※これの続き 黒子が誠凛高校バスケ部のマネージャーになった時、初対面ではしゃぎすぎるのは良くないだろうと自重はしたものの、彼女の入部を一番に喜んだのは汗臭い男共ではなく相田リコその人である。初めての後輩、スキンシップ、初めは姉妹の様にも映っていた光景が徐々に一人娘を猫可愛がりする様になっていることに部員全員が気付いていたけれど、それを行き過ぎだと咎める者はいなかった。だって、リコの父親があれだし。とは馬鹿正直に打ち明けられないけれど、可愛い可愛いバスケ部のマネージャーを愛でたい気持ちはしかと理解出来るので、何の問題もないと思っていた。 そう、黒子に恋人が出来るまでは。しかもその相手があの花宮真だと発覚するまでは。 花宮真といえば誠凛高校バスケ部からすれば「くたばれ腐れ外道が！」と面と向かって言いかねないくらいの印象の悪さで、黒子自身花宮との交際をしれっと明かした後にも拘わらず「まあ、ゲスですよねあの人」と悪びれもなく言い切る程である。しかし一番花宮との因縁があると思われていた木吉が二人の交際を笑って祝福してしまった為、他の部員もまさか別れろなんで声を大にして言うことは出来なかった。 その後、当然ながら誠凛高校バスケ部の面子が花宮と顔を合わせる機会もなく、黒子も話を振られなければ自分から恋人との話題を語り出すような人間でもなかったので比較的順調に交際を進めているのだと思われた。実際は、バスケを離れれば外道ではないにせよ無駄に宜しい頭脳の所為なのかやたらと上から目線の花宮に対し年上であれ自分の意見を押し殺して従順に相手に寄り添うでもなく、己の貧弱さを省みず喧嘩上等にばっさり気持ちを口にする黒子だったから、小さな喧嘩は割と日常茶飯事のようだった。時々、その喧嘩の余波で黒子の機嫌が宜しくない時もあるのだが、それは付き合いの深さによっては全く普段と変わらない無表情に映るので、火神辺りでないと即座には見抜けなかった。とばっちりはまっぴらだと逃げ出す火神をよそに、彼より幾分遅れてから黒子の機嫌の下降に気付く木吉は構わず彼女をつつきに近付いていくが。 些細な諍いも仲直りを繰り返し原因が悉くくだらなかったりすると周囲にはいちゃついているだけだと思われ始めてしまう。花宮と黒子の交際も同様だ。それを黒子は少し不満そうに四六時中喧嘩してる訳じゃありませんと無表情のまま訴えてきたけれど、火神ははいはいと片手で流してしまった。あんな野郎と交際に漕ぎ着ける時点でベタ惚れ以外の何だと言うのだ。なあなあで付き合えるほど穏やかな人種でもないだろうに。黒子をしっかり者の妹のように扱ってきた火神には、花宮を測る物差しがバスケしかないままに抱いたイメージが悪すぎるが故、やはり二人の交際には複雑な心境になってしまうのだった。 学校側の都合で体育館が使用できずに部活はロードワークのみ、いつもより数時間早く部活を切り上げた翌日の朝練時。まだ陽が昇って間もない早朝の体育館に、リコの声にならない悲鳴がこだまする。体育館が揺れたのではと錯覚する振動にわらわらと部員たちもいつもより素早く集合し、最初リコに向けられていた視線が段々と隣にいたらしい黒子へと移っていく。そして、リコの絶叫の原因を察することになる。黒子の白い頬には、肌色の白さよりずっと強烈な白がペタリと存在を主張していた。彼女の左頬には、湿布が貼られているのである。 「ちょっ、その顔どうしたの！？」 「いつも通りの顔の筈ですが？」 「いや、そっちじゃなくてその湿布！」 「ああ、これは昨日花み――いえちょっと僕の不注意でばこーんとやってしまいまして…」 途中言葉を遮って言い直しても場にいた全員が「あ…」と心の声を一致させていた。そしてギギギと効果音がつきそうなぎこちなさで目線をリコの方へ。 ――あ、ヤバい。 リコ以外、黒子すら含む全員の心の声が揃った。彼女は、自分の色気の無さを馬鹿にされた時並に、もしくはそれ以上に満面の笑みで怒り狂い出している。唯一リコと向き合うように立っていた黒子は思わず後退りするが両肩を捕まれてその場に縫い付けられる。俯きながら「ふふふ」と微笑む先輩を素直に恐ろしいと思ったがそれ以上に自分の恋人の首が飛ぶかもしれないと自分の迂闊さをちょっとだけ反省。季節が春真っ盛りならば、花見でドジったと苦しいながら誤魔化しようのあった言葉は取り繕うまでもなくこの場の全員に花宮真の名を伝えてしまったらしい。 ――過保護、いえ愛されてるのは嬉しいんですけど。 自分から、花宮と付き合っていると打ち明けたあの日。リコを筆頭に何人かは卒倒しかけていた。確かに相手が善良ではないことは否定しようがないし、どちらかといえば非道だし、悪口にはこと欠かない人だとは黒子も思っている。それでも、想いの名前は違えども恋心と同等に慕っている先輩方に心配ばかりかけるのは本意ではないし、花宮もいつもいつでもゲスではない。一時でもゲスと形容されるのはどうなんだなんて真っ当な疑問は聞こえない。 「二年はこれから部室に集合ー！！」 「え！？」 「日向君は図書室から都内の地図を借りてくること！ダッシュで！」 「お！？おお……」 「あの……カントク…」 「大丈夫よ仇は必ず…じゃないわ、一年はランニングしたらちょっと自主練してて！じゃ！」 テキパキと指示を出し、リコは二年生を急かしながら体育館を後にして行く。一人別個の指示を受けた日向はリコの気迫に押されてダッシュであった。取り残された黒子を筆頭に一年生はぽかんと口を開けて立ち尽くす。言い残された練習メニューよりも、これから先輩等がしようとしていることが恐ろしい。 「敵討ち…？」 「地図ってことは乗り込むんじゃね」 「いや、ここぞとばかりの憂さ晴らしもあると思う」 「―――黒子」 「………何でしょう、火神君」 ドンマイ、と黒子の肩に火神が手を置いた瞬間。苛っとしたらしい彼女の足が火神のそれを思いっきり踏んづけていた。何するんだと吠える火神を放っておいて、黒子は仲間たちの凡そ正解であろう言葉の数々にさて困ったと割と真剣に腕を組む。 ――今更、一緒に寝てたら花宮さんの肘が顔面にヒットしただけとは言いづらいですねえ…。 庇ってあげたいのはやまやまだが、ああも勢いづいた先輩等を止めるのはなかなかに重労働かつ至難だ。それにもともとの原因は、約一ヶ月ぶりに恋人と会ったというのに、前日徹夜したからもう寝ると黒子を構うことを放棄した花宮が全面的に悪いということにしよう。つまり、自業自得だ。 「…ランニング行きましょうか」 黒子が知らんぷりを決め込んだと理解した一年生は初めて花宮に心底同情した。誰かが小さく呟いた「ご愁傷様」の一言には全面同意する。だけど、誠凛高校バスケ部に愛されてやまないマネージャーを後からひょいと出てかっさらってしまったのだから、多少の嫌がらせはご愛嬌だろう。そう割り切ってしまえる辺り、彼等はどこまでも誠凛高校バスケ部だ。 取り敢えず、怪我人が出ませんように、とだけは祈っておこう。自分たちは、スポーツマンなので。 ――――――――――― すました嬢様 Title by『Largo』 |