放課後、図書室に寄った帰りの静かな廊下を歩いていると、不意に背後から呼び止められた。珍しい事態に内心驚きながらも表面上は無表情のまま振り返れば、そこには面識がないであろう見覚えのない女子生徒が立っていた。はて、誰だったかと惚けて尋ねるのも良いけれど、これまでの経験から見知らぬ女子生徒に呼び止められたら黙って相手から切り出すのを待っていた方が良い。今目の前にいる子はわりかし大人しそうだし、集団でないことから気性も穏やかなのではと思うが、どうせ黒子への要件は他の子等と変わらないのだろうから。

「あ…あの、これ赤司君に渡してくれないかな」
「はあ…」

 何故か黒子を前にして赤司の姿を思い浮かべているのか頬を赤く染めている相手が差し出したのは可愛らしくラッピングされた手のひらサイズの袋。大方クッキーといった菓子の類だ。断った方が楽とは知りながら、以前からバスケ部のマネージャーとしての立場を利用され、何かと近寄りがたいキセキの連中に思いを寄せる女子等に贈り物や手紙の中継を頼まれて数が少なかった頃安易に引き受けていたことを鑑みると、この場だけを拒む理由が浮かばずに黒子はその袋を受け取ってしまう。渡すぐらいならば確かに容易いことではある。呼び出してくれないかだとか恋文の返事を貰ってきてくれないかなんて他人間を往復しなくて住むのだから。
 黒子が袋を受け取ったのを確認すると、女子生徒はありがとうと礼を述べてそそくさと退散してしまった。名乗ってさえいないのだから、本当に渡すだけで、貴女の特徴だって伝える気はありませんよと念を推す暇さえなかった。それに今日は部活が休みだから直ぐに渡せるかもわからないと了承して貰っていない。手作り菓子となると早めに渡した方が良いだろうが中身を確認する訳にも行かないので諦めて貰うしかない。一応、教室にも体育館にも寄っていくつもりだから、自分と赤司が顔を合わせる可能性がある場所には足を運ぶことになる。そこで会えなければわざわざ探し回らずに大人しく明日渡そうと決めて、黒子は再び廊下を歩き出しまず教室に向かう。赤司とはクラスが違うが彼の教室は此処から黒子の教室に向かうと手前にあるので覗いてみれば既に全員下校した後だった。自分の教室で鞄を回収してから体育館に向かう。やはり部活がなくとも自主練をしている部員は多い。その中で第一体育館、帝光中学バスケ部のレギュラーが使用出来るを見渡せば直ぐに目に飛び込んでくるキセキの彼等。頭数だけ数えれば桃井を覗く全員が集合しているらしい。黒子から見て手
前にいるのが赤司よりも大柄な紫原だった為目当ての彼の姿ははっきりとは見えない。だが上履きを脱いで靴下でのろのろとその集団に向かって歩いていけば直ぐに黄瀬が気付いて手を振ってくるので頭を軽く下げて答えた。

「赤司君にお届け物です」
「――誰から?」
「さあ?知らない女の子からです」
「…じゃあ要らない。捨てといてよ」
「嫌です。捨てるなら赤司君が捨てて下さい。私は只利用されただけなので余計な干渉はしたくありません」
「捨てちゃダメとは言わないんスね…」
「赤司君のことを好きな子が赤司君の為に作った物を赤司君がどうしようと私は関係ないですから」

 黒子の言葉にそういうものかと納得しかけた黄瀬を、会話に入ってくるなと赤司が睨んだ為、彼の機嫌が損なわれたと悟ったキセキの面々は赤司と黒子だけを残して自主練に戻っていった。彼等と同様に、黒子も赤司の眉が不快にその端を吊り上げたことには気付いたから今すぐにでも帰りたいのだが、それはそれで後で酷い目に遭わされそうなので何とか踏ん張って彼の前に立ち続けている。赤司の軽い要求を突っぱねはしたものの、事実しか述べていないつもりの黒子には彼が不快と感じた部分も理由も見当が付かないから黙り込むしかない。じっとりと無言で見つめてくる赤司の視線はどうにも居心地が悪いので黒子は溜息を吐きながらも口を開く。譲歩するのはいつだって自分の方だと不満を滲ませながら。

「何が気に食わないんですか」
「君のそのしれっとした態度がだよ。そんな物頼まれた時点で断れば良いんだ」
「そうするとあらぬ邪推を招いて被害を被るのは此方でしょう?」
「大丈夫だよ。テツヤに絡みに行っても見つける事態稀だろう?」
「その稀で見つかってしまったからこうして配達員をしているんです」
「ああ言えばこう言うね…」
「赤司君が黙って私の仕事を終わらせてくれれば良いんですよ」

 だからほら、と未だ受け取られていない包みを赤司に差し出す。普段は余裕の笑みか威圧の無表情ばかりの赤司が、眉を寄せて渋々と黒子の手から見知らぬ女子生徒からの贈り物を受け取ったことに近くで動向を窺っていた黄瀬が驚きで目を見開くが案の定彼はそれをステージに向かって放り投げてしまった。そしてそのことに、今度は黒子が目を剥いて、咎めるように赤司を見上げるも効果はさっぱりないようだった。

「仕方ないだろう、自主練中なんだから持っていても邪魔だ」
「だからって投げますか君」
「――本当に面倒な女だね」
「は?」
「テツヤは自分の彼氏が他の女から贈り物貰っても何とも思わないのか?」
「「は?」」

 赤司の糾弾に同じ反応を返したのは黒子ではなくやはり黄瀬と今度は緑間。
 赤司は今、何と言った?彼氏?誰が誰の?赤司が黒子の?つまり二人は恋人同士?何で教えてくれないの?
 緑間が脳内で済ませた混乱と疑問を全て声に出して本人にぶつけてしまった黄瀬は再び赤司に会話に入ってくるなと冷笑を浴びせられごめんなさいと連呼して土下座までする勢いだ。赤司と黒子の関係を把握しながらも驚きで固まっている緑間に、青峰は知らなかったのかと呆れ、紫原は赤ちんの黒ちんへの独占欲とか見てたらわかるじゃんと馬鹿にされたが言い返せない。
 黒子はと言えば、めいめい賑やかに騒いでいるキセキの面子に混じることなく聞いていなくとも取り敢えず赤司の疑問に答えることにした。

「私はお菓子作りが出来ないので、お菓子を貰う分には何とも思いませんよ」

 こんな言葉を零してしまったばっかりに、翌日から黒子は赤司にしつこく菓子作りの練習を迫られることになる。バスケ部のマネージャーをしながらそんなことする暇なんてある訳ないだろう。ただでさえ自分は体力がないから毎日帰宅する頃にはくたくただ。
 それでもクッキーくらいなら練習してみても良いかなあなんて思ってしまう。嫉妬心が希薄なことは好意が希薄なことにはならない。黒子は黒子なりにちゃんと赤司のことを好いている。そんなことすら覚束ないのか、黒子が他の子からの贈り物を突き出す度に不機嫌に落ちる赤司をあやすみたいに、手作り菓子を口に放り込んでやらなくてはならない。
 全く、面倒くさい男だ。


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ジャムが足りない
Title by『joy』




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