※キセキ→黒子
※黄瀬が可哀想


「一人ずつ自販機に飲み物を買いに行って、帰って来るまでの時間を測って一番速かった人が優勝だよ」

 一日中部活がある日曜日の昼休憩中、午後から行われる試合形式の練習の調整を兼ねてスタメンで集まって昼食を食べようとしていた矢先に赤司が言い放った言葉。一瞬全員の視線が赤司に集まり、次いで嫌そうに顔を歪める者と、また赤司の気紛れが始まったと項垂れるもの、逆らっても無意味なのだろうなと早々に腹を括るものと反応は様々だ。だが黄瀬だけは異議を唱えようと右手を挙げた瞬間脇腹に黒子から肘鉄を頂いた。痛みに悶絶している黄瀬に満足したのか、赤司は当然全員参加だよと嬉々として説明を始めるので全員これ以上余計な害を被らないようにとその説明に耳を傾け始める。
 まずは自販機の位置と、ルートの指定。順番はじゃんけんに負けた人からで、優勝者には赤司から褒美が貰えて最下位は罰ゲームという珍しくもないお遊びだ。だが、ルートを選べない以上単純に足の遅速が問題になるわけで、そこは唯一平凡な身体能力しか持たない黒子には不満であったけれど、粘ってハンデを貰うのも同級生相手に癪だったので問題ないと頷いた。どうにかして最下位だけは免れたいと、不本意な遊戯に興じるにも関わらず意欲だけは皆凄まじい。だって、赤司の考案する罰ゲームなんて絶対ロクなものじゃないのだ。他の友人たちとゲームに負けて罰ゲームで好きな子に告白してこいと言われるのと、赤司に同じことを言われたのでは受ける印象が全く違うし、彼の言葉は提案ではなく命令の意味合いを含むから厄介だ。帝光中学バスケ部に於いて横暴といえば青峰を連想する連中が多いだろうが、絶対と言えば赤司で、どちらが恐ろしいかと問われれば大半が後者を選ぶだろう。そんな評もきっと赤司本人の耳に届いていて、そう思うなら逆らうなよと笑って見せるのだろう。そんなこんなで、赤司が気紛れに提案するゲームへの参加は絶対、手抜きは厳禁、敗北は絶望だ。順番はさほど重要ではないが、飲み物を買わなければならないのなら早めに行って帰って来てから昼食を食べるのが良いだろう。昼休憩の体育館の一角、異様な真剣味を漂わせながら絶対王者帝光中学バスケットボール部不動のスタメン組が各々己の拳にすべての力を籠めようとしている。何も知らない部員たちはその光景に恐怖すら覚えて立ち去るのだが、桃井辺りがこの場にいたのなら恐らくこう言っていただろう。
 ――男の子って、ほんと単純だよね、と。


 結果だけ見て述べるならば、今回のゲーム自体が企画倒れしてしまったというのが正しいだろう。最初にスタートした紫原は走らず普通に自販機に向かい普通に飲み物を購入し普通に歩いて帰ってきた。よってタイムも遅々とした結果に終わる。二番目の青峰は自販機を前に自分が小銭を持ってきていないことに気付き、他の部活の為に登校していたクラスメイトを捕まえて小銭を拝借という名の強奪をしようとしていた所をこれまたたまたま通りかかった桃井に現行犯逮捕されそのままお説教に突入。三番目の黄瀬は飲み物を買うところまでは順調だったが黄瀬のファンの女子生徒に絡まれて振りきれないまま紫原以下のタイムで帰ってきた。四番目の緑間は自販機に向かおうと腰を上げた瞬間、本日のラッキーアイテムであるシルクのハンカチが風に飛ばされたのを追いかけていずこかへ走り去っていった。最後に黒子の番が回って来た時、彼の昼食はもう残り僅かで、飲み物を早く買ってこないと口の中が乾いて仕方ないという理由に背を押されて全速力ではなく小走りで自販機と体育館の往復を済ませたところ見事最短タイムを弾きだした。おめでとうと力ない拍手を送ってくれるのは紫原と黄瀬で、冒頭から面子が二人ばかり減っているのだがこれで良いのかと赤司の方を見やれば彼は少しばかり不満げな目をしていた。それも当然だろう。全速力で走った人間などひとりもいないのだから。
 ――これは最下位の罰ゲームがひどいことになりそうだ。
 黒子の予想は的中し、赤司は黄瀬に向かって「今日の午後練の試合で30点取れ。出来なかったら壇上でモノマネさせるからな」と真顔で言い放った。黄瀬としては自分は一応帰って来ただけマシな方で、姿をくらました青峰と緑間が罰ゲーム対象かと思っていただけに衝撃がデカいようだ。「――ってかペナルティにペナルティが付くってどんだけっスか!」と半泣きになりながら抗議するも赤司の機嫌は直らないようで、全て黙殺される。黄瀬も終いには諦めておとなしくなる。それを確認すると、赤司は黒子に向き直る。突然の行動に驚いて肩を揺らす黒子に赤司は「まさかテツヤが一位とはねえ」と口角を釣り上げた。正直、瞳をかっ開いたままそういうことをされると恐怖以外の何も生まれないのだが。最初に条件として褒美を貰えると提示されていたが、正直黒子には今すぐこの話題を打ち切ることが一番の褒美だった。

「うん、よし、おいでテツヤ」
「は?」
「ご褒美のハグだ」
「え、心底遠慮するんですけど」
「拒否権はないよ」

 「それ僕に何の得があるんです?」と尋ねるよりも先に赤司が黒子との間合いを詰めて正面からがっちりホールドする。瞬間、絶望のどん底で屍と化していた黄瀬が「きゃー!!」と女の様な悲鳴をあげ、紫原は手にしていたまいう棒を握り潰していた。
 黒子は硬直し、満足そうに鼻歌を歌い始めた赤司にせめてもの抵抗をと向かい合っていた体勢からもぞもぞと動いて抱き締められたまま身体を180度回転させた。これで息苦しさからも解放されたと思ったら、視界に入り込む粉々になったまいう棒を悲しそうに見つめている紫原と、ガチで大泣きしながら黒子を離すよう要求している黄瀬がいて、ちょっとだけ引いた。
 その後なんとか戻ってきた青峰と緑間も赤司が黒子を後ろから抱えている状況に頭を捻り、それが優勝者への褒美だとの言い分に「黒子が優勝したから褒美を変えただろう」と突っ込まれていた。二人の追及に赤司が舌打ちをかましたことにより、それは流石にずるいだろうという風潮が巻き起こる。
 ――結果、
 練習試合に向けた調整として実際の試合形式で行われるはずだった午後練で、スタメン組が急遽敵味方に分かれて戦うという類を見ない泥仕合に突入し、監督からの怒号を貰う羽目になる。それから、ノルマも果たせず試合にも負けた黄瀬は練習後、赤司に引きずられてモノマネをする羽目になるのであった。

「これって黄瀬君が損をしただけで、誰も得しませんでしたね」

 黄瀬のモノマネを眺めながら、ぽつり呟かれた黒子の言葉に、キセキ達は「確かに…」と心底疲れたと溜息を吐く。だが、ただひとり赤司だけは楽しそうに笑っていた。


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大黒柱倒壊
Title by『ダボスへ』





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