朝練の際、火神は何か足りないような気がして首を傾げた。だが直ぐにボールが自分の元にパスされてきたので一瞬の引っ掛かりはそこで途切れてしまう。結局、火神は朝練が終わってもその違和感を思い出すことはなかった。
 授業昼休み授業と部活以外の火神にとって余計なもの全てをクリアしてさあバスケの時間だと席を立った時、彼は再び何か足りないような気がして辺りを見渡す。今度はちゃんと気が付いた。黒子がいない。そういえば、朝練から始まり今日一日黒子テツヤの姿を一度も見ていないと思い至る。休みだろうかと振り返っても朝のHRでも出席を毎度確認している授業でも誰も黒子について触れていなかった。存在感が希薄な彼はついつい忘れられがちで居眠りしていても気付かれないしサボっていても似たようなものだ。朝から欠席していても最悪気付かれないかもしれない。だが、朝練の時からいないとなるとせめてバスケ部の誰かに連絡が来てそれが全員に伝達されてもいいはずだろうに。ということは、黒子は学校に来ているのだろうか。もしかしたら図書委員の当番で昼休みも放課後も早々に教室を出て行ってしまったのかもしれない。そうだとしても同じ部活でクラスも一緒、はては座席まで前後だというのに一日通して一言も言葉を交わさないだなんてこれまで在り得なかったのに。腑に落ちない気持ちを抱えながら火神は体育館へと向かった。

「今日の部活、黒子君は見学だから。それが嫌なら早退よ」

 部室で支度を済まして体育館に足を踏み入れると、真っ先に監督であるリコの声が聞こえてそちらに視線を向ける。彼女の言葉の内容に、直前まで気に掛けていた黒子の名があったからだろう。そして、リコが身体を向けている方向をよく見ると既に部活の準備を終えてやって来ていたらしい、本日初めて目撃する黒子がしょんぼりと項垂れていた。
 ――いるんじゃねえか!
 いないとも言われていなのに、余計な気を回させるんじゃねえよと言い掛かり甚だしい文句が浮かんだと同時に火神は彼等の方に向かって走り出していた。一発どついてやるとは思っただけで、実行に移すつもりはない。たぶん。自分たちの方に迫ってくる足音に、リコは直ぐに気付いてそちらを見やれば鬼のような形相で駆け寄ってくる火神を見てしまい反射的に手にしていたファイルを投げつけていた。見事火神の顔面に命中したそれのおかげで、彼は痛みで蹲りその足を止めたので残りの間合いはリコと黒子から歩み寄って埋めた。一体何だというのだと呆れるリコの隣で、黒子は先程彼女から受けた宣告をどう回避しようか考え込んでいるらしい。全く火神を心配する気配がない。

「おまっ…、今日姿見せねえと思ったら…!」
「―――ああ、はい。僕、今日は一日保健室にいたので…。心配かけてすいません」
「別に心配してねえよ!」
「やだ火神君ってツンデレだったっけ?」
「ちげーよ!!……です」

 火神がツンデレかどうかは定かではないが、どうやら気に掛けていてくれたようなので。黒子が詳細を説明しようと口を開いた瞬間、リコが先に事情を語り始める。
 朝、一番乗りではなかったが普段より早く体育館に到着していた黒子を、彼の後にやって来たリコが珍しいと見ていると突然倒れてしまったらしい。その場にいた伊月に頼んで保健室まで運んでみればどうやら熱があり風邪の症状が見受けられたので朝練に参加することもなく一日中そのまま眠りこけていたらしい。他の部員に知らせようかと思ったが、朝練の時点で誰も黒子がいないという違和感に気付くことがなく、そのことにリコが微妙にショックを受けている間に練習が終わってしまったのだ。昼休みになりリコが様子を見に行ってもまだ熱が下がりきっていないようで、その時点で早退を勧めたものの午後も寝れば下がって部活には出られるかもしれないと黒子にしては珍しく食い下がって来たのでならば取りあえず放課後まで寝ていなさいと決断を先延ばしにしたのがいけなかったか。放課後になり先に体育館で部活の支持を出してからまた保健室に行こうと考えていたリコの先を行くように、帰りのSHRが終わる辺りを丁度狙って既に部活に参加する支度を整えて体育館に居座っていたのである。気概は買うが、それでただでさえ部内で一番体力がなく貧弱な印象のある黒子の体調を無視して自由にさせる訳にはいかない。見学か早退を。黒子にはどちらも納得いかない選択肢を提示されてしまった時丁度火神が突っ込んできたのである。

「…今週末練習試合じゃないですか」
「そうね。だからこそ今日は我慢して体調を万全の状態に戻しなさい」
「でも試合があるなら調整も必要じゃないですか…」
「駄々っ子か!」
「火神君も何とか言ってやってください」
「それは私の台詞だっつーの!」
「……もう何でも良いわ…試合の日に何ともなければ…」
「うわあ、見捨てるんですか」

 無表情に近い瞳をじっと向けてくる黒子に救いの手を伸ばすには、今回はリコの決断が正しすぎた。体調が悪いならば安静にしているべきだ。尤も、自分が黒子と同じ状態になっても微熱レベルならば構わず部活に参加していただろうが。それは、心配性な優しい先輩の前で迂闊にも倒れ込んだ黒子の運が悪かったということだ。
 大体なんで風邪なんか引いたのと、リコにお説教をされながら段々と追い詰められていく黒子の姿を眺めながら、今日一日を振り返る。呆気なく終わってしまった、気付けなかったけれど黒子がいないと確かに日常に欠けたと思える違和感が生まれるということ。そして自分が朝体育館に来るより先に黒子を保健室に運んだ伊月も練習が終わった時にでも部室で教えてくれれば良かったのにとちょっとした不満。火神と黒子が同じクラスなのは知っているのだから、教師への連絡を頼むとか、そういった気遣いがあっても良いと思うのだ。咎められるほどの落ち度はなく、直ぐに気付いて尋ねなかった自分が悪いのだとしても思わずにはいられないこと。

「あれ、黒子もう体調良いのか」
「伊月君!もーこの子にちょっと言ってやってよ、朝どれだけ顔色悪かったかとか!まだ万全じゃないのに部活出るとか言っちゃってるのよ!?」
「……今朝はどうもありがとうございました」
「いや、思ったより軽かったから気にするな」
「それは重かったら問題ということかしら!」
「何でカントクが怒るんだ」

 丁度考えていた人物である伊月の登場に、思わず火神はぎょっとして黙り込んでしまう。そんなことには気付きもせずに黒子の体調を案じる言葉を掛けながら彼の頭を撫でている伊月に、火神は少しだけひっかかりを覚える。
 ――頭撫でる必要とかあんのかよ。
 噛み付くほどのことでもないかもしれない。それでも自分ほどがたいが良い訳でもない伊月が黒子を体育館から保健室に運んだと聞いた時点で「ん?」と首を傾げてしまった火神は、きっと無意識に黒子への独占欲に似た感情を秘めていて。相棒だから当然だろうと開き直れるほどまだ深くまで考え込んでいないから、自分でも理解が出来ずに明確な答えを出すことはできない。それでも、複雑な感情が顔にありありと表れていたのか、それを見ていた伊月が余裕とも取れる笑みを浮かべた瞬間湧き上がった物は確かに苛立ち以外の何物でもなかった。

「黒子お前今日見学してろ」
「……火神君まで何ですか」
「んで部活終わったらマジバでシェイク買ってやるから」
「…………わかりました」
「よし」

 リコと伊月、そして火神の三対一では勝ち目がないと諦めたのか、黒子は渋々といった体を隠すことなく頷いた。最終的に火神の言葉がトドメとなったことは間違いなく、そのことに火神は満足そうに頷いてそれから伊月の方をじろりと一瞥。困ったように笑う彼に子どもじみていたかと反省しつつも黒子の相棒基一番は自分だとアピールしたかっただけなので良しとしよう。このポジションは、絶対に譲ってやれない。


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お年頃だから仕方ない
Title by『にやり』




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