一件落着。それが、黒子と青峰の関係を端的に表す言葉だと周囲の人間は思っていて、黒子自身もウィンターカップの試合を終えてからこれでまた青峰は以前のように笑ってバスケをしてくれるようになると安堵していた。たとえ青峰にパスを出す相棒が自分でなくとも、同じユニフォームを着ることはなくとも彼の活躍を素直に喜べるものと思っていたし、だがまた対戦校として相対するときは全力で勝ちを狙いに行く。ミスディレクションが効果を失い自分の価値が薄れたとしても気持ちだけは揺るがない自信があったから、黒子はいつかまた青峰とバスケをしたいと思っている。陽泉戦の前にシュートを教えて貰ったりもしたが、あれはノーカウント。才能と感覚でバスケと付き合ってきた青峰にしてみれば誰かに教えを施すなんて退屈極まりなかったことだろうから。
 そんな、思い出として振り返るには短期間で過ぎ去った出来事を思い出しながら、それでも青峰との再戦は早くとも来年度の夏、インターハイ予選でのことだと思い込んでいた。だが黒子の予想を裏切り公式の試合とは違うものの青峰との再戦は案外早くに実現してしまった。誠凛側の全く望んでいない形で。
 誠凛への敗戦後、青峰は部活をサボらなくなった。新部長となった若松との折り合いの悪さは相変わらずなので従順に部活の輪を保っているかと言われれば疑問だが、少なくとも姿だけは毎日体育館に見せるようになったし自主練も始めたらしい。嬉しそうに青峰の様子を報告してくれる桃井に、黒子もやはり嬉しさが込み上げてくる。こちらも次までにもっとレベルアップしておかなければと意気込んだ矢先、トラブル発生。練習は勿論、試合当日もサボることなく第1Qから全力でプレイするようになってしまった青峰は、悉く相手チームの自信ややる気をぼっきぼきにへし折ってしまう。それでも一度敗北を経験した青峰はまた怠惰に堕ちたりはしないのだが、やはり対戦相手に物足りなさを感じてしまうのだろう。監督にもっと強い学校と試合を組むべきだと散々に要求し、だが青峰が満足する相手となれば当然キセキの世代クラスを有する学校が妥当となる。他のキセキたちの学校も先日のウィンターカップを最後にチームの中心にいた三年生が引退したばかり。世代交代をしたばかりでチームとしてのスタイルの完成を目指している途中の強豪校が、来年も全国を賭けて、もしくは全国でぶつかる可能性のある自分たちとの試合に応じてくれるかどうか。難しいだろうなと頭を抱えかけた瞬間、三年生がいない誠凛ならば大会後も変わらぬ戦力を保持していることに気付く。だが桐皇との試合でミスディレクションを使い果たす形となった黒子の穴を埋める戦略はないかもしれない。青峰には申し訳ないが少なくとも新年度が始まるまでは雑魚相手で我慢するようにと、なかなか失礼な言葉で言い含まされたのが昨日のことである。

「なあテツ、練習試合しようぜ」
「いきなりやって来て何言い出すんですか。あとそういうことは僕にじゃなくてカントクに言ってください」
「カントク?…ってあれか、あの胸ぺったんこな女か」
「前言撤回です青峰君、やっぱり今すぐ何も言わずにここを立ち去ってください」

 他人の話なんて半分以上の確率で聞いていない青峰である。バスケと食事と女子の胸の大きさが思考の大半で礼儀だとか勉学だとか対人関係などにはてんで重きを置かない男だ。誠凛高校バスケ部では暗黙の内に地雷扱いとなっているカントクの前で巨乳に反応するもしくはカントクを貧乳扱いをするというタブーをあっさりと犯した青峰に、黒子は表情を変えないまま背後に不穏な気配が近付いていやしないかと戦慄する。
 そもそも平日の放課後、部活前にやって来ていきなり練習試合を申し込むとは何事か。桃井が来るならばともかく、青峰が試合の調整を任されるなどと端から思っていない為、黒子は直ぐに彼が独断でやって来たのだとわかった。火神が度重なる授業中の居眠りでとうとう呼び出されてしまい未だ体育館に姿を見せていない為まだ静かなものだが、これで火神がやって来て青峰と1on1など始めてしまったら収拾がつかない。一度は勝利した学校の選手とはいえ個人の才能と実力からすれば圧倒的な力を誇る青峰に、誠凛の二年生たちは積極的に近付こうなどとは全く思っていない。試合中の先輩を先輩と思わぬ態度を目撃していることもあって青峰のことは黒子に任せると見放されてしまったようだ。

「しかし青峰君、練習試合の相手を探すのは君の仕事ではないですよね?部活はどうしたんですか?」
「……自主練すっから今日は良いだろ」
「青峰君?」
「折角だしついでにこっちに混ざろうと思ってよ」
「青峰君、これ以上とんでもないことぬかしやがると桃井さんを召喚しますよ」

 青峰のお守り役、桃井の名を出せば僅かながらに彼の眉間に皺が寄る。青峰が戻ってから、桃井は黒子が二人と出会うよりも以前の親しみを持って彼に接しているらしく、青峰からすると以前に増して遠慮がなくなり口喧しくなったとのこと。それだけ相変わらず手を焼かせているのだろうと目を細める黒子に青峰は納得いかないと憤慨する。
 体育館の入り口に外履きのまま座り込んでいる青峰と、部活の準備を終えている黒子の会話は目的地がはっきりとしない為これ以上何を話せばいいのかがわからない。時間制限は部活が始まってしまうまでと確かに存在しているのに、青峰の言う練習試合の要求を撤回させるにはこちらに正当な理由が用意されていない。きっと火神ならば二つ返事でやろうぜと頷いたことだろう。黒子だってそうしたいのはやまやまだが、何せ日本は縦社会、先輩を敬いカントクに従い部活の準備片付けを担う下っ端一年生。勝手に練習試合の約束など取り付けられるはずもない。せめてカントクに話を通そうにも先程の失言から青峰は絶対に彼女に近づけてはいけない人間だ。ならばキャプテンにと体育館に日向の姿を探せば何故か木吉相手にクラッチタイムに突入していてやはり年上を敬わない青峰を近付けることはできないと断念する。その他の先輩は青峰の存在にとっくに気付いており、黒子がきょろきょろと視線を巡らすに合わせてささっと顔毎背けるのだから無理に声を掛けることはしない。

「青峰君、練習試合の件は今日中に答えを出すのは難しそうです。後日またメールをするので今日はもう君も部活に戻った方が良いですよ」
「んー…」
「何ですか、まだ用事がありますか」
「いや、テツは毎日ここでバスケしてんだなと思ってよ」
「―――ええ、そうですよ」

 ――君と一緒に練習した体育館よりは少しばかし手狭でしょう?
 先輩たちには聞こえないように、微笑みながら語る黒子に青峰は失礼だと思うこともなく正直に頷いてそうだなと肯定を示した。黒子が青峰の見慣れない場所でバスケを続けているように、青峰も黒子の見慣れない場所でバスケをしている。同じコートに立つときは向かい合って別々のゴールを狙いながら。寂しくはないし、今更戻りたいと願う場所もないけれど。同じ中学から別々の高校へ進んだことで生れた物理的な距離が、この先自分たちを遠ざけあう障害にだけはなってくれるなと願う。光と影なんてもう呼ばれない。相棒でもない。友人と呼ぶにはバスケしか交流がない。だけど確かに青峰は黒子が好きだった。黒子も青峰が好きだった。バスケは凡人の底辺を行き交いながら一芸を極めるだけ、誰にも真似できない努力の塊とそれでも圧倒的才能の前にあっさりと消えかかったこともある、ゆで卵しか作れずに胸だって膨らむはずがない黒子は、出会った時と変わらぬ尊敬と憧れの念を内包しながら青峰を想っている。伝え合うには、まだバスケが楽しすぎていけない。コートの中で睨み合って勝敗を競い合っている時間がまだ残されているからまずはそれを楽しみきらなくてはならない。
 それでもこうして他愛ない会話をして笑いあえるようになっただけ高校生活一年目、黒子にとっては十分すぎる成果だから大満足。青峰が自分を訪ねて誠凛までやって来るなんて、数カ月前では想像も出来なかったのだから。
 結局、いつまでも掛からない部活開始の号令を待つふりをして青峰との会話に興じ続けた黒子は、実は背後からカントクとキャプテンに体育館でいちゃついてんじゃねえという邪念を送られていたらしく、その所為で遅々として始まらない部活に間に合った火神と鉢合わせした青峰の目的から逸れた売り言葉に買い言葉の喧嘩から発展した対決の決着は青峰を迎えに来た桃井の乱入によって中断され、決着は今度の練習試合でつけようぜという彼の捨て台詞により練習試合何て組んでないぞという微妙な空気が流れた誠凛は漸く黒子に青峰がやって来た理由を聞かされてのである。監督からの申し入れでもないのに受ける受けないの決断をするべきなのかと迷ったものの火神と黒子の一年コンビが瞳を輝かせてやる気満々だったので、正式に申し込まれれば受けようとの認識で一致した。
 そうして桐皇との練習試合は実現することになるのだが、当日桐皇側を訪ねた誠凛は監督にも桃井にもキャプテンである若松にも謝られ、誠凛の二年生は揃って自分たちの後輩が青峰でなくて良かったと思ったのだとか。
 そんな先輩たちの思考が読み取れてしまったのか、黒子は苦労ばかりかけている青峰を視線で咎めてみる。だが黒子の視線に気付いた青峰はその意味にまでは思い当たらないらしくあっさりと満面の笑みで返されてしまった。自覚が全くないようなので、黒子は心の中で桐皇の皆さんに何様だと自分で思いながら青峰君がすいませんと詫びを入れておいた。
 それでも、試合が始まれば遠慮なんて一切しないのだけれど。再び目を向けた青峰はもう目の前の試合で勝つことのみを考えているらしい。それはこちらも同じことだと気持ちを引き締めて、黒子はボールを火神に放った。


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電話では遅すぎる
Title by『ダボスへ』





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