『探さないでください』

 そんな珍妙な書き置きを残して黒子が姿を消したのは昨日の午後のことだった。誠凛近くのマジバで黄瀬が火神からことの次第を伝えられたのは今日の午後。約一日のタイムラグ。当然黒子に妙な執着を抱く黄瀬はやかましい小型犬のごとく火神に噛み付いた。ひどい、なんで、黒子っちはどこ。きゃんきゃんと姦しい黄瀬に火神は遠慮なくうざいと吐き捨てた。そうすれば黄瀬はまたひどい、とさめざめと泣き真似を始める。今度は、リアクションすら寄越してはやらなかった。
 火神が黄瀬に出会った時、黄瀬は既に黒子が大好きで大好きで仕方なかった。黒子は黒子でああいった淡白な面が強い人間なので、自分に一直線に向かってくる黄瀬を上手く交わしながら自分のしたいようにしていた。嫌いではないんですよと、文庫本を片手にシェイクを啜りながら口にした黒子の言葉を、火神は疑っていた訳でもないけれどその割には行動が伴っていないとは思っていた。
 火神に言わせれば、好き嫌いはいつだってはっきり認識できるものだと思っている。その他は無関心で自分には何のかかわりもない人間を分類している。とはいえ火神も黒子同様自己中に近い淡白さを有した人間だったから。すげなく扱われる黄瀬を頑張るなあと評しはしてもそれだけだった。自分はバスケが出来ればそれで良い。他は知らない。元来、面倒見は良くないのだ。

「黒子っちがいなくなったらもう俺生きてられないッス。」
「ああそう」
「冷たい…」
「そこ冷房の真下だからな」
「そうじゃないっす」

 鬱陶しいなあコイツは。大体、黒子だってガキでは無い。体格が細い所為で幼く見られることの方が多いかもしれないが自分達と同じ高校生だ。成績だって平凡だが思考は自分達よりは賢く立ち回るだけの回路を持っている。厄介事に首を突っ込むことが稀にあるがあくまで稀に。そう一人で無理をしでかすようなバカにも思えないのに。火神の前に座る黄瀬はもうこの世の終わりだと言わんばかりにうなだれている。黒子一人消えたからといって世界は揺らがないというのに。
 そもそも、黒子の書き置きが残されていたのは昨日。今日は土曜。学校を無断欠席した訳では無い。部活も、体育館が学校側の都合で使用できない為無かった。だから、何の問題もないといえばまた違うのだが、火神に言わせれば正直実感が湧かない。昨日の部活に、黒子はいなかったけれど。監督も部長も黒子が部活に来れないのは最初から知っていたという風に振舞っていて、いつもの様に影の薄さにまぎれてしまった訳ではなく、彼を探す声など上がらなかったから。
 案外、自宅にでも訪ねていけば本人がひょっこり顔を出すのではないだろうか。ちょっとした悪ふざけのつもりで、あんな書き置きを残しただけで。昨日は偶々用事があっただけで、それだけ。

「きっと何かあったに違いないッス」

 ぐずぐずと鼻を啜りながら、震える声を絞り出す黄瀬の目もとは赤い。まさかこのまま泣きだしたりしないだろうな。そうなったら、速効置き去りにして帰る。火神は手元の大量のハンバーガーの包み紙を一つにぐしゃぐしゃに丸める。手にすっぽりと納まる大きさまで丸めたら、なんとなく、バスケがしたくなった。目の前の黄瀬はプレイヤーとしては申し分ないが今の状態ではバスケに誘っても乗ってこないだろう。
 1on1の相手としてはかなり不足しているが仕方あるまい。携帯を取り出して履歴の一番上。黒子の携帯に電話を掛ける。影が薄い癖にふらふらと好き勝手行動する黒子を校内で見つけるのはなかなか至難の技だった。結果的に、二人の短い通話の回数は日に日に増える。何とも不本意だ。いつだって通話料は自分持ちである。発信ボタンを押して呼び出し音。使用頻度は少なくとも携帯電話だからと携帯はしっかりしているらしい黒子の応答は案外早い。今回も、3回目のコールで繋がった。挨拶もなしに用件だけ伝えるのも結局いつも通り。

「バスケしようぜ。マジバ近くのコート居るわ」
「二人でですか?」
「黄瀬いるから連れてく」
「じゃあ僕は行かなくてもいいんじゃないですか」
「お前がいないとコイツ使えねえ」
「面倒な人ですね」
「お前の所為だろ」

 違いますよ、彼が甘ったれなんです。そう容赦ない言葉を最後に電話は切れた。だが黒子はコートに来るだろう。席を立ってトレーを返す。分別は、ちゃんとしてから。席に座ったままの黄瀬はドリンクのストローをがじがじと噛んだまま黒子っちい、と情けない声を出すから、思わず黄瀬の座る椅子に蹴りをいれる。
 ひどい、そう零しながらのろのろ黄瀬も立ち上がる。何故こうも、黒子一人に全てを乱されているのだろう、この男は。高校生レベルの欲に見合う程度なら、金にも女にだって困らないのに、男に困っているだなんて全国のファンが卒倒してしまうだろうに。
 何処に行くかも告げていないのにふらふらと店内から出て歩きだす黄瀬の鞄を掴んで引き摺るようにコートまで連れて行く。情けない悲鳴は聞こえないふりをした。
コートに着けば、既に黒子がボールを持って立っていた。此方に気付くとぺこりと頭を下げる。言葉で挨拶をしても、彼の声量でははっきりと届かないからだろう。なんだか只の顔見知りの挨拶みたいで、慣れないけれど。

「…黒子っち!?」
「こんにちは、黄瀬君。少し久しぶりですね」
「ああ、そういやお前探さないでくださいって言ってたんだっけか」
「火神っちあんだけ黒子っちの失踪に胸を痛めてた俺を前に忘れてたんスか!?」
「黄瀬君…あまり火神君に迷惑を掛けてはいけませんよ」

 本来ならばお前の所為だよと言ってやる所だが黒子が何となく黄瀬よりも自分を擁護しているようだったから火神は黙っておいた。黄瀬は贔屓っすとしつこく喚くけれど黒子にひっついてもいつものように腕で押し返されなかったことに機嫌を良くしているのだろう。直ぐにへらへらと笑いだした。

「お前昨日の書き置きなんだよ」
「心配したっすよ!」
「ああ、あれは…青峰君と桃井さんが」

 面倒なので、やっぱり何でもありませんと黒子は火神にボールを渡す。面倒なのでとか、言っちゃダメだろう。現に黄瀬はまた発狂せんばかりの勢いで黒子の肩を揺すっている。いつだって黒子を独り占めしたい黄瀬にとって、青峰と桃井は天敵だ。その点、何故か火神は味方では無いのだが敵だとも断定されていない。それは結局、過去の輪だけで黒子をみて現在の火神を弾いているのだが、本人は全く気にしていない。黒子とバスケが出来る環境に害悪が及ばなければ、余所者の黄瀬がいくら喚こうと関係ない。結局、火神もまた黄瀬を弾いている。
 黒子はそんな二人を比べるのでもなく、並べて似てますね。全く違いますけど、と漏らす。どっちだよと思うが、彼は火神と青峰を並べても同じことを言うのだから、たぶんそう深い意味はないのだ。今回の書き置きだっって結果そうだった。
 そんな浅はかな意図も持たない黒子の一挙一動にこうも振り回される自分がいけない。苛つくほどでもないが黄瀬が絡むと鬱陶しい。今日もやっぱりそうだった。いつまでも詳しく事情を聞き出そうと黒子を揺さぶる黄瀬の声がやっぱり鬱陶しい。だから、ボールを当ててやった。バスケが出来れば、それで良いじゃないか。


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ところでどこに行ったんだろう
Title by『ダボスへ』


青峰と桃井が火神と黄瀬に嫌がらせしたかっただけの話





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