差し出された紙袋を反射的に受け取ってしまい、黒子はその体勢のままじっとそれを手渡してきた赤司に視線を送る。勿論、これは一体何ですかの意を込めて。赤司は目に見えて、というほど露骨ではないがどうやら少しばかり機嫌がよろしくないらしい。いつもの涼しげな笑みは成りを潜めてそうそう崩れない柳眉は寄せられている。その上で黒子に近付いて来たのだから、もしや原因は自分だったりするのかと身を振り返っても心当たりはない。ならば受け取ってしまった紙袋の中身も聞かず、それではと踵を返して彼と距離を取るのが良いだろう。余計な苦労を味わいたくないのなら。しかし場合によっては逃亡という手段は後々の厄介ごとを生む原因となる。目先か鼻先かなんて違いはない。絡まれた時点でお終いだなんて言葉だけ聞くと疫病神の様だがそんなことはない。赤司と黒子は清くはないかもしれないが一応お付き合いさせているので、赤司の機嫌の良し悪しを左右するキーパーソンとバスケ部のレギュラーからは思われている。勝手なことをいうなと憤慨したくもなるが仕方ない。現に赤司は自分の目の前に立っているのだ。これで自分が何かドジって今日の部活のフットワークが三倍になってもどうか恨まないで下さいと心の中でバスケ部の面子に語りかける。応える声などあるはずがないがそれでいい。黒子もドジっても反省などしないのだから。

「テツヤ」
「はい」
「それ、紙袋の中身なんだけどね」
「はい」
「AVだから」
「はい?」

 脳内で一人トリップをかましていた黒子の意識が戻ってくるまで待つのを諦めた赤司は、黒子が尋ねるよりも先に紙袋の中身を明かしてくれた。ただ、その厚意も空しく予想の斜め上を行く言葉に流石の黒子もフリーズする。何故中学生が真昼間の校舎内で同級生にAVだなんていかがわしいものを手渡してくるのだろうか。しかも帝光バスケ部キャプテンの赤司征十郎からそんなことをされるとは。それと共に恋人にAVを渡されたことにも色々と勘繰るべきなのかもしれないが今の黒子にはそこまで頭を回す余裕がない。
 中学生とはいえ早熟な子ともなれば既にそういった経験を済ませているだろうし、それ以上に興味を持っている男子は多いだろう。教室や部室でその手の話題で盛り上がっている男子たちを知らないわけではない。下世話と呼んでは失礼かもしれないが、何分黒子が性行為に関して興味がない側の人間の所為か理解し難かった。そして何となく、赤司も自分と同じなのではと思っていただけに今回の衝撃は大きい。彼の意図は未だ謎だが赤司が校内で自分に会いに来るまでAVを持って出歩いていたという時点で黒子は蹲りたい。勝手なイメージを押し付けて申し訳ないがこればかりはどうにも。

「―――赤司君、これ、どうすれば良いんですかね」
「そうだね、出来れば明日までに中身を確認して来てほしい」
「……はあ」
「嫌そうだね」
「まあ実際不快ですよ。恋人からAV貰うとか嬉しい訳ないでしょう?」
「そうかもしれないけど、不快の度合いで言うなら僕だって負けていないよ」
「何でですか」
「思い出すのも不快だね」

 言葉通り不快だと表情を顰めながら、それでも赤司は説明してくれるらしい。黒子も大人しく彼の話に耳を貸す。
 何でも、今日の朝練終了後に時間ぎりぎりまで1on1をしていた青峰と黄瀬が原因らしい。黒子が、今日一限目の授業で指されると決まっていた問題の予習をしておこうとさっさと着替えて教室に向かってしまった後のことだ。遅刻すると慌てて部室に戻ってきた二人が制服に着替えていると、途中青峰が黄瀬に現在黒子が手にしている紙袋を手渡していたらしい。それだけならば、その場に居合わせた赤司も何の興味も示さなかったろう。漫画やCDの貸し借りなんて部員同士頻繁にやり取りされているのだから。ただその直後の感想らしきやりとりに自分の恋人である黒子の名前が挙がったものだから「急げよ」と一言残して部室を出ていくはずだった足が即座に二人に向かって方向転換した。身長差をもろともせずに青峰と黄瀬の首根っこを掴みあげて「何の話?」と尋ねれば、黄瀬はみるみる顔を青くして、青峰もやばいといった風で必死に赤司から目を逸らしていた。そんなリアクションを楽しむほど時間の余裕もなかったので、弱い黄瀬の方を問い詰めればあっさりと自白して青峰に蹴り飛ばされる。
 黄瀬曰く、青峰に貸していたAVの主演女優の雰囲気が黒子に似ているとのこと。それを聞いた途端、赤司の手が黄瀬のロッカーから件の紙袋を回収していた。赤司が呟いた「没収」の一言に黄瀬は抗議の声を上げようとするも彼の顔を見た途端「すいませんでした」と即言葉を引っ込めた。
 赤司曰く、たまたま購入したAVの女優が黒子に似ていたのではなく主演女優が黒子に似ていたから購入したと黄瀬の魂胆を見抜いている為容赦しない。懐くのは結構だが汚すのは恋人としての許容範囲外だ。赤司と黒子の関係を知らない訳じゃあるまい。赤司が黄瀬を威圧している間に逃げようとしていた青峰の背には今日の部活で基礎メニュー5倍と地獄の宣告をしてやった。サボろうものなら更に倍だ。落ち込んでいる黄瀬にもとびっきりの笑顔で今日の部活は覚悟して臨むようにと言い残して、赤司もチャイムが鳴る前に教室へ向かい、一限目の授業を終えて黒子に会いにやって来たのだった。

「人の恋人をおかずにするとかちょっとないよね」
「………暫く二人にはパスしたくないです」
「あはは、良いかもね。凄く凹むと思うよ」
「僕も現在進行形で凹んでますよ」

 何が悲しくて同じ部活の仲間におかずにされなくてはいけないのだ。正確にいえば自分ではないけれど、AV女優に男である自分との類似点を見出さないでいただきたい。凹んでいるといよりも呆れと立腹の真っ只中といった黒子を前に、赤司は自分も同じAVを見たことがあるとは打ち明けなかった。紙袋を手渡した時のリアクションを見る限り、そちらの方が良いと判断した。自分のイメージばかり損なわないよう立ち回るのは流石赤司といった所か。
 ――僕に言わせると全然似てないと思うんだけどね。
 勿論、こんな感想だって黒子を前にしては言わない。パッケージだけ見た髪の色だとか、目元だとか精々その辺りが近しいくらいだ。
 黒子の幻想を打ち砕くようで申し訳ないが、赤司もばっちり思春期なのでその手の話題も小道具も通じるし活用している。悪いことをしている訳でもなく、だが無節操に食いつくほど興味津々でもないので確かにどちらかといえば黒子寄りの思考ではあるのだが。中学生のポジションにかこつけて友情に偽装したスキンシップで際どい所を触ったりして楽しんでいるのも事実。
 ――テツヤは気付いてないんだろうけど!
 それだけ自分を信じ込んでいるのならそれはそれで好都合だとほくそ笑んで、赤司は黒子の頭を優しく撫でた。


 翌日、赤司の命令通りAVの中身を確認してきたらしい黒子は朝一番に彼の元へ行き普段通りの淡白な表情のまま紙袋を突き返した。

「見ましたけど、やっぱり似てないと思います」
「だよねえ、上着の裾から手突っ込んで胸揉んだくらいじゃテツヤは喘いだりしないよね」
「……まあ、そうですね」

 朝っぱらから部室で何の話してるんだよとは、赤司が相手なだけに部員の誰も突っ込めないまま。赤司の手に返されたAVは部室のゴミ箱に綺麗な放物線を描いて落ちた。紙袋に入っているとはいえ直前の会話から中身が何であるかは部員たちに筒抜けだったけれど、それを回収して中身を見てみようなんて愚者が、この帝光中学バスケ部にいるはずがなかった。


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男の子はみんな馬鹿
Title by『にやり』




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