※コミックス派には若干ネタバレ含



 晴天の空の下、珍しく誠凛高校バスケットボール部の一年生が一堂に会して何をしていたかというと単に昼飯と共にしていただけである。だが、輪を描いで座りながら否応にも目に入る彼等がエースの食べっぷりときたら他者の食欲を減退させるだけの規模であって、そんな他人の食事姿には目もくれず自分の弁当を突いている影のエースはと言えば逆にお前はそんな食事量で大丈夫かと心配せずにはいられないような有様だから、五人中の二人を除いた残りの三人は、雑談の楽しさを差し引いてしまうと割と心中穏やかでない食事時間となってしまう。それでも、大抵火神と黒子は誰かに誘われなければ相手を誘って賑やかに食事を囲もうなんて微塵も思い至らない人種なので、そんな二人を屋上まで引きずり出すのも同じ部活の同級生としての務めだと、降旗、河原、福田の三名は割と本気で思い込んでいたりする。
 バスケ部が集団で集まって話すことなんて、猥談テレビ書籍噂等々媒体も種類も多々あるのだけれどいつの間にか結局バスケの話に行き着いていて、まあ好きだもんなと笑いながらそれでもカントクの機嫌がよかったらメニューも軽くなったりしないだろうかと淡い期待を抱きながら、それはないなと落ち込んでしまう。いつも通り、そんな風にして会話をしていると、普段同じ輪に混じっていても黙り込んでいる内に希薄になってしまう黒子がやけにくっきりと見えていることに気が付いて、揃って「おや?」と首を傾げた。理由は単純で、黒子の制服のポケットから突然音が鳴ったからである。携帯の着信であることは予想がつくが、驚いたのはそれがメロディではなく男性オペラ歌手のような歌声だったから。話の腰を折ってしまったことに謝りながらも淡々とした顔で携帯を取り出した黒子に、火神が隣で「今の何だよ」と呆れたように尋ねる。センスを疑っているのだろう。黒子は火神の方を一瞥して、携帯を弄りだした。
「シューベルトの、魔王です」
「は?」
「曲名ですよ。因みに赤司君限定着信音です」
「お前…殺されるんじゃねえの」
「本人に選んでもらったんですよ。僕としてはダースベイダーの方が面白いかなと思ったんですけど」
「キセキ感覚はわっかんねえよ」
「括らないでください。僕だから許されるんですよ。黄瀬君だったらさようならです」
「ひどいな」
「事実です」
 突如始まった黒子と火神の掛け合いに周囲は少しだけ置いてけぼりで。それでもこのメロディが流れたということは黒子の携帯には赤司からのメールが届いているということで。火神のつっこみに素早く切り替えしながらのろのろと携帯のボタンを押している黒子のリズムはいつだって安定しない。ふらふらと危うくて、突然跳ね上がってはあっさりガス欠に陥ったりしている。
 火神は早々に黒子との会話を放棄した。黒子の手元があまりに疎かなのを見咎めたのだろう。残っていた昼飯を再び口と胃に掻きこみ始める。そもそも火神は赤司の話題となってはあまり乗り気にはなれないだろう。初対面が強烈過ぎたし、直感に従う火神には赤司のような理性的にかつ高圧的に上から物を言うような人間は相性自体よろしくないのだ。黒子もそれを知っていて、突然身を引いてしまった火神を引き戻そうとは考えない。代わりに、別の人間を巻き込もうとは容赦なく考えていたけれど。


 黒子がその、巻き込みを実行したのは昼食を終えて降旗と共に委員会の当番の為に図書室へ向かっている途中でのだった。
「赤司君のこと、どう思います?」
 そんな、黒子からの突然の問いかけに降旗は硬直するしかなかった。意図はあるだろうか、そんな、鷹揚とした問いに。そもそも、自分に問う意味があるのかどうかを、降旗は問い質したかった。きっと黒子は、なんてことはないと「だって降旗君は赤司君に試合以外の場であったことがあるから、気になっただけです」などと言ってのけるだろう。黒子は案外、そういう問答はお手の物と言いたげで、考えさえ纏まっていれば答えに窮して黙り込むなんて場面にはそうそう出くわさない。それが日頃の読書の賜物だというのならば、降旗も図書委員であるし、少しくらい読書に勤しんでみようかとも思うのだが生憎そんな余裕はないのだと今出たばかりの案を即否決してしまった。
「…どうって?」
「どうって…とは?」
「ええー?」
「冗談です。さっきの着信のこととか、火神君に言わせるとキセキ感覚って言われて括られて、僕たちにしか通じないみたいな風に纏められちゃいましたけど、僕としてはそんなつもりないんですよ。だから、他の人から見てキセキってバスケを除いたらどんな風に映っているのかなって思ったんです。赤司君を提示したのは単に、降旗君の……降旗君がコートの外であったことがある人だから――ですかね?」
「何で疑問形なんだよ」
「言い訳だからです」
「は?」
「そんなことはどうでも良いじゃないですか。で、降旗君、赤司君のことどう思います?」
 普段の黒子からはあまり想像がつかない強引な追及に、思わず降旗は足を止めてじっと黒子を見つめる。黒子は視線を逸らさない。本当に、心底から降旗の返事が欲しいと願っているかのようで、降旗は黒子から目を逸らす。逃げる為ではなく、考えに集中する為に。
 初対面の印象は、恐怖梟悪驚愕強圧といった所か。貫録といえば聞こえはいいがいきなり鋏を突きだしてくるような人間は降旗の感覚で言わせていただくならばあまり好印象とは言い難い。そんなとんでもない振る舞いをされた火神は赤司には自分が避けるという確信があったと言っているがそういう問題ではないだろう。鋏は人に突き出してはいけない。他人に渡すときは刃の方を閉じて以て持ち手の方を向けて差し出すというのが一般常識だ。因みにこれは幼稚園で叩き込まれる類の初級常識。赤司がそれを知らないというより、縛られないというのが正しいのだろうが、同い年の人間として兎に角「鋏、突き出す、ダメ絶対!」である。
 二度目はWCの試合会場での再会だったが、そちらは対面というより傍観だった。向かい合ったのは主に黒子と火神。無関係のような関係者として至近距離にいた降旗の赤司に対する印象はやはり恐怖驚愕強圧で、まあ梟悪さは抜けていたが流石キセキの世代のキャプテンだった人間と知らしめるだけの実力を披露してみせた。素晴らしく優秀な選手と言うことは理解できたし、その認識に間違いはないと自負している。
 だけど、やっぱり、だからこそ。
「――怖い、かな?」
 ファーストインパクトが、全てに近い大半を占めて降旗に赤司の存在を認識させた。それは紛れもない事実で。失礼な言葉かなとは案じつつも、自分を凡人とみなせば誰だってそういう部分はあるだろうと安易な気持ちで吐き出した本音。それでも嘗て仲間として戦い、対立しながらもコートで向き合った経験を持つ黒子には理解されないかもしれない。理解してくれなくても良い。同級生として、もしかしたら今度は自分も赤司を含めキセキの世代と同じコートで勝負する日が来るかもしれないのだから。そんな決意と期待を込めて、思考に耽るうちに下げていた顔を上げて黒子の顔を見れば、彼は目に見えて困ったような、傷ついたような顔をしていた。
 ――何で?
 不可解な反応に首を傾げて見せれば、黒子は「そろそろ図書室に行きましょう」と再び歩き始め、「怖いですか…」と降旗の言葉を反芻しながら次第にしょんぼりと肩を落として、終まいには手で目元を覆い出したものだから降旗ももう一度声を上げる。

 ――ねえ、なんで?

 「答えられる訳ないでしょうこのにぶちんが!」黒子のそんな悪態は、やはり言葉になることはなく。ただ電子メール上の文字となり京都の空の下バスケに励んでいるであろう誰かさんの元へ届けられていた。


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得意なのです迷走が
Title by『ハルシアン』


赤司サイドに続く!





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