しているのだけれど、これもバスケ部の為だと、桃井だけでなく他の部員たちも青峰の宿題を手分けして手伝わされている8月30日午後10時30分。青峰の部屋に上り込んでいる桃井に、今度は女の子がそんな夜遅くに男の子の部屋にいては危ないだろうにという心配も浮上してくるのだが、そんな時にこそ魔法の言葉の「幼馴染だから!」が有効活用されるのである。巨乳好きの青峰曰くでっかい胸にはでっかい夢が詰まっているのだとか。桃井のFカップのおっぱいには何が詰まっているのかと今吉が訪ねた際の青峰の「脂肪だろ?」という即答には流石の桃井も彼の頸動脈めがけてプラスチック製のファイルを振り下ろしたものだ。懐かしい。
「――っていうか、大ちゃんもやってよ!自分の宿題でしょ!?」
「教師たちだって俺が提出するとは思ってない」
「特別課題出されてるくせにね」
「あー今年の夏休みは部活ばっかで海にも行ってないとか萎えるわー」
「巨乳で美人なお姉さんなら雑誌で十分じゃないの」
「いややっぱ生で見るのが一番だろ」
「さいってー」
 全く、何故自分がこんなにも毎年のように彼の宿題を手伝っているのか未だに理解が及ばないのだろうかと桃井は何だか憤慨してしまう。同じように宿題を貯めて、同じように開き直って、同じように桃井に手伝わせて。そして毎年同じように一番に桃井に「お誕生日おめでとう」と言われること。青峰はその積み重ねを一つずつ覚えているのだろうか。怪しいなあと苦笑する桃井の膝の上、乗せられたままの鞄の中に仕舞われている手作りケーキ。意地でも宿題が終わらなければあげないと決めているが果たして。
 青峰が自分の料理の腕前に不安どころか絶望していることを最近になって漸く自覚した桃井は馬鹿ではない。気付けばそれなりに周到に準備をする。その準備に犠牲になった、桃井に淡い好意を寄せている名もなき桐皇学園の男子生徒諸君はお星さまになったのだ!というのは冗談だが。多少の犠牲者を出しながらもひと夏の料理の師匠は何とか桃井の手料理を食せるレベルまで見事に育て上げたのである。後日彼は部内で英雄として讃えられるだろう。もしくは桃井とふたりきりで夏の一時を過ごした男子として恨まれるか。どちらにせよ、非のないくせに謝り倒すだろう。あれはそういう人間だ。
「大ちゃんあと1時間半くらい頑張ろうよ」
「1時間半?ああ、そしたら俺誕生日じゃん!」
「自分で言わないでよ、おめでとうの価値が下がるから!」
「何だそりゃ。プレゼントは?」
「この宿題が終わるまであげません!」
「ふざけんなよ!」
「私の台詞だからね!?」
 白熱する言い合いの最中も桃井の手は青峰の宿題を片付けていく。まさしくこれが意地だった。不安材料なく青峰の誕生日を迎える為に、もっと時間にゆっくり進んでほしいような、早く料理の練習の成果を見せたいが故に早く時間に流れて欲しいような。それでも、自分が青峰の宿題の大半を片付けるという事実は変わらないのだ。だからここまでしてやっているというのに青峰が自分からの誕生日ケーキを手作りと知った瞬間食べることを拒否したらその時は。
 ――力尽くでも口に押し込んでやるんだから!


03:火神大我の場合
 部活帰りに珍しく黒子から声を掛けられた。「火神君の家に用事があるんです」その発言はどことなく火神を度外視しているように響いたのだが、その火神の家の家人は火神大我ひとりであることを黒子はしかと知っている。だからこそ、迷惑を掛けることに一切の躊躇いを省くことに成功したのだ。
「今日火神君の家に8時以降の時間指定で宅配便が届くはずなのでさっさと行きましょう」
「――はい?」
 自信満々に歩き出す黒子の言葉にまたしても違和感。黒子宛ての郵便が、なんでも火神の家に届くのだとか。そういえば、先日メールで住所を聞かれたが為に何の疑問もなく答えてしまった。あれか、と気付いた時にはもう遅い。そしてもう遅いと悟った時に火神が取る行動と言えば妥協と許容の二つ。黒子の我儘は膨大で唐突だが、本人いわく彼なりの愛に基づいており悪意ではないそうだ。
 そういう訳で、火神は部活帰りの疲れた身体に鞭打って黒子に付き合ってやることにした。体力のなさでは火神を遥かに凌駕し、つまり彼以上に疲労困憊であるはずの黒子がこのタイミングでやらかしているのだから、それなりの意味はあるのだろう。メリットはなかったとしても、だ。何より、火神の自宅とは正反対の方向へ歩き出す黒子を放っておくわけにはいかなかった。前回押しかけた時は大会会場からだったもんなあと火神は小走りで彼を回収した。
「ほー、ガトーショコラねえ」
「もう直ぐ青峰君の誕生日なんです。8月31日。嘗ては夏休み中ということもありクラスメイトの誰にも祝って貰えない、翌日に夏休みが明けても友人から貰えるのは休暇中のお土産という全くスペシャリティのない物ばかりという日に彼は生まれました」
「俺の誕生日も夏休み中なんだからやめろよ!」
「火神君の誕生日は誠凛のみんなでお祝いしたじゃないですか」
「そりゃあまあ、どうも」
「どういたしまして。さて話を戻しますが青峰君の誕生日が近いので彼の色にちなんでガトーショコラを作って贈ろうということになりまして。しかしゆで卵しか作ったことのない身ですので何卒火神君にご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いしたいのです」
「急にかしこまったなおい。でも俺も菓子作りは専門外だぞ」
「いえ、火神君にはレシピ通りに作るということを教えて貰えればそれで…お菓子は分量が勝負だと紫原君が言っていましたよ」
「そこから必要なのか?あー、まあ取りあえずやってみっか」
 二人が帰宅すると同時に届いた荷物には見事にガトーショコラの材料が詰め込まれていた。器材の方もぬかりない。しかし一から買い揃えないでも良いだろうにと火神は台所の調理場を色々と漁ってみるものの結局菓子作りに使えそうな器材は所持していなかった。その瞬間の黒子のほれ見たことかと言いたげな表情ときたら微妙に腹立たしかった。
 結局。黒子の購入した材料は彼が持ち込んだレシピに従えばゆうに5回はワンホールでガトーショコラが作れるほどのもので、如何に料理をしない男子高校生とはいえカントクのように特殊な味付けを主としない黒子であれば分量を守りある程度料理の出来る人間の手助けを得れば2回目には見た目もそれなりの物が完成してしまった。
「…出来たな」
「そうですね。味も普通ですね」
「よし、じゃあこれやればいいんじゃないか。それとも本番はこの要領で作り直すとかか?」
「いえ、これは火神君が食べちゃってください。僕の役目はお菓子作りに挑戦したこともない人間が取り組んでもそれなりの物が作れるということを証明するだけですので」
「……つまり?」
「あとはこれを写メって桃井さんにとっても簡単でしたってメールすれば僕の青峰君へのお祝いはお終いです」
「本人の手に何にも渡ってねーじゃねーか!」
「――物より、気持ち。…ね?」
「ね、じゃねーよ!」
「まあぶっちゃけると物より気持ちじゃなくて野郎より女子の精神ですよ。もう学校も始まりますしね。平日の学校帰りに校門前で同中の野郎が手作りケーキ携えて待ち伏せしてたら火神君どう思います?引きますよね?それが幼馴染で気立ての良い女の子だったらどうです?いっきに華やぐでしょう?世の中そういうもんなんですよ。野郎より女子、黒子より桃井です。あー何か腹立ってきたので黄瀬君をけしかけてやりましょうかね!」
「落ち着け黒子、もう眠いなら後片付けはやってやるから寝ろ!」
「まじですか、火神君ならそう言ってくれると思ってお泊りセット持ってきたんですよ。先に歯を磨いてきます!」
「お前はそういう奴だったよな!」
 るんるんと音が鳴りそうな軽やかな足取りで黒子は台所を出て洗面所へ向かっていった。黒子が作業をしている間に火神は使用しない器材を洗いながら指示を出していた為に後片付けらしい片付けもそれほど残ってはいないのだがそれにしたって今日のこの作業に意味はあったのだろうか。中学時代の、友人よりは特別な、現相棒よりは朧気な過去の、今でも大切なヒカリに。こんな目に触れない場所での頑張りは誕生祝と呼ぶにはあまりに意図が不明瞭だ。先程の黒子の言葉以上の意図がないというのならば猶更。
 取り敢えず、この時間では黒子作のガトーショコラを食すのは明日の方が良いだろうとラップを取り出して覆う。冷蔵庫にしまって、余った材料の口を止めて零れないようにしてから宅配されてきた箱の中に戻した。半分以上余ってしまったそれらを仕舞いながら火神は何となく、黒子の行動は青峰の誕生日を祝うためというより、彼の誕生日を祝おうとしている桃井の為なのだろうなと思い至った。何故かは知らないが、黒子は桃井にはとことん甘いのだ。それが恋愛的弱みでないことはその方面に疎い火神にもわかるのだがどうしてそうなったとか、いつまでそうなのだということまではわからない。だけど、なんとなく。青峰と桃井が幼馴染という微妙な枠にしがみついている間は、黒子は青峰を見つめながら桃井を甘やかすのだろうなと、それだけはわかるのだ。
 だから火神は、つい黒子を甘やかしてしまうのだ。どちらが大事かなんて、迷うまでもない。
 ――ほんと、黄瀬でもけしかけてやればいいんじゃねえの?


04:桜井良の場合
 夏休み中だというのにマネージャーである桃井さつきに調理室に呼び出された。嫌な予感がする。なので調理室で顔を合わせた途端に謝り倒した。きっとこの場にある包丁で、鍋で、フォークで、きっと僕を気に食わないと粛清するに違いないのだから。と被害妄想を勢い余って加害の域にまで転がそうとしていた所で、桃井に制止の声を掛けられた。恐る恐る彼女の様子を伺うと、呆れたように腰に両手をあてていた姿勢から一転、顔の前で両手を合わせて「お願い!」と言われた。
「大ちゃんの誕生日にケーキ作りたいから料理教えて欲しいの!」
「すいません!」
「え!?ダメなの!?」
「すいません!そうじゃなくて、僕なんかに教わっても上達しっこないので先に謝っておきますすいません!」
「何そのネガティブな予防線は!?」
 こんな悶着を乗り越えて、桜井は桃井の料理の師匠になったのである。今夏限定で。レモンのはちみつ漬けでレモンを丸々漬け込むダイナミックさと粗雑さを披露した彼女の一番の難関はレシピに眼をやるという料理の素人にはあまりに常識な行動と、何より製菓チョコを砕く為に包丁を持たせる際の恐怖が尋常ではないという点だった。桃井さつきが包丁を持っただけですっぽ抜けるフラグに違いないと桜井は恐れ慄いた。失礼極まりないと憤慨する桃井に、こればっかりは多数決を取れば自分が勝てるに違いないと桜井は確信し、桃井が使用している机の影に隠れながら彼女の作業を見守った。
 一難去ってまた一難。砂糖と塩の違いは説明しなければいけませんか。粉ふるいは上下に振ってはいけないと思いませんか。素人が片手で卵を割ると殻が混ざるし卵白と卵黄を分けにくくなると一度で学習してくれませんか。オーブンの温度を倍にすれば時間も半分で済むなんて恐ろしい発想はやめてくれませんか。その他諸々レシピに逆らって行動するのはやめてくれませんかといった具合で。終盤はもう桜井は殆ど涙目だった。教えを乞うほどに自分の技術が未熟だと自覚していると思えば、桃井はやけに自信満々で間違った作業を行う者だから小心者の桜井はその場で直ぐに注意をすることが出来なくて何度も最初からやり直しと言う事態に陥った。その度に「もっと早く言ってよー!」と頬を膨らませる桃井と「すいません」と謝り倒す桜井。どちらが先生なのかわかったものではなかった。
 何度目の挑戦かなんて数えることを止めた頃、桃井は漸く口に入れてもガトーショコラであることを否定されない出来栄えの物を完成させた。桃井は喜んだ。桜井は泣いた。漸く夜明けが訪れたのだと窓の外に眼をやれば桃井に「あれは夕日だよ」と突っ込まれた。
 兎に角、桜井の時間と波だと心の平穏を犠牲に桃井のガトーショコラに対する腕前だけは飛躍的に上昇した。綺麗にラッピングされたそれを青峰が誕生日を迎えたら一番に渡すのだと意気込む桃井に、桜井は力ない笑みで頑張ってくださいとエールを送る。きっと宿題を手伝う為に一緒にいるんだとうなあと予想がついてしまって、彼の宿題がバスケ部員に分配されて処理されていることを桜井も知っている。ただ彼の場合はレギュラーである為にその配分対象から除外されているのだ。自分だけ面倒から逃れて申し訳ない気持ちに駆られて謝りそうになるのを、初めて成功したお菓子作りにご満悦な、青峰に喜んでもらえる姿を想像しているのか幸せそうな顔をしている桃井の邪魔をしてはいけないと必死に口を噤んだ。頭の中では色々と思う所はあるし、もしかして自分も別途青峰への誕生日プレゼントを用意しなければ不味いのだろうかと新たな悩みも浮上する。それでも今この瞬間だけは、桜井は確かにチームメイトでもあるマネージャーの桃井が、幼馴染の青峰と上手くやれればいいなと思っていた。
 ――付き合ってるんですよね?違いましたっけ?なんかすいません!


05:青峰大輝の場合
 時計の針が8月31日の午前0時を指すと同時に桃井から口にガトーショコラを突っ込まれた。行為自体は殺意を感じるほどの力強さで咽そうになったが菓子自体は美味いとそのまま頬張った。「美味い」その一言で桃井はとても嬉しそうに破顔して、「お誕生日おめでとう!」と今年も一番に青峰の誕生日を祝った。その習慣となった一番の座を青峰はちゃんと覚えている。毎年毎年、彼女だったこと。それだけは、しっかりと。
 わざわざ青峰の隣に座り直して桜井に教わったのだと武勇伝を披露しながらまだ沢山あるからと彼の口にガトーショコラを放り込む桃井と、果たして桜井には感謝すべきなのか妬くべきなのかと思案する青峰。結局、桃井の話を総合するに桜井には多大な迷惑を掛けたという結論を得て明日会ったときは素直に礼を述べようと決めた。
 翌朝、起きると火神からメールが届いており添付されていた写真には黒子が手作りと思しきクッキーの乗った大皿を披露している。本文も黒子からの物らしく、『しょっぱいものを贈っておきますね』と書かれていた。どういうことだと頭を掻きながら学校に向かおうと家の扉を開けると何故か黄瀬がいた。ラッピングされたピンクの小さな包み。半面が透明になっており、そこから覗く中身は今現在見ている写真に写っているのと同じクッキーではないか。青峰の直感が告げる。だが青峰がその直感を理解するよりも先に黄瀬がもじもじと気色の悪い動きをしながら青峰に包みを差し出していた。朝っぱらからクッキー携えて待ち伏せしてる野郎って、それって。
「青峰っちお誕生日おめでとっす!」
「………」
「…あれー?黒子っちからのお届けものなんすよ?俺を含めて!もっとリアクション取って欲しいっす!」
「―――しょっぺえ」
(だからそういうのを贈るって言ったでしょう?)
 黒子のそんな、からかう様な声が聞こえた気がして青峰は大人しくやられたなと負けを認める。勝ち負けではないのだろうが、きっと黒子は桃井が自分に贈るものを知っていたからこんな悪戯を仕掛けて来たに違いないのだから。
「大ちゃーん、学校行くよー!」
 突然の桃井の声に呼び戻されて、青峰はもう今日は学校なのだと憂鬱な気持ちにある。数年前までは、まだ夏休みだったのにと。ゆとりさんはお空のお星さまになって帰ってこない。短縮された夏休みは還元されない。誕生日を一番に祝ってくれる幼馴染は今でも自分の隣にいる。それならばまあなんとかなるだろう。憂鬱な新学期も、中学時代の同級生に踊らされて学校に遅刻するイケメンの存在も、結局終わらなかった宿題も何もかも。
 ――なんか結構俺って幸せなんじゃね?




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Happy Birthday!!8/31

愛に糸目はつけません
Title by『ハルシアン』





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