連日の寒波によって珍しく東京にも積雪と呼べる程、雪によって地面が白く覆われた。しかし深夜の間に降り積もった雪を攻撃するように、朝になれば空模様は雲一つない快晴と暖かな日差しが届いていた。
 積もったら規模に拘わらず朝練は中止だと監督に昨日の内から言われていたので、黒子はいつもより遅い時間を学校に向かって歩いていた。燦々と注ぐ太陽光が真っ白な雪に反射して寝起きの目に痛い。通学路をはしゃぐ小学生に踏み荒らされて泥水に混じってしまった箇所との差が激しい。気を付けないとズボンの裾に跳ねてしまう。路側帯を歩きながら、人目に気付かれにくい質だから、車両もスピードを落としてはくれないのだと少しだけ嘆く。昔からのことだから、回避術だって持ち合わせているので、あくまで少しだけ。
 道の端に作り上げられた小さな雪だるまの前を通り抜る際、何となく可愛らしい出来だったので携帯を取り出し写真に収めて置いた。朝早くから珍しい積雪にはしゃいだ子どもの仕業だろう。
 段々と同じ制服を身に着けた生徒達が増える道に差し掛かる。高校前の通行量の多い道は既に雪かきを終えていて、道路はただ濡れているだけの、普段の姿を剥き出しにしていた。

「味気ないですね」

 ぽつりと呟けど、雪で遊興にはしゃぐ頃合いを過ぎてしまった黒子には、風情を優先して日常に支障を齎す方が愚かだとは理解出来る。久しぶりの積雪に気分が高揚してしまったのも事実。これで朝練があって、部活の面子と顔を合わせていたら思わず雪玉を拵えて投げつけたりしたかもしれない。割と雪合戦は得意な方だ。見つけにくいというのは、こういう時は本当に便利だ。
 学校廻りの雪かきに駆り出されたのは、サッカー部や野球部と行ったグラウンドを使用する運動部だったらしい。朝練を免除されてもその分労働を強いられたらしき面々が所々で披露に打ちひしがれている横をすり抜けながら、結局黒子は雪に触れることなく教室まで辿り着いた。
 朝のざわつく教室の話題はやはり昨晩から今朝にかけての天候についてが圧倒的で。登校中に濡れた靴や靴下を嘆く声や、屋上ならばまだ雪遊びが出来るのではという声があちこちで上がっている。黒子とこの教室で些細な話題の会話に付き合ってくれる火神は生憎まだ来ていなかった。朝練がないと確認して二度寝でもしていたら確実に遅刻だろう。朝のHRまでの時間を確かめて、一応火神にメールなり電話なりしておこうと携帯を取り出せば、一件のメールが届いていた。先程雪だるまを撮る為に開いた時にはまだ来ていなかったそれ。自然とそちらを先に開いて見てみれば随分と遠くに住んでいる人からだった。

『すっごい吹雪だから添付』

 そんな短い一文通りに添付されていた写真を受信すれば見事な吹雪が収められていた。メールの送り主である氷室はアメリカに住んでいた為秋田で見る初めての天候に驚いたのかもしれない。わざわざこうして黒子にまで知らせてくるのだ。黒子には判じがたいがなかなかはしゃいでいるのかもしれない。東京に住む黒子からすればこの雪模様は悪天候以外の何物でもなく、自分ならば絶対に外に出はしないと決意するほどに凄まじい勢いが伝わってくるのだが。
 氷室からのメールに、なんと返信したものかと携帯を片手に考える。凄いですね、此方も少し積もったんですよ、風邪を引かないようにお気を付けて、温かくしてお過ごし下さい等々様々に浮かんだ言葉が、どれも当たり障りない文句ばかりで自分の語彙力のなさに呆れてしまう。語彙力というより、コミュニケーション力というものだろうか。
 自分が登校中に写した雪だるまを添付してそのまま送信してやる。言葉がなくともこちらの晴れやかな気候が存分に伝わるだろう。そう高を括っていたのだが。数十秒後に掛かってきた電話によって黒子の予想はあっさりと裏切られてしまった。

「もしもし」
『もしもし黒子君?さっきの返信ってあれ途中送信とかじゃない?』
「いいえ?こっちは雪だるま作っちゃうくらい穏やかな天気ですよという意味だったんですけど」
『あー、やっぱり』
「何か問題ありましたか?」
『うーん、そういう意味じゃないんだけど…。じゃああの写メにこの雪ん中走らされて風邪引いたーとかメールしたら何て返す?』
「え…普通に大丈夫ですかとか、早く良くなって下さいとか…ですかね」
『そっちだったか…』
「そっち?」
『いや、こっちの話だよ。自分から掛けといて申し訳ないんだけどこれから朝礼だから切るよ。タイガにも宜しく言っといて、じゃあ』
「はあ…」

 全く実りのない会話に花を咲かせて、ぶちりと折られた。何かと腑に落ちないことばかりで、感情の浮かびにくい黒子の顔も今はありありと眉を顰めている。察する所、どうやら自分は何かを間違えてしまったようなので。
 吹雪の写真ひとつで思った通りに動いてやれると思うなと、黒子は火神への連絡を放り出して晴れ渡る空を忌々しげに睨んだ。


 黒子からの連絡もなく、見事に二度寝をし一限を寝坊した火神が二限前の休み時間に慌てて教室に駆け込んだ時、真っ先に目に入ったのは珍しく机にうつ伏せている黒子の姿だった。寝ているのかと思いながら席に着けばそうではなかったらしく、火神の気配を察知した黒子は勢いよく顔を上げて、それから火神の椅子を蹴った。

「何すんだいきなり!」
「おはようございます。君の兄貴分はほんっっと面倒くさい人ですね朝から人に勝手に期待して応えられなかったことを僕に気付かせてそのまんま放置ですよ。そんな自己中な人間に振り回されてる自分に苛ついて仕方ないのでつい君の椅子を蹴りました」
「お前いじける度に俺に八つ当たりするのやめろよ」
「じゃあ慰めて下さい」
「嫌だよタツヤに威嚇されるから」
「………チッ」
「今の舌打ちは何だ」

 全く朝から散々だとは黒子の言い分だが火神からすれば自分にこその言葉である。仲が宜しいのは結構なことで、諍いのように語られることが明日にはただのじゃれあいに変わっていることだって知っている。ただ自分を間に挟んでくれるなと、火神は切に願っているのだが。今の所その願いが叶う気配はない。
 氷室が案外兄貴分としては構ってちゃんの気が強いことを黒子はもう少し諦めた方が良いだろう。だってお前キセキの連中で慣れてるだろなんて口を滑らせたら、きっとまた手が出て来るだろうから言わないけれど。
 取り敢えず、黒子に氷室の言葉には甘やかす態度を返しとけば大丈夫だとか。氷室に黒子は彼の言動に振り回されて乙女みたいだからほどほどにしておけだとか。どちらを伝えれば自分の日常はより平穏に守られるのだろうかと案じながらも、それならば今日の遅刻が監督にバレないよう祈る方が大事だということで、火神は黒子の頭を慰めの意を込めて撫でたきり何も言わなかった。
 それが不服だったのか何なのか。黒子の密告により火神は部活で監督にしっかりとしばかれたのだった。


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あたしばっかり理不尽
Title by『Largo』



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