黒子が進学した大学の単位交換制度だとか交換留学制度を有効活用して渡米したのはもう二年も前になる。そろそろ単位も取り終えて大学も卒業する時期だから、このままアメリカに残るか日本に帰って今更な就活をするか、キャリーバック一つで転がり込んだ火神の家にあるソファに座りながら黒子は考える。答えは半分以上前者に傾いていて、あと一押し何かきっかけがあればいいような、そんな状態だった。

 一週間に一度、日本にいる赤司から黒子に電話が入る。週に一度というペースは一定で保たれているものの、曜日も時間帯も実際明確ではないコンタクトの取り方に、黒子は赤司にしては随分要領の悪いことをすると感じている。時差も構わずかけてくるから、最悪黒子は寝ているし、講義中だし、かといって無視しようものなら次の電話の冒頭が恨み言で埋まるから困るしで色々と大変なのだ。
 赤司のリズムも黒子のリズムも同テンポでないことなど端から承知している。だから現在こうして国境すらまたいだ遠距離を挟んでいるし、わざわざ連絡を取り合わないとそこで途絶えてしまうような細い関係を続けている。思えば中学の部活である期間面識を持っただけの相手にここまで執着できるのも不思議な話だ。特に、他人にこなす役割以上を求めず自分を絶対的主観とする赤司と、他人に役割など求めずある程度信頼を築きながらも結局自分を曲げられない黒子とでは相容れない部分の方が圧倒的に多いだろうに。それすらも妥協ではなく受け入れられるのが恋だろうかと首を傾げる度に黒子は違うなと首を振る。受け入れてなどいなかった。正誤を問うものではないと知りながら自分の考えを理解してほしかった。勝利だけがすべてではないと謳いながら負けたくないと彼の前に立った。結果はさほど問題ではなかったのかもしれない。ひょっとしたら自分以外の誰かが成し得たかもしれないこと。
 キセキの世代を倒して日本一になる。そんな個人の目的と仲間の目標を全て果たし終えて、黒子はあっさりとバスケを辞めた。実力は高校三年間を通してもさして突出することなく、パススキル以外は平凡なまま彼は日本一のチームのレギュラーとして在り続けた。名を轟かせたりは、彼の性質上しなかったけれど。それでも、バスケという舞台を去る黒子本人よりも周囲の方が彼の選択を惜しんだのだから、その不思議な人柄は多くの人間を惹きつけていたのだと認めざるを得ない。勿論、赤司もその内の一人だった。
 擦れ違うのは結構だが恨み言は理不尽だと思うので、黒子は赤司に電話を掛けるタイミングを固定することを要求した。せめて曜日くらい決めてくれと、僅かでも自分の意図を汲み取ってくれればと思ったのだが、そこは相手が赤司だったのが悪かった。二週間ぶりに折り合いよく通話出来たというのに、他愛ない会話より駆け引きに興じるなんて疲れるだけなのに。

「週に一度の電話の為に自分のペースを崩せると思うのかい?」

 悪びれた風もなく平然と言ってのけた言葉に、まあ概ねその通りですねと頷いてしまったのは黒子がやはり黒子だったからだ。ほんの数分の会話の為に一日の予定を調節する必要はないかもしれない。だが時計を意識しなければならないことは確実で、それが毎週のように続くなんてしんどいと理解はできる。それ以上に赤司の気紛れの所為で恨み言を貰う自分が気の毒だからが故の提案の意図は赤司にあっさりと見抜かれて、だからこそ汲み取っては貰えなかったのだろう。残念だが落ち込むほどではないと、黒子は小さく息を吐いた。
 赤司が手の空いた時間に気紛れに寄越す電話を、黒子自身待ち望んでいる訳ではない。習慣は義務に持ち上げた瞬間息苦しくなるものだから。たとえそれが好意を寄せた相手との物でも日常に彼が隣接しない場で生きる黒子にはそういうものだ。寧ろ黒子と現在ルームシェアをしている火神の方が赤司との通話を気に掛けてくれているように思える。面倒見のいい人間は何かと損だなと思ってしまうあたり、黒子も大概人でなしに片足を突っ込んでいる。

「……まあ好きな時に掛けてくるのは構わないんですけどね、せめて出れなかったからって次の時に僕を責めるのやめてくれませんか。僕、悪いことしてませんよね?」
「意図的に拒否されたかと思うじゃないか」
「被害妄想はやめてくださいよ」
「うるさいよ、失踪癖を持つ君のことだから携帯の一つや二つ不要とか言って捨てそうだし、こっちが掛けなきゃ自分からは一切コンタクト取ろうとしないし少しは愛されてる自覚を持ってもらいたいね。影の薄さと受ける愛情の濃さが比例すると思うなよ」
「……はあ」

 これはもしかしなくとも、自分が渡米した時のことを根に持っているのだろう。ありとあらゆる手続きを済ました後、三時間後に出発する飛行機のチケットを持って赤司の自宅にこれから留学すると報告したらしこたま怒られた。因みに、この時の黒子は桃井にしか自分が留学することを教えていなかったので、アメリカに着いた途端黄瀬や青峰にも怒られた。そんな風だったから、黒子は当初用意されていたアパートよりも先に聞いていた火神のアパートに向かい一週間ばかりふて寝をして過ごしていた。その後いろいろあって、現在のルームシェアという形に落ち着いているのだが、黒子が火神と住むことに関して赤司は割と寛容的であった。ふらふらと直ぐ行方をくらませる黒子だから、知ってる人間が傍にいた方が見張りになって安心できるとのことで、黒子は素直に納得した。やりたいように動き回ると、それは失踪癖と呼ばれるらしい。

「テツヤが日本を出ると聞いた時にね、中学の頃を思い出したよ。全中が終わって、テツヤが僕たちの前から姿を消した時のこと。無言でないだけマシだったかもしれないけどね」
「―――、」
「僕たちに疑問を抱いて道を違えて姿を消したのと同じように、今度は全部解決したからとか言って未練なく去ってしまうのかと思ったんだよ」
「そんなに儚くはないですよ。僕も、僕たちの間に在るものも」
「かもしれない。だけど、僕は君と繋ぎ止めておきたかったのかもしれない。年間通したって五十回強の通話にどれだけ効果があるかなんて知りたくもないけどさ」
「はあ、」
「目の前にいるならもっと他にやりようもあるんだがね。間違っても世界中のどこからも消え失せたりしないでくれよ。涼太も大輝も悲しむし、桃井に泣かれるのは苦手だろう?」
「……まあそうですね」

 縁起でもないことを言わないでくれとは怒れなかった。一年後の自分がどこにいるかすら未だ迷っている身で、確定的なことなど何一つ語れない。ただ、意外だと思った。赤司にとっての自分など無価値に等しいと思っていたから。使い勝手の良い駒は、実際赤司からすれば無くとも支障はないだろう。好きだと言ってくれたことを疑ってはいない。しかしそこに彼に勝ったことあるという唯一の物珍しさが含まれていないかと考えると、黒子はいつも沈黙してしまう。だからバスケを辞めてしまった以上、何か新しい価値を作り出す必要があると思った。黒子テツヤというバスケットプレイヤーでもない一人の人間を赤司征十郎という絶対的な人間に認めさせる為の何か。蒙昧な、存在すら覚束ない答えがどうしても欲しくて。未知なるものは未知な場所にこそ存在するかもしれないとてっとり早く海外に飛び出してみたものの微妙な距離が続くばかりだったのだが。彼の人の隣に立つ資格は黒子が探し回る先にではなく辿り着きたかった、それでいて始まりでもあった場所に最初から置いてあったらしい。

「――赤司君」
「ん?」
「今度、君の所に帰りますね」

 つい直前まではアメリカに残ろうと思っていたプランがたった一本の電話であっさり方向転換してしまう単純さを内心で笑いながら、黒子は渡米してから一度も使用していなかったキャリーバックを今日中にクローゼットから取り出そうと決めた。


―――――――――――

水平線のむこうの恋人へ
Title by『ダボスへ』





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -