5月4日、GW、みどりの日。誕生日が祝日とはいえ現代は携帯電話が普及しているので友人たちに祝って貰うことは案外簡単で、日付の変更と共に賑やかにランプを点滅させた可愛いデコレーションメールを全て保護しながら、桃井は青峰の自宅の呼び鈴を鳴らす。これで当たり前に部活があるというのが流石は強豪校というべきか。休みはGWの休みは最後の一日しか与えられていなくて、三軍の選手ともなると適当に理由をつけてサボる不届き者もいるだろう。だが、さほどの不満も抱かずに集まって黙々とバスケをしている馬鹿な連中もいたりして、桃井はどちらかというとその馬鹿寄りの思考回路だったから、予定が一度も合わずに遊べないことを嘆く友人たちに両手を合わせて謝罪しながらも自分の休日が充実していないとはまるで思っていなかった。
 暫く待たされて、あくびをしながら青峰が玄関から出てくる。遅いよと咎めればおめっとさんと言われて会話が噛み合っていないと呆れながらも素直にお礼を言う。昔は携帯なんて持っていなかったから、家族以外で一番に自分の誕生日を祝ってくれるのは青峰だった。今年も、面と向かっておめでとうと言われたのは彼が最初だ。変わらないなあと思い出に頬を緩ませていると、既に通学路を歩き出している青峰が置いていくぞと声を掛けて来たから、待っていたのはこっちの方だと、緩んでいた頬を膨らませていつものように彼のルーズさを叱ることにした。


 マネージャー仲間はともかく、男子の部員に桃井が特別親しい友人と呼べる存在はいない。マネージャーでありながら、戦力と呼べるだけの技を持ち合わせていることもあって一軍レギュラーを担当することが多いので、その辺の人たちと話すことが多いというだけで、それも部活中のみの話だ。教室に行けば女子の友人もいるのでそちらと行動を共にすることの方が圧倒的に多くなる。
 だから正直驚いた。午前練後の昼食休憩中、職員室に用事があると戻ってしまった顧問に備品の買い出しについて相談したいことがあったのにと立ち尽くす桃井にキャプテンである赤司が近付いて来たこと。直ぐに気付いて、何か指示だろうかと彼の言葉を待てば、口にされたのは「お誕生日おめでとう」の一言。それから、リボンが結ばれただけの薔薇を一本差し出される。花弁の色は、彼の名前に冠された色。

「え?赤司君どうしたの?」
「優秀なマネージャーの誕生日が今日だと一昨日辺りに大輝から聞いたものだからね、ほら、あげるよ」
「……ありがとう?」
「はは、あんまり警戒しないでくれると助かる。これでお終いじゃないからね」
「へ?」
「赤い薔薇の花言葉を知ってるかい?」
「薔薇は愛とか、美だよね?赤い薔薇って何か限定的な意味でもあるの?」
「まあ赤が一番メジャーだからあまり違いはないね。愛情、模範、貞節、情熱といった所だ」
「へー、で、その花言葉がどうかしたの?」
「僕のには特に意味はない。だけど他の連中のにはどうかな?」
「ほかの?」
「今から一軍レギュラーの所に順番に行ってみると良い」
「全員?」
「いや、スタメンと…それからテツヤの所だけ」
「ふーん、わかった!プレゼントありがとうね!」
「うん、良い誕生日を」
「今日は一日部活でしょ?」
「……そうだね」

 一本取られたな、と息を吐く赤司に背を向けて、一体何が待ち構えているのかは知らないが、楽しそうだと桃井は歩き出す。一軍と言えば二十人弱のメンバーがいるけれど、その中でスタメンと言えば赤司を含めたった五人だけだ。その赤司とは今別れたのだから、まずは誰を探そうと考えながら歩いていると部内で一番の長身を誇る紫原が部室からのそりと姿を現した。手にはいつも通りお菓子が握られていて、今は昼食を取る為の時間なのにと栄養バランスの面で不安になってしまう。中学生の部活でマネージャーがそこまで心配する必要はないだろうし、世話を焼こうにも桃井の料理の腕前は壊滅的なのでどうしようもないのだが一応注意しておこうと声を掛けると、紫原は立ち止まり彼女の方を振り向いた。「さっちんだー」と間延びした声はいつもと変わらず、むしゃむしゃとまいう棒を齧りながら、何か思い出したようにちょっと待っててと部室の中に引っ込み、十秒弱でまた戻ってくる。その手には、先程の赤司のように一輪の花が握られていた。そしてこちらも、自分の名字に含まれた色名のもの。

「お誕生日おめでとー。はい、これあげる」
「むっくんも?……むっくんは薔薇じゃなくてカーネーションなんだね?」
「紫の薔薇がなかったからねー」
「拘ってるね」
「そっちのが面白いからって」
「ふうん、ね、これも花言葉とかあるの?」
「あるよー、誇りと気品。びしっ青ちんを叱りつけるさっちんにぴったり」
「……たぶん意味が違うと思うよ」
「えー」
「ところで部室にスタメンの誰かいたりする?赤司君に順番に会いに行ってみろって言われたんだけど」
「んー、いないよ。でもミドチンは水道に行くって言ってた」
「そっか、じゃあ次はミドリンの所に行こうかな…」
「行ってらっしゃーい。良い誕生日をー」
「むっくんまで…。まあありがと!」

 紫原に別れを告げて、今度は水道のある外に向かって歩き出す。途中何名か擦れ違った部員たちは、薔薇とカーネーションを一輪ずつ手にしている桃井を不思議そうに見つめて来たけれど、特に尋ねられることはなかった。桃井自身は全く知らないけれど、青峰の世話係として定着しつつある彼女は帝光バスケ部スタメンに近いマネージャーとして気安く話しかけられるような存在としては映っていないのである。特に、一軍以下の部員には。そうでなくとも、高嶺の花として思われている節があり、質問することも出来ずにいる男子部員に午後練も頑張ろうねと微笑んで見せれば相手は顔を真っ赤にして慌てて去って行ってしまう。そんな相手の心情など知る由もないまま、体育館から一番近い水場に向かえば紫原の情報通り、そこには緑間がいた。水道の上にタオルと本日のラッキーアイテムであるひよこのぬいぐるみ、そして恐らく、桃井に渡すつもりの薔薇の花が一本。

「ミドリン!赤司君の指示でやって来たよ!」
「…桃井か。………ほら、誕生日プレゼントだ」
「わーい、ありがとー。……緑の薔薇じゃないんだね?」
「緑の薔薇などない。だから花はピンクの物が咲くだろうが今の所咲いていないだろう。あと葉が多い」
「ああ、そこが緑ってこと?」
「そういうことだ。それから薔薇の葉の花言葉は希望あり、頑張れだ」
「おお、葉っぱにも言葉があるんだ…。なんか凝ってるけどこれって赤司君発案なの?」
「そうだな。色と花言葉を選んだのは赤司だが、全員お前の誕生日を祝おうという気持ちは自主的に持っている。変な遠慮はするなよ」
「…うん、ありがとう。……きーちゃんと青峰君、あとテツ君がどこにいるか知ってる?」
「黄瀬なら先日モデルの仕事で休んだ際のプリントを貰いに職員室に行ったはずだ。そろそろ戻ってくるだろう。青峰と黒子は見ていないな…」
「そっか、じゃあまずはきーちゃんの所に行ってみる!」
「ああ、良い誕生日を」

 三度目の台詞に、今度は素直に笑顔でありがとうと応じ、桃井は緑間の元を後にした。校舎と体育館を結ぶ通路から一番近い入り口から体育館を覗き込んで、既に戻っていたらしい黄瀬の姿を発見する。どうやら彼は1on1の相手にと青峰の姿を探しているらしいのだが見当たらないようだ。こちらはいつも通りだが、意識を集中しても見当たらない黒子のことも考えると、二人で近所のコンビニまで食料を調達しに行っているのかもしれない。それはそれで退屈だと、ステージの上に座りながらボールを弄る黄瀬の元に近付いていくと、目敏い彼は直ぐに桃井の存在に気付いてステージから降りて彼女に駆け寄ってくる。その手には、やはり薔薇の花が一輪。しかし、その色が予想していたものと違った為、桃井はそれを目にした瞬間首を傾げた。

「桃っち誕生日おめでとうッス!はい、プレゼント!」
「ありがとう。きーちゃんの薔薇は黄色じゃなくてオレンジなの?」
「あー、黄色にしようと思ったんスけど花言葉の方がちょっと…嫉妬とか不貞とかなんか誕生日に贈る花の言葉じゃなかったんス」
「へー、じゃあオレンジはどんな言葉なの?」
「無邪気とかさわやか…俺にぴったりッスよね!」
「ふーん…」
「桃っち!目、目と声がめっちゃ冷たい!」
「だって…ねえ?」
「まあふざけ過ぎたッスね…。んー、赤紫緑オレンジ…後二人ッスね!」
「でも青峰君もテツ君もいないんだよね…」
「ねー、俺も青峰っちがいないと暇で…ってあー!いた!」
「え?どこ」

 黄瀬が大声と共に指差しが方向を見ると、体育館の入り口にやはり外に出ていたらしき青峰が丁度戻ってきたところだった。だが、生憎もう一人の目的人物である黒子の姿はなかった。黄瀬の声に反応した青峰は、その隣に桃井がいることを確認してのんびりと此方に向かって歩いてくる。黄瀬は丁度いいと1on1を申し込みたかったようだが、隣に居る桃井のことを思い出し自分の用事は後回しにすることにしたようだ。緑間にでも相手を頼もうとその場を去ろうとする黄瀬に、桃井はもう一度お礼を言う。黄瀬も笑って「良い誕生日を!」と既にお決まりとなった台詞を残して走って行ってしまった。もう十分良い誕生日だと満足そうな桃井の前に差し出されたのは、これまで受け取って来た花とは全く別の物。ただ、形からして恐らく薔薇だろう。えらく不格好ではあるが。

「折り紙?」
「青い薔薇なんて売ってねーんだよ」
「そうなの?」
「あるにはあるらしいけどこの辺の花屋には売ってなかったから作った」
「青峰君折り紙とか苦手なのに…頑張ったね」
「テツにも手伝わせたんだけど二人して不器用だからこれが限界だな」
「でも薔薇ってわかるよ」
「んで、花言葉は神の祝福、奇跡、夢叶うだとよ」
「うわあ、なんか凄いね」

 花の部分だけの薔薇を受け取りながら、まさか青峰がそこまでして赤司の提案に乗っかって自分の誕生日を祝ってくれたことに感動を覚える。朝、一言告げられたおめでとうだけでも桃井にしてみれば十分で、寧ろそれが最近の恒例でもあったからいくらキャプテン命令が下されたとはいえ青峰だけは例外を訴えることも出来ただろうに。不格好でも、それが青峰らしいから、桃井はうっかり形を崩さないよう注意してそれを掌に乗せている。青峰もまたこれまでの四人と同様、「良い誕生日を」との言葉を贈ってくれた。どうせ午後も部活だけどなとだるそうに前置きしながらも、家に帰れば桃井の母親が夕飯に彼女の好物を作って待っていることを知っている青峰は、少なくとも一つは良いことがあるだろうと確信している。朝から夜を通したって、きっと悲しいことなどはないだろう。近過ぎて、あまり深く意識したことはないけれど、赤の他人よりずっと近く長い間一緒に成長してきた幼馴染だから、辛い目に合わないに越したことはないだろう。そう結論付けて、青峰はいつの間にか随分と下に位置するようになった桃井の頭を乱暴に撫でてやった。
 そんな風にじゃれ合っていた所為か、いつの間にか昼休憩は終了し赤司の集合の号令が掛かる。慌ててマネージャー用の部室に戻り貰った花を荷物に潰されたりしないようにと上に置いて、桃井も体育館に戻る。結局黒子にまで回りきることが出来なかった。午後練の合間にも休憩は何度か挟むだろうけれど、昼休憩に比べて圧倒的に短いそこで黒子を見つけて話しかけることは難しいし、ドリンクの補給などで桃井も忙しくなるだろうから彼の所に行くのは練習終了後になりそうだ。そう見積もって、桃井は小さく溜息を吐いた。恋する乙女は、好きな人に祝って貰えるかもしれない可能性を前にしては落ち着いていられないのだ。そんな桃井の様子を、当の黒子が横目に眺めながら通り過ぎたことを、彼女は気付くことが出来なかった。


「桃井さん」

 そう声を掛けられたのは、もう練習が終了し後片付けも粗方済んで体育館の人の気配が疎らになり始めたころ。休日の練習は普段居残り練習をしている面子にも相当ハードで残っている人間もだいぶ少ない。何より教師がさっさと帰りたがるから早く戸締りをしなくてはならない。そんな慌ただしさが落ち着いて、桃井も着替えてこようと踵を返しかけた時だった。
 静かな声音は、いつも通り。本日も何度か意識を飛ばしそうになっていた黒子は練習中には大量にかいていた汗をどこにひっこめたのかその表情は既に涼やかだった。突然呼ばれたことで驚く桃井にすいませんと謝りながら、黒子は次いで遅くなってすいませんと彼女の前に右手を差し出した。その手に握られていたのは一輪の白い薔薇。黄瀬同様、名前に含まれた色とは違う、しかも黒子の場合は正反対のそれに桃井はおずおずと手を伸ばし、受け取った。

「黒薔薇もあるにはありますけど、あまり綺麗だと思わなかったのでこっちにしてみました」
「黒薔薇って黒っていうより赤黒い色だもんね。私もこっちの方が綺麗だと思う!」
「そう言って貰えると助かります。それと、本当に遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう!テツ君にお祝いしてもらえるなんて嬉しいな!」
「そうですか?……あ、花言葉なんですけど」
「うん、白はどんな意味があるの?」
「尊敬と、それから――私はあなたに相応しい」
「……その花言葉を知ってて好きな人に白薔薇を贈る人とかいたらカッコいいね」
「桃井さん」
「何?」
「僕は、貴女に相応しくなれますか」
「―――え、」

 それってどういう意味、と尋ねようと思う意識とは裏腹に口はぱくぱくと金魚のように空気を吐き出すしか出来ない。だって瞬間的に思ってしまった告白みたいだという考えが一気に桃井の思考を独占して、自惚れるなという自制心との戦いが繰り広げられていてそれ以外のことに取り組む余裕がない。黒子はじっと桃井の瞳をまっすぐ見つめてくる。冗談でも人を傷つけるような性質の悪いことを言う人ではない。積極的に他人に関わることをしない人だけれど、関わればそれなりに誠実に対応してくれる人だと桃井は知っている。だからこそ、もっと単純な言葉に変換して貰わないと彼女も一歩を踏み出すことが出来ないのだ。

「僕は……」
「…!」
「僕は桃井さんが、女の子として好きなんです」
「え、あ……」
「迷惑だとは思うんですが…折角好きな人に花を贈る機会を得たので頑張ってみようかと…」
「迷惑じゃないよ!」
「え?」
「寧ろ私の方がテツ君に相応しいか不安なくらいだよ!」
「桃井さん、それは僕に大変都合の良いように取っても大丈夫ですか?」
「…うん、私もテツ君が男の子として好きだよ」
「………ありがとうございます」

 黒子から告白されるなんて、桃井からすればまさかの状態だったのだが、彼女もまた自分を好きだったなんて、黒子からしてもまさかの状態にさて次はどうすれば良いんだと場に沈黙が走る。黒子の予定では、保留にされるか断られるかでそそくさとその場を去ればいいかくらいに考えていた事態が喜ばしくも真逆の方向に進んだため次の行動を決められずにいる。桃井も桃井で全く予想だにしていなかった黒子からの告白に自らの恋心を打ち明けた実感が徐々に気恥ずかしさとなって湧き上がって来て耐える為に口を噤んでいる。初々しく、甘酸っぱい沈黙を破ったのは二人が立ち竦んでいる場から一番近い扉の向こうで何かの倒れた音と、それから悲鳴。驚いてそちらを向けば、どうやら二人の告白現場を覗き見していたらしきキセキの面子が勢揃いしていた。黄瀬を下敷きに、にやにやと厭らしい笑みを浮かべる青峰と、バレたことに居心地悪そうに顔を背ける緑間。お菓子を貪りながらおめでとうと眠そうに祝う紫原と、薄く微笑みながら桃井に「良い誕生日だったろう?」と尋ねてくる赤司。
 今度は見られていたという羞恥心に顔を真っ赤にする桃井と、見世物じゃありませんよと無表情のまま丁度良く転がっていたボールを投げつける黒子。ターゲットは、青峰の下敷きとなって身動きの取れない黄瀬。途端に騒がしくなる体育館に、場が和んだとほっとする桃井の隣にいつの間にか鬱憤を晴らして満足した黒子が戻ってくる。いつの間にか、キセキ達はキセキ達でバスケを始めている。本当に、飽きないことだ。

「ねえテツ君」
「…何でしょう」
「私今日、とっても良い誕生日だったよ!」
「…それは良かったです」

 手にした白い薔薇を見、次いで黒子を見つめ微笑んだ桃井に、黒子も微笑み返す。いつも通り和やかな、それでも通じ合った気持ち故に照れくさい空気をまたも破壊したのは黄瀬の「黒子っちと桃っちがいちゃついてるッスー!」との大声で、流石に今回は青峰が黄瀬の後頭部にボールを思いっきり投げつけた。その仕置に免じて、黒子からの報復は行われなかった。こっそり繋がれていた手を思えば、黒子と桃井がいちゃついていたのは事実なのだから。


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Happy Birthday!! 5/4

そして僕らのラストシーン
Title by『にやり』





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