その日の天気は雨だった。
 木吉が何かと抱え込む質であることは知っている。その辺りのことで日向やリコをじれったさで苛つかせたこともある人だ。頼ることをしないならまだしも、他人の責任まで背負いこむ必要はないと思う。仲間だから、なんて言葉はそれぞれが自覚を持ってやるべきことを果たしてこそのだろう。駄目なら良いよ俺がするからなんてチームプレイの役には立たないのだ。木吉が膝に抱えた下ろすことの出来ない爆弾は、失礼ながらも彼に目に見えた上限の蓋を付けてしまった。最後のプレイだと臨んだウィンターカップはとうに過ぎ去り季節は黒子が高校生になって二度目の梅雨だ。一度目はまだ木吉の存在など知らない頃だ。体育館の湿度を厭うだけで悪天候を嘆くには真新しい体育館の屋根は頑強だった。
 創立三年目を迎えたばかりの校舎と体育館に老朽化なんて言葉がハマることはなく、雨天に部活の中止を余儀なくされた屋外の部活に所属する生徒や帰宅部でも革製ローファーと靴下の雨水との相性の悪さを嘆く女子生徒たちが零す愚痴や不満をすり抜けて体育館までやって来た黒子を出迎えたのは木吉だった。冬が終わり春が来ても、木吉がバスケから離れることはなく。試合出場は難しくとも練習ならば騙し騙し己と向き合いながら参加できると言いきった木吉を、黒子は狡い人だと思った。心配しているとは言えても、部活に参加するなとは誰も言えないと、木吉はきっと理解した上で宣言したのだろうから。
 存在感の薄い黒子でも、体育館の鉄製の横戸を開ければその重層な音に誰もがそちらを向く。そうして目があった木吉はいつも通りの緩い笑顔で黒子を出迎えたのだ。部活がない日だというにも拘わらず。

「今日は部活ないぞ?自主練か?」

 短い挨拶を交わした後、単刀直入に尋ねてきた木吉に、黒子はさてどう回避したものかと思案する。部活はないけれど、あるのだと説明しても伝わらないだろう。それ以前に言ってはいけないと口止めされている。誰にと言われれば、それは部長であったりカントクであったり先輩たちであったり、そして黒子自身にだ。
 今頃調理室で木吉の誕生日を祝う準備が進められているだなんて、驚かせようをコンセプトに立ち上げられた企画をぶち壊す真似は出来ない。しかしその準備の為に一日だけだからと部活をなしにするのは兎も角、それを伝達した木吉を学校に引き留める算段を全く立てないというのは如何なものか。これでならば帰ろうと木吉が家路についてしまったら意味がない。放課後になり漸くそのことに気付いたカントクの指示により黒子は彼を捜している所だった。居るならばと真っ先に足を向けたこの体育館であっさりその尻尾を掴むことに成功した訳だけれど、そうなると今度は準備が完了するまで彼を見張り足止めしなければならない。一番手っ取り早い方法は一緒にバスケをすることだろうが、生憎黒子は学ランのままだったしバッシュも部室に置きっぱなしの為難しい。
 上手い返答が思い付かない黒子は黙り込む。内心これは困ったとは思っているがそれが表情に浮かんでいないのか木吉の方が不思議そうにしている。おかしなことを聞いた訳でもないのに黙り込まれれば仕方ないことだろう。
 しかし木吉が黒子の反応待って伺っているのと同様に彼を見ていた黒子もその些細な変化を見落とさない。滅多に浮かべない困惑の色と、それを反映してハの字に下がった眉。随分と情けない表情は、いつか見た日向が彼をベンチに押し止めた際のものに少し似ていた。何故このタイミングでそんな顔をするのか、直ぐにはわからなかったけれど、続く沈黙の中、最初の問い以降何ら尋ねようとしない彼の態度にもしやと思い当たったことを尋ね返す。

「ひょっとして木吉先輩、カントク達が何してるか知ってるんですか?」
「―――いや?」
「……知ってるんですね」
「はは、バレたか」
「隠す気あったんですか」

 これで足の悪い木吉が部活もないのにひとり体育館にいた理由がはっきりした。バスケ部の二年生はなんやかやと仲が良いから、固まって相談でもしていた話をうっかり小耳に挟んでしまったのかもしれない。小金井辺りは特に賑やかだ。黒子の記憶している限りでも、一ヶ月は前から彼等は木吉の誕生日を祝おうと意気込んでいた。何でも一年の時は誕生日を知った時には既に過ぎた後で二年目は入院中と同級の中で木吉だけはきちんと祝えたことがないからと凄まじい気合いの入り方だった。そうやって熱を上げるほど情報は漏れやすくなる。木吉のことだから、気付いていたサプライズに気を使って驚いたふりをしてもすぐにバレてしまうだろう。嘘を吐くのが得意なようで、実際通じない相手にはてんで通じないのだ。

「祝うことに拘ってるみたいなので、サプライズの部分は失敗してもそんなに気にしないんじゃないですか?」
「うーん、そうだと良いなあ…」
「……まだ何か気に掛かることでも?」
「いや、そうだなあ…。なんか、わざわざ悪いなあって、そう思ったんだ」
「…………」
「黒子?」
「木吉先輩って、そういうとこ本当に馬鹿ですよね!」

 その言葉、今すぐカントクやキャプテンの前で言ってみれば良い。きっとぼこぼこに殴られるだろうから!
 勢いで吐き捨てた言葉は熟考されたものではないが故、抑えきれなかった本音だから黒子は否定もしないし謝らない。悪いなんて気後れでもなく「自分なんかの為に」などと本気で思っている木吉の鈍感さんが憎たらしい。他人の気持ちがわからないのではない。ただ他人が自分に向ける感情の正負に頓着がなさすぎるから、優しい気持ちを向ければそれだけ空しい思いをしなければならなくなる。
 それが理不尽なことと思えるのは、黒子が木吉のことが好きだからで、そして自分も少なからず彼に思われていると自負していたからなのに。時々、木吉は黒子のそんな気持ちを自惚れだったかと瓦解させるほど悪意なく惨い言葉を吐くから本当に性質が悪い。

「えーと、ごめんな?」
「何に詫びているのかわかりません」
「うん、正直俺にもよくわからん」
「ええだからもう先に言っておきます。お誕生日おめでとうございます!」
「え…」
「覚悟しておくと良いですよ。こんな言葉だけじゃ済まないんですからね三年分ですよ、三年分のお祝いが一気に来るんですよ。カントクもキャプテンも二人だけじゃないですよ先輩たちだって僕たち後輩だって全力ですからね、容赦しませんよ祝ってやります、木吉先輩が愛されてるなって逃げられなくなるまで祝ってやりますとも!」
「黒子…怒ってるのか?」
「ええ、そりゃもう木吉先輩が大好きだから怒ってますよ」
「…そうか、ありがとう?」

 このてんで通じていない感じが、そういう所が腹立たしいのだと言い募るより先に、黒子の携帯がポケット内で震えた。新着一件のメールは火神からで準備が出来たからもし木吉と一緒にいるなら調理室まで来いとのこと。木吉と黒子の所為で彼等の当初の予定とは相当違った展開に陥るだろうがこれはこれでもう仕方ないことだ。言葉の途中で携帯を取り出した黒子の次の言葉を律儀に待っている木吉の腕を掴んで体育館を出る。消し忘れた灯りは見回りの教員にお任せしよう。怒られるとしたって、それは木吉の所為にしてやる。
 最初は突然だったから引っ張られただけだろうに、体育館から校舎に入っても黒子にされるがまま引っ張られている木吉はやはりこれから向かう場所も何が待っているかも察しているのだろう。嬉しくないわけではなくて、それでも申し訳ないなんて言葉を吐き捨てる彼を、黒子は理解できない。簡単なことではないか。申し訳なかったとて、祝われた事実がそこにあるならば、自分だって仲間の誕生日を祝ってやりたいと気付けばその事態が自分に向かってくることに、なんの不自然があるというのだ。対等であるはずの、仲間なのに。

「黒子はまだ怒ってるのか?」
「いいえ、素直におめでとうと思っていますよ」
「そうか」
「木吉先輩、」
「ん?」
「好きな人の誕生日を祝う勝手に、良いも悪いもないとは思いませんか」

 ――先輩たちが。僕が、貴方のことを好きだと思うことを、当然と思い上がってくれませんか。
 普段表情の変化が乏しい黒子からの言葉に、今日の彼は珍しいことばかりだと木吉はぱちぱちと瞬く。「好き」という感情は沢山あって、自分が様々なものにそれを向けたとして、同じ種類や質量で以てそれが帰ってくることを望まないから、こうしてわざわざ言葉にして貰うまで気付けない。木吉が大好きで止まない彼等は、黒子は、どうやら自分のことが凄く好きらしい。それは単純に、嬉しいことだ。

「――と、いうわけで何度でも言います。木吉先輩、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
「………」
「ん?どうした」
「いえ、今度はちゃんと通じたんだなと思いまして」
「当然だろう?俺も黒子が好きだからな」
「そこはみんなのことがと言うべきところですよ」
「はは、まあこの場はこれで良いんじゃないか」

 笑いながら、掴み引っ張っていた腕はいつの間にか手と手を繋ぎ合う形に変化していて。男同士学校の廊下を手を繋いで歩くのはどうだろうかと羞恥ではなく単純に一般論が気になる所だが、木吉の言を借りてこの場はこれでも良いだろう。だが調理室に着いたらさっさと手を離して気配を薄めて隠れなければ。仲間のリアクションが怖いとかそんな理由ではなく。木吉が調理室の扉を開けた瞬間に、きっと先輩たち特製のケーキが彼の顔面めがけて飛んでくるはずだから。



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Happy Birthday!!6/10

あぶなっかしいくらいの愛おしさだね
Title by『ダボスへ』



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