※火黒←キセキ


 まあ、嫌な予感はしていたのだ。あの黒子からデートに誘われたことも。その場所が大勢の人が密集する遊園地だったことも。その遊園地のチケットをくれたのが桃井だということも。実際やってきて、火神と並ぶと幾分小柄に見えるとはいえ女子の中では平均的な身長の黒子を、影の薄さに惑わされることなく風船を渡したうさぎの着ぐるみも。その着ぐるみの背丈が明らかに二メートル越えしていたことも。すれ違う見知らぬ女子の会話にやたらモデルの一語が頻繁に上がっていることにも。
 火神と黒子のお付き合いに、最後まで難色を示したのが当人の近親者、現在の部活仲間ではなく彼女の中学時代の部活仲間で、しかも全員現在は他校生という状態に火神はほとほと疲れ切っていた。お前らは黒子の何なんだと真っ向から正論で噛みつけばそのあとは阿鼻叫喚。

「火神っち自分が黒子っちの彼氏だからって!俺だって、俺だって黒子っちの彼氏になりたかったのに!」
「捻り潰すと黒ちんに脛蹴られるからしないけどあんま図に乗らないでよ」
「青峰君とくっつけて将来三人で仲良くする計画だったのに!」
「おいさつき、巻き込むな」
「占いによると相性は最悪だから別れた方がいいのだよ」
「火神君だっけ?君ってほんと…いや、今は止そう」

 バスケの試合でもないのにキセキの面子と顔を合わせてみて確信した。コイツ等は馬鹿だと。学力云々ではなく、一般正直の類が一人だと普通なのに、寄り集まって誰かが暴走するとストッパーがいないがために行けるところまで行こうとするのだろう。そして多分、不在のストッパーというのが、恐らく自分の彼女に収まっている黒子だったに違いない。顔だけなら整っているキセキの連中と女子マネ一人に言い寄られている黒子に嫉妬など一切覚えず、火神はささやかながら同情している。だがそんな火神の同情を凌ぐだけの同情を同じように黒子も彼に対して抱いているのだから相当である。
 要するにだ。

「図られたってことでいいんだよな」
「…そうみたいですね、すいません」
「いや、お前が悪い訳じゃねえけどよ」
「ですよね」
「居直り早いな」

 園内の花壇の縁に腰掛けながら売店のバニラシェイクを無表情で嚥下する黒子も、園内に入った瞬間から姿は見えずともキセキの面々の気配を感じ取っていた。何より着ぐるみがダメだ。黒子は生まれて初めて幼児を見下ろす着ぐるみを見た気がした。中身は恐らく普段お菓子を貪り食っている奴だろう。
――手を組むとは…。
 火神との付き合いを何故キセキの面子が嘆くのかが理解できないし、それによる遠慮をする必要もないと感じている黒子には、今回の手の込んだ策略に心当たりもなければその目的を察することも出来はしない。桃井からの厚意を疑いなく受け取ったのがいけなかったかと反省すれども友人を端から疑ってかかるのも良くない。計算の内だろうなと呆れながら、黒子はマジバとは味が違うバニラシェイクに段々と飽きを覚え始めていた。
 火神と自分をこの遊園地に誘い込んで、キセキまでもが集合しているということはどこかで監視ではなく妨害工作に行動を切り替えてくる可能性がある。それはそれで鬱陶しいと思う。彼等のことは嫌いではないけれど、黒子は今日デートに来ているわけで。火神と付き合っているということは彼のことがちゃんと好きなわけで。好きな人と、その人と過ごす時間の邪魔をする輩とを天秤に比べたら明らかに前者が地面にめり込むくらいに傾くわけで。

「火神君、邪魔をされる前に動きましょう」
「あ?どうするんだよ」
「あれに乗りましょう」

 あれ、と黒子が指差した先にあるのは観覧車。乗客ごとに区切られて、かつ場所が空中とあればさしものキセキたちも手が出せまい。少女漫画のデートでは大抵トリを務めシチュエーションとしては夜景を見下ろしてロマンティックなムードを演出したりするものだが生憎黒子も火神もそんなものには無頓着だったので真っ昼間の太陽が未だ真上に陣取っている時間帯でも一向に構わない。火神が黒子の提案に頷いて腰を上げた瞬間、二人の後ろの花壇の更に後ろから何かが飛び出した。その飛び出した何かは人間で、何やら叫びながら素早く黒子の前に回り込みその肩を掴んでがくがくと揺さぶり始める。あまりに一瞬の出来事で、流石の火神も立ち上がったまま停止するしか出来なかった。

「ダメっすよ黒子っち!火神っちと観覧車で二人きりとか危険っすよ!」
「観覧車のてっぺんでキスとかする気だよ。寒いよ?クサいよ?」
「やっぱり君たちでしたね、黄瀬君に紫原君」
「さりげなく俺のこと貶してんじゃねえよ」

 火神と黒子が二人きりで観覧車に乗っている状況を想像しているのか、黄瀬はなんだか涙目だ。紫原は黄瀬のように取り乱しはしないものの小言で二人の行動を牽制してくるのだから厄介だ。この黄瀬と紫原を宥めて煙に巻いてさっさと二人きりに戻りたいものだがと思案しながら黒子はぐるりと周囲を一度見渡す。ここにいるのは本当にこの二人だけだろうかと。それは火神も気掛かりなことだったので、すぐに黒子の行動の意味を察して同じように辺りを見回すもそれらしい人影はない。紫原に尋ねれば緑間は来ているが占いのラッキーアイテムがメリーゴーランドだったらしくその近辺から動かなくなってしまい、赤司はこの計画を立てた張本人のくせに地元の大会だからとあっさり欠席を表明し、桃井は無関心な青峰を引きずってやって来たものの折角だからと最初に乗ったジェットコースターで見事に酔ってしまい現在休んでいるらしい。とんだ暇人共だと、火神は心底辟易する。思うことは同じなのか、黒子は珍しく眉を顰めて未だ自分の肩を掴んだまますんすんと泣いている黄瀬の頭に容赦なく手刀を落とした。離れろということらしい。

「今日は火神君とのデートなんです。邪魔をしないでください」

 もっともな言い分を残して黒子は立ち上がる。だがこのまま立ち去っても彼らは着いてきてしまうだろう。想像しただけで疲れる。意を決して黒子はそれまで自分が座っていた花壇の縁に乗って立つ。そのまま隣にいた火神を手招きして直ぐ前まで呼び寄せると抱き着いて、火神の頬にキスと一つ。普段人付き合いに淡白な黒子は恋人の火神に対しても自分から積極的に接触を持とうとしない為、これには火神も驚いて固まってしまう。だがそれ以上に、恋人が出来ても諦めきれない意中の彼女が目の前で他の男に頬とはいえキスを贈ったことは黄瀬と紫原にとっては相当の衝撃だったらしく。ぽかんと口を開けたまま動かない黄瀬に、いじけたように口を尖らせている紫原をこれは好機とばかりに置き去りにして黒子は火神の手を引いて歩き出す。

「――あれいいのか?」
「慰めるんですか?着いてきますよ?」
「まあそれもそうだな」
「時に火神君」
「ん?」
「観覧車のてっぺんで私にキスするんですか?」
「……それもいいかもな」
「ふふ、恋人みたいですね」
「恋人だろ」
「そうでした」

 纏わりついていた視線はすっかり消え去って、黒子は嬉しそうに微笑んでいる。今日は珍しいことばかりだと感心しながら、火神は心なしか軽やかな彼女に情けなく引っ張られることのないように、繋いでいた手に少しだけ力を込めた。はるか後方で情けなく黒子を呼ぶ泣き声は、これっぽっちも聞こえない。


―――――――――――

20万打企画/小町様リクエスト

どうぞ信号機は青のまま
Title by『ダボスへ』




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -