※黄瀬がとても残念


 センパイ、センパイ!ついに俺の努力が実る日がやって来たッスよ!あちらのセンパイ方への挨拶を初め菓子折りの差し入れをすること数十回、時には体育館のモップ掛けを請け負ったこともあったっけ。スカウター搭載の女カントクさんに服を脱げと言われたらおとなしく脱いだしちょっとだけ海常の練習内容も漏らしちゃったけど大丈夫ッスよね?あれ?ダメ?でも話しちゃったもんはどうしようもないから勘弁して欲しいッス!あとやっぱりあっちの練習を見てると火神っちと黒子っちの距離の近さに何度も駆け出して二人の仲を引き裂いてやろうと思ったけど出禁にされたくなかったら大人しくしとけと言われたら従ったし黒子っちが犬用のチェーンを取り出してきたときは何のプレイが始まるのかと思ったけどちゃんと俺専用に用意された三十センチ×三十センチの枠線をはみ出すことなく皆さんの応援に精を出したッス!休憩時間だけはその枠を出ても良いことになってたんで黒子っちにドリンクとかタオル渡したりして俺マジ黒子っち専属のマネージャーみたいになってたんスよ!部活前と部活後恒例「黒子っちください!」のお願いは毎度手厳しく無視されたんスけどカントクさんに泣きながら土下座したら何だかドン引きされて最終的に黒子っちが了承するならばという条件の元、一日だけ海常に出向いてくれることになったんスよーー!!


 誠凛との練習試合で敗北した後、随分真面目に部活動に取り組んでいたと思った後輩が実際はもっとやばい方向にすっ転んでいたと知った笠松の心は真っ先に逃避を希望し三年の教室に息巻いて駆け込んで来た黄瀬をシャットアウトする為に、自分と彼の間にあったドアを無言で勢いよく閉めてやった。クラスの女子共はモデルでインターハイ常連のバスケ部エース、黄瀬涼太の登場に一瞬で色めきだっていたものの、女子が苦手な笠松はそんな彼女らの黄色い声は完璧にシャットアウトして自分の席に戻った。黄瀬の発言を総括すると、お前は部活をサボって誠凛までストーキングをしに行っていたんだなとしか言えない。怒るべきだがそれ以上に通報すべきだろうか。キャプテンとして誠凛に謝罪を入れに行くべきだろうか。しばけどもしばけどもきっと効果はないのだろう。キセキの世代の幻の六人目は黄瀬の特別中の特別らしく、自重の二文字を求めても数か月前まで避けられ続けていた状態が別の学校に進学したことにより解禁された黄瀬のテンションはいつだってハイだ。
 ――本当、うちのイケメンって残念なのばっかりだな。
 寧ろ残念なイケメンに耐性があるだけマシだったのか。黄瀬の症状は群を抜いているけれど、可愛くもない後輩は可愛い黒子っちやらに四六時中熱を上げている。
 はあ、と溜息を吐いて落ち着きかけた笠松の前にぬっと影が差しかかる。確認するまでもなくそれは黄瀬が自分の前に立ったからだと知れる。「何で締め出すんスか!」と喚きたてる黄瀬に問いたい。何故耳を傾けて貰えると思うのだ。

「まあそういうわけなんで、今日は部活前に駅まで黒子っち迎えに行ってくるッス!」
「どういう訳だって?」
「えー?センパイ俺の話聞いてたッスか?俺が誠凛に頼み込んで一日だけ黒子っちと海常でバスケ出来ることになったって話ッスよ!」
「お前の独断で何やらかしてくれてんの!?」
「今日カントク職員会議で遅れるんスよね!?大丈夫きっとばれないッス!」
「ばれたらやばいって自覚があるなら端からやるんじゃねえよ!」

 「そこは俺の黒子っちへの愛が深いってことで!」と上級生のクラスで高らかに宣言する黄瀬にちらちらと二人のやりとりを伺っていた女子たちから悲鳴が上がる。人気モデルの黄瀬涼太が誰かに愛を捧げているらしい。恋人かしら、同じ高校かしら、同い年かしら。瞬時に広がる波紋を察知しながら笠松はげんなりと机につっぷした。悪いが女子諸君、このイケメンが愛を誓っているのはモデル並みに可愛らし女の子ではなく驚くほど影の薄い他校の少年だ。ざわめき一部刺々しい雰囲気ですらある女子を横目に、この余波は最悪学校中に広がるであろうと察する。そんな渦中に、黒子がやって来るというのだから気の毒だ。見つかる可能性がほぼ皆無だとしてもそれにしたって。突き詰めて、黄瀬に厄介な愛情を向けられていることそれ自体に同情してしまう。
 黒子の為にも今日はやめておけと進言する間もなく、鳴り響いたチャイムに急かされて黄瀬はとてもいい笑顔を残して自分の教室に戻って行った。その後、何か情報を持っていないかと笠松を睥睨してくる女子の視線の所為で彼は一日中心が休まらなかった。


「センパーイ!黒子っちが来たっスよー!」
「……おじゃまします」
「――おお、その…悪いな。ここんとこ黄瀬の奴が誠凛に迷惑かけてたみたいで」
「いえ、笠松さんが謝ることではありません。黄瀬君の尻拭いをしようなんて常識的な考えではこの先損ばかりしますよ」
「黒子っち!?」
「……ああ、そうかもな」
「センパイ!?」

 部活開始時刻になっても姿を見せない黄瀬に不満を漏らす部員たちに、今日は事前に遅れると連絡が入っていると笠松が説明している最中に、黄瀬は件の黒子を引き連れて帰ってきた。先日練習試合をした時と同様、バスケ部のジャージと鞄を引っ提げて、感情の乏しい表情のままでなれなれしく肩に置かれた黄瀬の手を抓りあげている。本当に了承を得たのか甚だ疑わし光景にげんなりとしながらも笠松はキャプテンとして後輩の非礼を詫びれば黒子はばっさりと黄瀬自身の責任だと言い切った。こういう常識的な後輩が欲しかったなと心底思ってしまうが、異常に影の薄い後輩というのもある意味常識はずれだろう。キセキの世代という時点で、バスケの実力以外は諦めてかかるのが正しいに違いない。
 黄瀬の大声によって黒子の存在に気付いた者もいれば全く気付いていない者もいるのだから本当に特殊な存在だ。二度目の邂逅ながらにじろじろと不躾な視線を送り始めた笠松に、黒子は若干たじろいだがそのことに黄瀬が「センパイは黒子っち見ちゃダメっすよ!」と声を上げた瞬間に「うるさいです」と彼の言葉を遮った。流石は中学時代を共に過ごしていたこともあり黄瀬の扱いはお手の物といった所か。
 カントクがいないということもあり、こっそりとなら部活に参加しても大丈夫だろう。最悪見学だけでも構わないのだが、大事な部活の時間を割いて隣県までやって来た黒子にそれは失礼だなと笠松も腹を括る。黄瀬へのしごきは明日に取っておく。そうと決まれば、これ以上ひとりの後輩の我儘に部活を遅らせる訳にはいかない。笠松は意識を切り替えて他の部員への指示を出し始めた。


 部活動を終えて、キセキの世代幻の六人目と一緒にバスケをしてみた笠松の感想は「まあ、うん、頑張れ」と歯切れの悪い言葉に終始する。仮に中学時代からバスケを始めた身だとしてもこの体力のなさは有り得ないだとか、シュート打てないってそれはバスケットマンとして大丈夫なのかだとか。強豪校故に基準自体が高いとはいえスポーツテストの判定だって運動部のラインを割っていそうな黒子の能力値に笠松は何とも言えない気持ちになる。これが試合では散々自分たちを苦しめて、敗北を与えた大きな一因を占めているのだから。人は見た目では測れない。
 黒子が部活前に真面目に取り組まないと途中でも帰ると忠告してくれたおかげで本日の黄瀬は試合同様の真剣さで部活に取り組んだ。結果いつもより疲労の度合いも濃そうだが体育館脇で倒れ伏している黒子に構って貰おうとすぐ隣に陣取っては必死に話しかけている。ここまでくると健気なことだ。黒子がその健気さに報いてくれればいいなとは微塵も思わないけれど。
 ぴくりとも動かない黒子に業を煮やしたのか、黄瀬が黒子を抱え上げて構ってアピールを続行する。そんな状態が続くこと数分。黒子の忍耐の限界を突破したのか、黄瀬の腹に渾身の一撃が放たれた。唖然とする笠松には、それが先日の試合では見られなかった黒子のパス技のフォームだとは気付けない。悶えて蹲る黄瀬の隣に着地した黒子は一部始終を目撃していた笠松の存在を見止めて、彼の方にのろのろと歩いてくる。悶絶の声を上げる黄瀬の方を一度も振り向かないことについては敢えて見ないふりをする。

「今日はお世話になりました」
「――あ、ああ。もとはと言えば黄瀬の所為だし、その黄瀬も今日はいつも以上に気合い入ってたからな。こっちも世話になったようなもんだから気にするな」
「―――――、」
「どうした?」
「いえ、素敵なキャプテンさんなんですね」
「へ?」
「黒子っち―――!!」

 笠松のキャプテンとしての言に単純に「良い人」の影を見たからなのか。それともそれ以外に思う所があったのかはわからないが、笠松に対して表情を緩めた黒子に、彼からはだいぶ背後にいる為に二人のやりとりなど聞こえていなければその表情の変化など見えるはずのない黄瀬が直感的に不穏な空気を感じ取ったのか涙声で絶叫する。直ぐにうるさいですよと黄瀬の方へ踵を返した黒子をよそに、真正面から受け止めた黒子の微笑みに笠松は完璧に固まってしまっている。
 ――いやいやいや、ねーよ!
 爆発的に高まった気がする体温は、部活が原因のいつも通りに違いない。黄瀬の横槍的な悲鳴に怒りを覚えたのだってこれまでの奇行への苛立ちが積み重なっているだけだ。まさか黄瀬と同類なんてことは有り得ない!
 最も否定したい重要事項は抗いがたい根を張る前に芽ごと摘むべきだ。脳内で拵える言い訳は今の所は理性の方が優勢だ。だけどもし次似たような事態に直面したら落ちるかもしれない。そうなったら――。絶対に黄瀬のようにだけは振舞うまい。決意するまでもないラインの上。きゃんきゃんと喚きながら黄瀬は黒子の腰にしがみついている。明らかに迷惑そうな黒子の表情に気付いているのかいないのか。やりたい放題の黄瀬をしばくため、笠松は二人の方へ歩き出した。黄瀬から黒子を助けたらあわよくばと、その成果を期待している辺りもう立派に落ちているなんて、知らない。


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ヴァチカンから目を離すな
Title by『ダボスへ』




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