クラスメイトや学校で顔も名前も知らない女子から貰った沢山の言葉。携帯にはマネージャーからのメールに添付された写真には段ボール数箱に適当に詰め込まれた色とりどりの袋や箱。それほど積極的に仕事をこなしている訳でもないと自分では思っているけれど、日本中で本日自分の誕生日を祝ってくれる女の子がいるのかと思うと少し嬉しくなって直ぐにどうでもよくなる。お誕生日おめでとうに相応しい返答はたぶんありがとうの一言で十分なのだろう。それでもそのたった一言が一日何十何百と続けば水分補給直後であっても舌が乾いて上手く喋れなくなってお得意のモデル顔も力なくぎりぎりのラインで笑顔を保つしか出来ない。
 六月十八日は黄瀬涼太の誕生日。情報の流出源なんて気にしても仕方がない。モデルなんてどの雑誌にも少し特集が組まれれば軽いプロフィールは載っている物なのだから。前日の夜までは明日は自分の誕生日だなんて浮かれていた黄瀬も、当日学校で女子の黄色い声を浴び続ける内に疲労から気分が沈み始めている。一年でたった一日の自分が生まれた日。その他三百六十四日とはその価値を異にする日だと思っていたけれど、これなら何でもなかった昨日の方が平和だったし、授業も自習があったしと楽しい一日だった気がする。普段ならば部活中に応援の声を上げる女子にサービスとして手を振りかえす黄瀬が疲れ切った顔で、必死に女子の群れの誰にも視線が合わさったなどと勘違いされて盛り上がったりしないようにと意地になって部活に集中した振りをしている様子に、流石の笠松も同情を込めた目線を向ける。一週間ほど前からもうすぐ自分の誕生日なんだと張り切っていたのは一体誰だったのか。誰かに祝って貰える予定があるからはしゃいでいるのかと思いきやそうではないとあっさりと否定されて。平日だし、部活もあるし、ただ誕生日は特別だからと言いきって、でも祝ってくれるなら祝ってくれて全然かまわないと調子に乗った黄瀬をしばいたことも笠松はよく覚えている。男同士、部活の後輩の誕生日を祝うなんて気色悪いと思っていることに変わりはなく、だが知ってしまった以上無視はよくないと、朝練後にレギュラーからちらほらおめでとうと声を掛けた辺りまでは、まだ元気だったのに。今日は早く切り上げてやった方が良いかもしれない。祝い心ではなく、同情心からそんな風に思ったけれど、寧ろ見学している女子が暗いからと帰ってから解散した方が待ち伏せの危険性が減るのだろうか。女子と極力関わりを持たないようにしている笠松にはどちらが正しいのかわからない。だが自分の調子が本日すこぶるよろしかったので、誰に相談することもなく今日は練習量を増やすよう監督に進言してしまった。その事情を知った黄瀬には、感動されかけたのち直ぐに嬉しくないと泣かれたけれど。


 黄瀬が誕生日だから。そんな理由でキツくなった部活を終えて黄瀬が家路についたとき、とっくに陽の落ちきった外はすっかり暗くなっていた。そんなことで怖がる女の子ではないが、遅くまで部活をしていたという事実の再確認が肩に掛けた鞄の重さを錯覚させて。口を突いて出る言葉は疲労を訴えるものばかりだ。
 ――折角の誕生日だったのになあ。
 心の中で、具体的にどれがダメージを喰らわせたかとか、ショックな出来事が起こった訳ではないのだ。そう言い聞かせても、今日の記憶を振り返れば見知らぬ女子と部活の光景しか浮かんでこないことに肩を落とす。事務所に届いていたプレゼントは取りに行かなければならないのだろうか。食べ物などが含まれていたら悪いけれど、面と向かって渡せない相手にまさか食べて貰えるとは思っていないだろう。出来れば、ただプレゼントを贈ったという事実に満足していて欲しい。モデルなんて観賞用の偶像ポジションで十分だ。自分の誕生日を祝いに来てくれた女子たちの中の何人かはきっと恋愛感情を持って彼を祝っていて、だけどそれが本当に純粋な恋愛感情かなんて疑うまでもなく黄瀬は彼女たちを眼中に置いていない。今の所、バスケ以上の優先順位を誇る事柄にも人間にも出会ってはいない。
 あと少しで自宅に着くという所で、横断歩道の信号が青から点滅を始める。いつもならば走って渡りきってしまうのだが、今日は素直に疲れたからという理由で大人しく足を止めた。それなりに車通りの多い道路だから、暫く待つことになるだろう。暇つぶしにと取り出した携帯を開けば新着メールには異様な件数。最初は不気味だったけれどファンの子から誰から入手したとも知れないメールが届いても気にしなくなっていた。当然そんな相手をアドレス登録しているはずもないから、新着メールは差出人に知った名前でなければ読まずに削除。そんなだからアドレス変更のメールも時々削除してしまい交換していたはずの相手とも連絡が取れなくなる事態が発生することもあるがそれは余談。

「あ」

 かちかちと下にスクロールしていくと、滅多に自分からはメール所か連絡自体寄越さない相手の名前が表示される。日付が日付だけにもしかしてと期待して中身を確認すると、デコレーションも絵文字もない質素な一文が表示された。
『おめでとうございます』
 文末の句読点すら省かれた、対象すらおぼろげな文章を読んで、黄瀬は思わず声を上げて笑ってしまいそうになるが、まだ家に着いていないと何とか思いとどまった。らしいといえばらしくて、だけども自分の誕生日を祝ってくれるなんてらしくないかもと黄瀬の脳内はぐるぐると過去の記憶を掘り返す。一度目の誕生日は、部活に入って間もなくて祝うなんて発想がまず生まれなかった。たしかまだ黒子を舐めきっていた時期だったかもしれない。二度目は確か、部室で誕生日だとアピールしたらその場にいた何人かに仕方ねえなと妥協で祝いの言葉を貰った気がする。その時、たしかそこに彼もいたはずだった。彼は、黒子テツヤという人は、油断すると直ぐに風景に溶け込むように消えてしまうから記憶に残す方も一苦労だったりする。
 思い出ばかり振り返っていても埒が明かなくて、黄瀬は未だ青にならない信号に苛立つこともなく、アドレス帳から黒子の番号をひっぱり出してきて通話ボタンを押す。流石にあちらも部活中ということはないだろう。疲労のあまりもう寝ているかもしれないが、そんなことを気遣っていては高校三年間黒子と連絡を取るなんて出来やしない。

『――はい、』
「…黒子っち出た!」
『そりゃあ出ますけど…』
「うん、そうっスね!今平気?」
『もう家なんで大丈夫ですよ』
「そか、良かった。えっとメールありがとっス!」
『――ああ、お誕生日おめでとうございます』

 でもわざわざ礼なんていらなかったのに。数度のコールで、黄瀬の予想よりも元気な声で応答してくれた黒子には、ひょっとして黄瀬が自分に祝いのメールをくれた人全員にこうして礼の述べて回っていると思われたのだろうか。だとしたら、それは勘違いで、色々と伝わっていないことが多すぎる。中学時代から兎に角黒子に伝わらないアタックを繰り返してきた黄瀬なので、長期戦は覚悟している。それでも誕生日に黒子から届いたメールを都合よい前進と捉えるのは自惚れが過ぎるのか。だって去年は何にもなかったから、喜びも一入強い。
 中学時代のチームメイトに、おめでとうの一言を期待する方が虚しい。それは繋がりが弱いから以前に彼等の性格故。それから黄瀬の性格が加味された結果だということは本人は気付いていない。仲良しと形容される付き合い方を模索する対象ではないから構わないけれど。そんな相手だけど、黒子だけは特別だと黄瀬は伝えてきたはずなのに、肝心の黒子はそんなこと全く知らないといった風にあっさりと姿をくらまして歴史のない新設校に進学した挙句に君たちを倒しますからよろしくなんて黄瀬を他の面子と一括りなのだから悲しい。
 だけど今日くらいは、些細な我儘だって許されるだろう。誕生日プレゼントを強請る振りをして、お願いと可愛くないと切られることを承知で断られないぎりぎりのラインを見極めながら黒子ににじり寄って行く。いつの間にか青に変わっていた信号に自然と足を踏み出して、ざわめく雑踏の音を拾った黒子にまだ家に着いていないことを気付かれてしまう。疲れているだろうからまた今度なんて言わせないよう、黄瀬は話題をころころ変えて通話を繋ぐ。此方からの発信、此方持ちの通話料、黒子に向かう物全てが自分からしか生まれていない気がして悲しくなる時もあるけれど。唯一黒子から贈られた飾り気のないメールに黄瀬がどれだけ心を揺すられたか彼はきっと気付かない。しっかり保護を掛けていつか黒子に覚えてるなんて見せてもたぶん首を傾げられてしまうのだろう。

「ねえ黒子っち、家に着くまで電話相手して貰っても良いっすか」
『―――はあ、』
「ほら、暗くて誰もいない夜道を歩くとか寂しいし!」
『君は女子学生ですか』
「えー、じゃあ誕生日プレゼントってことでも良いっスよ」
『……それなら仕方ないですね』

 呆れた様に、電話口の向こうで黒子が息を吐いた気配を感じる。こんなことを誕生日プレゼントと言ってしまうこと、要求が黒子の言う通り女子みたいということ、どちらに呆れているのか。それとも、もっと他の原因もあったりするのか。黒子の考えていることは黄瀬にもよくわからないから、言い訳を募るのは辞めておこう。くだらない言葉でも時間は過ぎる。それで自宅に着いてしまっては意味がない。

「黒子っちと電話で話すとか滅多にないから貴重っッスね」
『そう大したことは喋れませんけど』
「いや、そんなハードル上げるつもありはないっス」
『それ以前になんで貴重なんですか、今日みたいに電話掛けてくればいいじゃないですか』
「え、良いの?」
『え、そもそも電話掛けてこないでくださいなんて言ったことないですよね?』
「そりゃあまあ、」

 だけど掛けても出てくれないと思っていたと正直に打ち明けたら、黒子は益々不可解に思うだろうか。去年の夏、何も言わずに退部してから姿を消してしまった黒子に、何も思う所なくそれ以前と同じように向かっていくなんて難しいことだと彼はきっと知らないだろう。
 だから。そんな風に許してしまうとここぞとばかりに突撃してしまうよ。毎日掛けたら容赦なく嫌がられそうだから、そこは加減するけれど。一度すり抜けてしまった姿を見失わない為に、黒子の中から自分が薄れないようにと上書きを繰り返す。見知らぬ女子たちからのメールや着信を拒否してでも、履歴の一番上に黒子の名前が出るようにちっぽけなことにだって拘るようになるだろう。

『あ、毎日掛けるのはやめてくださいね』

 黄瀬の予想通りの言葉で念を押してくる黒子に、わかってると頷いてもう自宅前まで着いてしまったことに漸く気付く。危うく通過する所だったと笑い話にして、これはもう通話を切る流れなんだろうなと諦める。ちっとも名残惜しむ気配無く、ただ最後に繰り返し「お誕生日おめでとう」と言い残して通話を切った黒子に、電源ボタンを押してもう伝わるはずもないありがとうを述べて携帯を仕舞う。
 嘗てない疲労感に襲われた誕生日だったけれど、最後の最後でとても幸せだったと黄瀬はにやけながら家の扉を開ける。帰宅の挨拶、夕飯も放ったらかしてベッドにダイブしてまた携帯を取り出す。友人、部活仲間、家族、仕事関係。様々にフォルダ分けされたアドレスの数は実際それほど多くなく。それでも黄瀬の受信フォルダを埋めてしまうそれ以外の女子から届いたメールを一斉削除。本当に大切な用件が埋まってしまうから。それから着信履歴もクリアにして一先ず作業は終了。着信拒否は流石に露骨かなと僅かな自制心が働くものの、明日になればそれも危うくなるかもしれない。携帯の履歴を全部好きな子の名前で埋めたいとかちょっと気持ち悪いかなと自分でも自覚しながら、だけど誕生日だから良いかと割り切った。あと数時間で終わってしまう一日に、今日は素晴らしい誕生日だったと満足し、幸せの余韻に浸るように黄瀬は目を閉じる。眠気なんて、一向に訪れそうになかった。



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Happy Birthday!!6/18

いのちにときめきを求める
Title by『告別』





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