コレの赤司サイド



 昨年度のウィンターカップを連覇して、今年度のインターハイも優勝だとか、無冠の五将の内三人を有しているだとか、その次世代で驚異の才能を誇るキセキの世代のキャプテンだった赤司征十郎がまたしてもキャプテンだとか。京都の強豪、洛山高校バスケットボール部の練習風景だって、覗いてみればまあバスケ部だろうなという練習をきっちりとこなしている。選手の層や練習の質、密度はそこらの弱小校とは比にもならないがどこからどう見てもバスケ部でしかないのである。
 学校内で特別注目され常日頃応援されているわけでもなく。だが出る大会出る大会で輝かしい成績を収めて帰ってくれば教師だとか生徒から利かせて貰える融通の幅はじりじりと拡大していくのもまた当然の現象だった。例えば、授業時以外は使用されない視聴覚室の鍵を、顧問を通さず担任に「今日部活でこの間の大会のプレーを録画した奴観たいんで視聴覚室使用させてもらえませんか」の一言で快く貸し出して貰えるような。特に、まだ一年生である赤司征十郎が言うと効果が跳ね上がるのは入学以来一度もトップを譲ることのない成績と、品行方正な生活態度。そして一年生ながらにキャプテンを務めているという付加価値。大人は単純で良いと、赤司は内心でほくそ笑む。教師として生徒を分別するのには便利な肩書が自分にはよほどわかりやすい形で付属しているのだろう。彼等が実際に赤司と同年代だったら、果たして年下に従えられるという現実に耐えられるのだろうか。耐えられないのであれば、その程度と捨て去るだけという赤司の立場は微塵も揺るがないのだけれど。
 さて、穏やかな微笑と共に視聴覚室の鍵を入手し、礼儀として感謝の言葉を残してから職員室を後にする。顧問がいなくて良かったとほっとした次の瞬間には貼り付けていた笑みを解いて無表情に戻る。普段から表情や行動に感情を露わにするタイプではないが、この極端な落差は間近で見ているとなかなか心臓に悪いらしい。だがそれが人避けの面を備えているのだから赤司は他人の為にわざわざ意図して表情筋を柔らかく備えておくつもりは今の所ない。
 視聴覚室に一人きり。教室のど真ん中の椅子に座り目を閉じる。大きく息を吐き、教室の前にある映像を見る為の機材には一向に興味を示すことのない赤司の所属するバスケ部は今頃体育館で練習が開始されていることだろう。開始時間までのモップ掛けとシュート練の割り振り。体操と柔軟をこなしてからのフットワークとパス練。ハーフコートの1on1に始まり部活終了一時間前まできっちり休憩時間を含め指示を残しておいた。勿論監督が途中で様子を見に来れば変更になる点も多少はあるだろうが普段の流れを知っていれば修正できる程度の誤差だろう。葉山がさっさと試合形式の練習に移行したがった際の制裁も既にセッティング済という、自分の無駄のなさを持ち上げながら赤司はとうとう耐えきれないといった風で机に俯せた。声も漏れるような溜息はなんとか抑え込みながら。
 目を閉じたまま。窓から差し込んでくる西日が段々と傾度を増していく。僅かに当たった耳だとか頬が感じる温度が少しずつ下がって行って日が沈みきれば、このまま自分は視聴覚室に閉じ込められてしまうかもしれないという可能性に思い当たって、だけども内側からは容易く鍵は開けられるだろうからと案じることは止めた。それとも、閉じ込められるよりも先に誰かに見つかって連れ出されてしまうだろうか。何せ、部活を休むとは一言も言わずにメールで実渕に指示だけを送りつけたものだから不審に思っていることは確実だろう。キセキの世代のエース、他者との実力差に嘆き上を目指すことを一時忘れ去っていた青峰とは違い、赤司は普段からストイックなまでに練習をこなしてきたのだから。
 カタン、と音がして赤司は廊下側の窓が開けられたのだなと理解する。顔は上げない。すぐさま掛からない声は、その動作の主が赤の他人か、赤司が眠りこくっていると思ったか、部屋の薄暗さに誰とも識別できていないのか。どちらにせよ教員ではないだろうから、面倒な取り繕いは必要ないように思えた。

「――征ちゃん、寝たふり?」
「……玲央か」
「珍しいわねー、征ちゃんがサボりだなんて」
「そういう時もある。僕だって人間だし、メランコリックな気分に襲われることだってあるさ」
「征ちゃん大丈夫?」
「…ああ。今のは流石にないな…」

 どうやら赤司を探していたらしい実渕を無視するわけにはいないと、漸く上体を起こして彼の方を見れば思ったよりもだいぶ暗がりが広がっていて少し驚いてしまった。この分では今日の部活動は終盤だろう。つまり迎えが来たからといって今から参加するよう必要もない。実渕は窓枠に肘を掛けながら、赤司の方から言葉を発するのを待っている。扉を開けてずかずかと傍にまで歩み寄ってこないのは彼なりの探りであり気遣いなのだろう。そもそも葉山や根武谷辺りだったらこの視聴覚室に近付いた時点でやかましい足音にその気配を察知していたに違いないのだ。

「なあ玲央」
「なあに?」
「――好きな子に間接的とはいえ怖いと言われてしまった時はどうすれば良いんだろう」
「………ん?」
「その子に酷いことをした記憶はないし、実際していないのに、僕はどうやら鋏を振り回す危険人物だと思われているみたいなんだ」
「あらあ、災難ねえ…っていうか征ちゃん好きな子とかいたのね」
「そりゃあ僕だって恋の一つや二つするに決まっているだろう」

 一つ目だとは打ち明けないけれど。オネエというよりお母さんや近所の親切なお姉さんに打ち明けるような気持ちで赤司は何とか意味が伝わるように言葉を吐きだす。許されるなら、脳味噌なんか使わずに「怖がられた」「何故」「傷ついた」の三言で察して頂きたい。
 昼休みに、昔馴染みの黒子テツヤに薦められた本を読み終わったからと感想を一言メールで送信した。そしてそれに対する返信。
『降旗君は君が怖いと言っています。鋏の所為です。僕もあれはどうかなあとは思っていました。降旗君を怖がらせてはいけません。僕はこれから降旗君と図書委員のお仕事です。本読むの早いですね。応援してます』
 お前は携帯を得たばかりのご老人かと疑いたくなるような文章。改行を挟まないがただの箇条書きかつ言いたいことを思いついたままに打ち込んだ脈絡のなさ。現代文だけはそこそこの成績を収めていただろうにと嘆く赤司は知らないのだ。黒子が、赤司に対する降旗の評を聞いてからどれだけ落ち込んでいたのかを。尤も、黒子の学力を嘆き続けるよりも、直ぐに彼のメールの内容に衝撃を受けた赤司は昼休み以降黒子に返信を行ってはいない。出来なかった。上手く取り繕って貰ったり持ち上げて貰ったりなんて性格からして頼めないのだから、京都で長期休みを迎え東京に戻るまでは対応の取りようがないのだ。だって赤司は、降旗の電話番号もアドレスも知らない。
 暗闇の中沈黙してしまった赤司に、実渕は相変わらず距離を詰めることをしない。縄張り意識の強い赤司に、どうして部活に来ないのだとか、嘘を吐いてまで視聴覚室を占拠する必要性を問うてもきっと拒まれてしまうだろう。赤司はそういうことは得意だから。従う者と従わない者を絶対的に区別するみたいに。
 しかしまあ、と実渕は口元を緩める。キセキの世代のキャプテンだなんて、天才のトップのような地位を与えられそれを意に介すことも足を絡め取られることもなく。それでも揺らぐことなくその才を振るい続けた赤司が、恋の話題を口にするとは予想外だった。そして、可愛い所もあるものだと安堵もする。
 だって、好きな子に怖がられて部活もサボって視聴覚室に閉じこもるだなんて。

「それって凹んでるってことよね、征ちゃん?」
「……ああ」

 あの赤司征十郎が手を焼いて、挙句凹まされるような子がいるだなんてそれだけで充分驚きだろう。

「洛山一同で応援するわよ征ちゃん!」

 どこか気合いの入った実渕のそんな一言に、赤司は柄にもなく感動し、感謝して、それから少しだけ瞳を揺らがせた。
 ――うん、頑張ろう。
 そんな決意を胸に、赤司は漸く座っていた席から腰を上げ、視聴覚室を後にした。実渕と並び歩きながら携帯を弄り、東京の黒子テツヤにメールを送信。取りあえず、赤司征十郎は別に普段から誰彼かまわず鋏を突き出して威嚇行動をしている訳ではないという旨を弁明しておいてくれと頼みこむ。
 返信は珍しく数分と待たずにやって来た。何故「わかりました」の一語の後に何故図書室で黒子と降旗が二人で仕事をしている写メが添付されているのか、赤司は追及しない。勿論消去もせずにそのまま待ち受けに設定、携帯を閉じた。それを横から見ていた実渕が「本当に征ちゃんはキセキの皆が好きねー」などと気楽に言ってくるから赤司も一言「まあね」と頷いてその会話を打ち切った。本当は、黒子の隣に映る人物のことが、キセキの皆を想うのとは別の次元で好きなのだとはまだ言い出せないまま。
 取り敢えず、黒子の弁明が上手くいって降旗の赤司に対する怖いというイメージが払拭されたその時は、次の一手の相談がてら打ち明けてみようとは思っている。
 さて、いつのことになるやら。


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得意なのです迷走が
Title by『ハルシアン』





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