※黄瀬の誠凛訪問直後
※(青)黒←黄瀬



 言葉がなあ、と黄瀬は思う。足りなかったり不明だったり間違えたり、今まで黄瀬が発してきた言葉は量にすれば膨大だろう。一言も喋らない日などないのだから。だがその重みを測ろうとすればさして重さも何もなく他愛ない日常会話しか交わしていないと簡単に知れる。
 ――言葉って不便だ。
 そう内心で独りごちて、黄瀬は路側帯を示す白線の上を歩き続ける。横断歩道でよく白線だけを踏んで歩いて渡るなんて戯れている子どもを見かけるけれど、今の黄瀬もまさしくそんな状況で。このまま目的地まで白線を踏み外さないで辿り着けたら何か良いことがあるかもね。自分で自分に語りかけて、でもさっき散歩中の犬を避けるのにどかなかったっけ。じゃあ此処から再スタートということでひとつ。
 足元に意識を半分ばかし傾けて、黄瀬はまた蕩々と思考の海に帰って行く。帰り道の先にある目的地は体育館で、きっと勝手に練習試合の対戦校に出向いた挙げ句部活にも完璧遅刻しているから、部長の笠松にはシバかれるに違いない。他の先輩は特に何も言わないだろうけれどきっと良い顔はされないだろう。つまり白線の上を歩ききっても確実に待っている事態は到底良いことではない。モデルの仕事が入っていたのを忘れていたと嘯いてこのままサボっても良いのだが、今日はバスケをしてから帰りたかった。きっと、久しぶりに再会した彼の所為だろう。黒子テツヤは、お久しぶりですの言葉に似つかわしくない自然な態度で黄瀬の前に立ち、振る舞ってみせた。それは嬉しいようでいて、若干の苛立ちを黄瀬に与えたのだが、そんなことはお構いなしの黒子の態度はやはり相変わらずと言うほかなかった。
 去年の夏を境にめっきり自分たちの前から姿を隠すようになっていた黒子の真意を黄瀬は全然知らなかった。ただ、宜しくない物だろうとは思っていた。だって避けられていたのだから。嫌われたのかとすら疑って、いざ再会してみれば寄越されたのは共に在った頃を真っ向から否定するような言葉と宣戦布告。新たな黒子の光は、黄瀬が彼を諦めるしかなかった存在から見て劣化版も甚だしかったのだから笑える。俺にすら勝てない奴と組んでキセキの誰に勝てると言うんだとは思っただけで口にはしなかったけれど。だって俺にすらって言い回しが少し癪だったから。キセキの面々からするとやっぱり途中から入った時点で下っ端扱いが拭えないのは仕方ないとして、実力まで最下層扱いなのは如何なものか。才能云々では確かに他の四人には適わないと気後れしている部分もあるけれど要は勝てば良いのだ。試合の点差、1on1、結果が全てでスペックは後から評価される物。努力は実ってこそ初めて価値が生まれるし勝利が恒常性を帯びればその中で果たすノルマを持つ自分は才能を持っていることになる。先立つ勝利という結果あってのキセキたちなのだ。

『黒子っちください』

 そう要求したのは、その黄瀬を含めキセキのみんなが認めた才能を持つ黒子に勝利を与えるには、自分に喧嘩をふっかけてきた新しい光では弱すぎると思ったから。物扱いするような言い方は良くなかったかなと今では少しだけ反省。だが後悔はしていない。事実しか言っていないのに、黒子は終始黄瀬の言葉に頷くことをしなかった。向かい合ったけれど昔みたいに隣に並んではくれなかった。予想はしていた。昔から、黄瀬の言葉は何一つ黒子に届かないのだ。

『黒子っちが好きだよ』
『青峰っちに勝ったら黒子っちの光になれる?』

『ねえ一緒の高校行かない?』

 何度も囁いたのは、愛の告白だったのに。黒子はいつも無感動に一瞥だけを寄越して首を横に振った。拒否だとか意思表示以前に、何を言っているの分からないと言いたげな仕草。好きの意味すら分からないのかと戦慄する黄瀬を前に黒子が見ていたのは誰だったか。きっと黒子には、自分の心が他の人の物になっているにも関わらず想いを伝えてくる黄瀬の気持ちが理解出来なかったのだ。黒子とその心を独占していた彼との間に亀裂が入った時、亀裂が決定的な別れに発展した時。結局黄瀬は黒子に掛ける言葉を持たなかったしやはり無意味な響きしか生めなかったろう。黒子は彼と、彼と黄瀬を含むキセキの在り方を否定して姿を眩ませたのだから。

「言葉には力があるんですよ」

 そう教えてくれたのは黒子だった。昼休みの喧騒に沸く教室の一角。手にした文庫本に目を落としながら前の席の椅子を陣取り黒子の机に上体を乗り出している、どこかご機嫌な黄瀬にぽつりと呟かれた言葉。言霊信仰とでも言おうか、その時の黄瀬はきっと今読んでいる本がその類の内容なのだろうと大して深く意図を探ろうとはしなかった。だって覗き込んだ黒子の教室で、彼を見つけられたことが嬉しくて仕方なかったのだ。思わず駆け寄って、用事もないのに読書中の黒子に話しかけても無視されなかったことも黄瀬の上機嫌に拍車をかけていた。

「僕の言葉にも何か力があったら良いんですけどね」
「ふーん、どんなの?」
「そうですね…。僕の言ったことではなく、言いたいことを相手が理解してくれるような感じですかね」
「それって力なんすか?」
「さあ、どうでしょう」

 ――僕の言葉は誰にも届かなかったのでよく解りません。
 教室のざわめきに浚われた小さな声が、今になって黄瀬の耳の内側で木霊する。何故あの時もっと慎重に黒子の言葉を拾ってやれなかったのか。悔やむことは多すぎて、だけどそれが出来なかったから黒子はあんな寂しい言葉を紡いだし現在キセキを倒すなんて実力行使に出ようとしている。当事者のようでいて黒子に弾かれた黄瀬には大雑把な全景が見えるようでやるせない。理解は出来ないままなのに、黒子の外側だけは簡単になぞれる。いくら言葉を用いて黒子の心をノックしてもきっと開かない扉がある。それはもう、黒子同様実力で無理矢理にでもこじ開けて奪わなければ手に入らない物。
 ――だって言葉って無力だから。
 だから俺は悪くない。力を示さなければならないのに無力な言葉なんて必要としていられない。今度の練習試合では申し訳ないが新参者の光は徹底的に潰して退場して頂く。そうしたらもう嫌がられたって黒子を浚ってしまえる気がした。でも本日のアプローチが素気なく断られたことは紛れもない事実なので、次の再会までは寂しく枕を濡らしながら夜を明かそう。
 とっくに踏み外した白線を無視して帰ってきた体育館の扉を開けた瞬間、顔面にヒットしたボールに「一応モデルなんスけど!」と抗議したら案の定部長にはスルーされてしまった。
 ほら、俺の言葉なんて全然効果ないんスよ!
 黄瀬の叫び声は、当然黒子には届く筈もなかった。


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こんなさみしい気持ちになるために生まれてきたんじゃないやい
Title by『にやり』




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