駅で一番安い切符を購入して、一番近いホームから一番最初に来た電車に乗って一番最後まで乗り継いで乗り継いでを繰り返したら俺等はどこまで行けるんだろう。たぶん乗り越し精算の機械に表示された金額を目にした途端現実に引き戻されて来た道をすごすごと戻ってくることになるんだろう。青春十八切符ってそういう夢を見る為の物なの?十八って消費期限か何かでじゃあ俺の青春はあと二年の命なんだ。でもその二年をバスケに費やすことは十五の冬には決まっていたんだからグッバイ俺の青春。男ならあるでしょ旅へのロマン、スタンドバイミーみたいな友情というか冒険譚への憧れ。昔夏休みの昼間に見た古臭い映画は年を経てからの方が味わい深かったりするものだ。主演の子がいつの間にか大人になって薬に手を出して死んだとかはどうでも良いよ。あ、それは別の映画だっけ?外国の俳優とか有名どころしか言えないけど胸のデカい女優しか覚えてない青峰っちより幾分マシだと思うんだけどそこんとこどうッスか…って無言で時刻表差し出すのはやめてよ!

「俺等と言ってますが計画性のない旅行に付き合う気は僕にはありません。あと君モデルなんだからそれくらいの金額調べたら払えるんじゃないですか。青春十八切符は心が青春してる人の為の切符なので年齢制限はありませんしまあ少年時代を描く映画というのは得てして大人の懐かしいという感情をつつくパターンが多いですよねあくまで僕の偏見ですが。スタンドバイミーなら僕も結構好きですけどさあ貴方もレッツチャレンジと言われたら全力でお断りします。僕は日本の俳優の名前も碌に言えないので二人とも言えるだけ良いんじゃないですか」

 黄瀬の妙なテンションに押し切られることなくそつない回答をする黒子に、ちょっとくらい乗っかってくれても良いのにと不満な反面ちゃんと自分の話を聞いてくれていたのだと嬉しくなる黄瀬はどこまでも黒子に対して単純だった。差し出された時刻表を受け取って、だけど見方がわからないと高らかに宣言すればじゃあ見なくて良いですと早々に対応を放棄された悲しみは直前の喜びでカバーする。
 折角の春休みだというのに、部活以外の外出を億劫だと彼氏である筈の黄瀬からの誘いすら素気なく断り続けた黒子の妥協点はお家デートだった。そっちの方が街中で黒子を見失わないし、黒子の捜索中に逆ナンに合うこともないから大歓迎と勇んだ黄瀬に黒子が白い目をして自宅の扉を閉めようとした時は流石に焦った。
 黒子しかいない自宅に何とか招き入れて貰い、お土産だと仕事場で知り合った女性お薦めのお菓子の箱を渡せば彼は一瞬沈黙してからありがとうございますと受け取った。飲み物を持ってくるから先に部屋に行っているようにとの言葉に、素直に甘えて誰もいない黒子の部屋に足を踏み入れれば、そこはいつ来ても中学時代と殆ど変化を見せていなかった。ベッドと机、本棚。閉じたクローゼットの中の衣装ケース。テレビはなくてコンポは本棚の上に設置されているがあまり起動した形跡を持たない。置かれたままのCDのケースにうっすら積もり始めた誇りと抜かれたコンセントが毎日の生活空間にしては寂しさを抱かせる。待機電力とか、気にする方だったっけと首を傾げても黄瀬には黒子と節約やエコの話題で盛り上がったことなどないので解るはずもない。
 本棚を見ても普段あれだけ読書をしているのに未だに空きスペースがある。これに関しては、お気に入り以外は読み終えると売ってしまうと本人も言っていたから不思議ではない。それでも、十六年生きてきて埋まらない本棚なんて、黄瀬にはそんなこともあるのかと驚かずにはいられなかった。
 生活感が欠如している。整えられたベッドのシーツに触れながら黄瀬は総括した。この部屋はどうにも寂しい。自分のような侵入者を招かなければ音すらないのだろう。本のページを捲る音、浅い呼吸の振動は果たして空間全体に波及するだけの力があるのか。
 ここにいる、そう確かな実感を得られない部屋の主が、いつかふらふらとこの部屋から立ち去る日が来るんじゃないかなんて妄想の派生は黄瀬にも予想外だったけれど、頭で膨らます気儘に旅をする黒子の姿は安産過ぎた。さようならすら告げずに、旅は帰るものだからと高を括って連絡すら寄越さなくなったりして。同じ敷地内にいても半年近く特定の面子から逃げ続けた実績を持つ黒子だから、有り得ないとは言い切れなくて、ならいつか彼の旅に着いていこうかなんて思えどもそれもなあと唸る。いつの間にか飲み物を持った黒子が部屋に戻っていて虚を突かれたが、それよりもと冒頭の言葉をぶつけてみた所案の定何言ってるんだこいつ的な目で見られた。
 でもね、と黄瀬は心で呟く。
 仕事をして、ある程度の人間関係を築いて、自惚れでもなく愛されちゃってるなあと自覚してしまった自分は駆け落ちみたく黒子っちとならどこまでも!とは行かないんだよ、と。こういう時、桃井ならば迷わず黒子を選ぶのだろう。彼は彼女には甘いから、きっとそれを許すのだ。羨ましいと、少しだけ思う。あくまで少しだけ。だって黒子は黄瀬にはそんなこと許してはくれない。責任の取り方が解らないから、黄瀬の人生を軽々しく受け取ったりは出来ないのだと。そしてそれが、僕なりの君への好意の在り方だと。黄瀬はなんとなくだけども理解した。影と光なんて他人に過度の信頼を抱いて迷った彼だから、本当に大事な人とは寄りかかり合いたくないのだと。それでもひとりで立つには限度があって、寂しいと呟ける黄瀬には黒子の在り方は何かを我慢しているのではと勘ぐらずにはいられないのだ。

「黒子っちの部屋は良く言えば質素だけど悪く言えば無機質ッスね」
「…黄瀬君の部屋に比べたらそうでしょうね」
「欲しい物とかないんスか?」
「特には…」

 執着する物が無さ過ぎて困る。今は誠凛のバスケが好きだからそこに留まってくれるだろう。では高校を卒業したらどうだろう。黒子のバスケへの熱を知りながらも彼がずっとそれに携わっている光景は上手く描けない。じゃあそこでやはり途切れてしまうのかと黄瀬はうなだれる。

「やっぱり俺の青春は十八で終わるんだ!」
「はい?」
「高校卒業したらお別れ!黒子っちは何の未練もなく此処を旅立つに決まってるッス!」
「…それは遠まわしな別れ話ですか?」
「違うけど!」
「今日の黄瀬君はちょっと変です。さっきの発言を聞く限りどこかに行きたがっていたのは君でしょう?」
「あれは黒子っちがどっか行っちゃった時を想定しての言葉だったんスよ…」

 何故黄瀬はこうも自分がどこかに行ってしまう前提と妄想で暴走出来るのか解らない黒子は訝しげに黄瀬を見つめるしかない。どこかに行こうにもそんな予定はないし、旅行だって黄瀬を誘おうにも日本中に顔が知れ渡っている彼を伴うのは気が進まない。ならば此処にいるのが一番マシじゃないか。黄瀬にだって、簡単に会えるのだし。あまり居心地の良い場所を作ってしまうと、黒子の性格上若干引きこもりみたくなる可能性があるので自室を物で溢れさせたくはないのだが、それがどうやら黄瀬の琴線に触れたのだろう。

「…なら一緒にどこか行きますか?」
「でも黒子っち俺は目立つからってそういうの嫌がるじゃないッスか」
「まあそうなんですけど少しくらい我慢出来ますよ。赤司君に会いに京都にでも行きますか?」
「えええ!?」
「青春十八切符で電車を終点まで乗り継いでいけば半日くらいで着きますよ。途中降りても問題なしです」
「新幹線が存在するのに!?」
「黄瀬君って案外青春してませんね。旅へのロマンはどうしたんですか」

 ですが進んで赤司君に会いに行くのはちょっと怖いのでやめましょうと黒子は勝手に話題を打ち切った。言い出しっぺの暴挙に黄瀬は衝撃を受けているが先程よりはだいぶ落ち着いている。手間の掛かる人だと、内心で苦笑して、黒子は持ってきた飲み物に口を付ける。
 ――好きなんだけどなあ、なんて。
 こんな砕けた口調ではとても伝えられやしないからいけないのか。そうならば反省しよう。悪いが改善は出来ないだろうから。

「この部屋にはそれなりに愛着があるので変えたりは出来ませんけど、物がない代わりに身一つで黄瀬君の所に転がり込めるんですよ」

 なんて冗談ですけど、と続く筈だった言葉は発せられることはなかった。何故なら黒子の言葉が途切れる瞬間、黄瀬が勢いよく抱きついてきたから。受け止めきれない衝撃に流されて、床に倒れ込む最中黒子はぼんやりと考える。
 ――今の言葉に、そんな感動するとこありましたっけ。
 感激に咽ぶ黄瀬に纏わりつかれながら、黒子は暫くは彼の好きにさせてあげようと力を抜く。遠くに行かせたくないのなら、離さなければ良いだけのことだと、さっさと気付けば良いのにと呆れながら、はしゃぐ黄瀬をあやすように彼の背を叩いた。



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君がつかまえてくれるって信じてるよ
Title by『彼女の為に泣いた』




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