「廃品回収と言いますか…、ああ、リサイクルみたいな感じですかね」 淡々と言葉を紡ぐ黒子の手元にはいつものように文庫本。本屋等で施される紙製のものではなく布製のそれは見事に黄瀬の視線をシャットアウトしてみせた。黄瀬が黒子に構っての意思表示をすれば黒子は華麗にそれをスルーする。諦めない黄瀬の根性というか、粘着性もなかなか凄まじいのだが、スルーを諦めない黒子もまた凄まじいのだ。 黒子にとって黄瀬が彼の退屈という渇きを満たす為に自分の下へ擦りよって来ることは些か効率が悪いことのように思えた。何と言っても自分は彼の要求に応えようとする欲求が全く湧いてこないのだから。 「青峰君に構って貰えないから僕の所に来るんですよね」 中学時代、黒子が何の気もなしに黄瀬に放った言葉は、実は当時の黄瀬の心を酷く抉った。しかし黄瀬に視線すら寄越していなかった黒子には、その時悲しみに歪んだ黄瀬の表情に気付くことはなかった。 自分から何かを得ようとするのは全くの時間と労力の無駄であると、黒子は自分にも他人にも諦めていた。だから他人に甘い顔をすることなんてないまま、他人に甘い顔をされる所か時には認知すらされないままに生きてきた。 黒子は黄瀬を嫌ってはいなかった。ただそれ以上に好いてもいなかったのである。 「黒子っち、好きっすよ」 「はあ、そうなんですか」 まるでバスケの試合のようだった。試合で黒子がパスの中継地点となるように、今も黒子は黄瀬からの言葉を中継地点として誰かに渡すかのように投げ捨ててしまった。事実のように聞き入れながら、結局黒子は黄瀬からの言葉を何一つ認知信頼記憶してはいないのである。 黒子のすげない態度は日に日に黄瀬の被害妄想を過大にしていく。好きなのだから、伝えているのだから、報われたい。身勝手でも、願うだけならばその権利がある。伸ばした手は払われない。けれど握っても貰えないのだから、安堵よりも虚しさが勝る。 「…黄瀬君、」 「何ー?黒子っち、」 「泣くほど辛いなら、僕から離れた方が良いですよ」 初めて、黒子から黄瀬に伸ばされた腕。手はそっと黄瀬の頬に触れ零れた涙を吹いた。あまりに静かに零れたものだから、黄瀬自身も自分が泣いていたことに気付かなかった。 「違うよ?辛いから泣いてるとかじゃなくて…」 「…ごめんなさい」 「黒子っち?」 「好きとか…よく分からないし…たぶん分かりたくないんです」 あっさりと、嫌いになれてしまうことを知っているから、どうせ、それが人間が相手でも同じことだ。そしてそれは怖い。嫌うことも嫌われることも。だから逃げたい。黄瀬から、彼の言葉、仕草、優しさ、全てから。 吐露した不安は、黄瀬を揺らして、でも直ぐに立たせた。自己中心的な想いのぶつけ方は今更だ。黒子がそれを受け流してしまうのも、もう今更なのだ。 「なら、黒子っちが安心出来るくらい、俺は黒子っちを好きでいるね」 「…………止めて」 「無理だよ」 「…嫌です、泣きますよ」 「嘘ばっかり」 黒子は、何か恐ろしい物を見るような目で黄瀬を見た。それが、黄瀬が確かに黒子の内側に入り込んだ合図だった。俯きがちに、何かを振り切るようにきつく目を瞑る黒子を黄瀬は抱きしめた。それは好意故の下心等ではなく、大丈夫だとあやすような緩さで。 初めてこんなに近くで感じた黄瀬の温度が高くて、黒子はうっすら瞼を開ける。見える視界は少し滲んでいて、泣いてしまいそうなのだと思った。 「黄瀬君、」 「ん、」 「何でも無いです」 優しくされて、信じてみても良いですかなんて、自分が単純過ぎて笑える。だけどこのまま、黄瀬が自分の下へ今まで通りやって来てくれるのならば、自分が彼に絆され落ちるのも時間の問題かもしれない。 黄瀬にとっての好都合を預かり知らぬまま、黒子は優しい温度にまた目を閉じる。次に目を開くその時、少しでも黄瀬を好きになれていたら良いと思いながら。 ――――――――――― 心臓ちぐはぐ title by『にやり』 |