黒子は黄瀬が自分に纏わりつくことを常々不思議に思っている。きさくかつスキンシップ過多な質をしていことは知っているが、それにしたって、お互い県の違う高校に進学したというのに、部活終わったら遊ぼうなどと時計を見てから言って欲しい言葉である。良い子なら、布団に入っている時間に及ぶこともある、体力のない黒子には毎度疲労の限界を迎えるような部活の後に遊ぼうなどと、よく言えたものである。

「でも黒子っちはこうやって会って確かめないと不安になるんスよ!」

 確かめるって何をですかと口を開き掛けて、直ぐに閉じた。きっと、黒子テツヤという存在の有無をだろう。
 中学時代、黙って突然姿を消してしまったことを、黒子は生憎これっぽっちも申し訳なく思っていなかった。誰が悪いとかそういう問題ではない。道を違えるという選択をした。その結果だけが残った。黄瀬は、黒子がバスケ部を辞めたことに大層ショックを受けたらしい。だがそこに一切の同情も理解もなく疑問しかないことを黒子は知っていた。帝光を去るその最後まで、黒子はキセキの誰とも解り合うことは出来なかったのだ。

「黒子っち、今バスケ楽しい?」
「…何ですか急に、気持ち悪い」
「き…気持ち悪いって…!」
「思ったことを言ったまでです」
「益々酷い!確認っスよ!」

 ムキになって、それでも回答を求める黄瀬の言葉に、黒子はふむ、と真正面の彼から視線を逸らして考え込む。
――楽しい、とは。
 黄瀬の言う楽しいは、自分の抱く楽しいと同じ意味合いを持っているのだろうか。中学時代の黄瀬を思い出す。最初は、青峰のプレイに憧れて、1on1で毎度負かされて、それでももっともっととせがんだのは楽しかったからだろう。果たして楽しかったのはバスケか、自分の及ばない領域に挑むことそれ自体か。負けることを知っているようで知らない黄瀬は、ある意味黒子とは初めから相容れなかったのかもしれない。彼に、赤司がいなければ自分は君と会話する所か目も合うことも、黒子テツヤという存在を知ることすらなかったんですよと話したことがある。黄瀬は不思議そうな顔をした。彼は青峰の相棒としての黒子しか知らなかったから、そんなもしもは想像も出来なかったらしい。青峰が変わってしまう前から、黒子のバスケは消えかけていたことなど知る由もない。

「…誠凛でするバスケは、僕にとっては楽しいですよ」

 婉曲に、だけど断言する。誠凛にいる今の自分はバスケを楽しいと思う。反面、黄瀬といたあの頃のバスケを楽しいと振り返ることは黒子には出来ないのだと。
 黄瀬にも、帝光を出て、黒子と再会してから色々なことがあった。その中で彼に生まれた気持ちの変化に黒子自身触れてはいるけれどどうにも慣れない。帝光のバスケを思い出として語るには、まだ整理がきちんと出来ていない。その整理を着けるということが、黒子にとってはキセキの世代を倒して日本一になるということに他ならない。
 黄瀬は黒子の言葉を受けて、暫し沈黙した。楽しいという言葉を、自分の認識するそれとズレがないかを確認するような時間。黒子は黙って待っていた。

「…俺も、海常のバスケ楽しっス」
「それは良かったです」

 この言葉の持つ意味は、先程の自分が放ったものとさほど大差ないのだろう。黒子は自然と良かったと口にしていた。勝つことが楽しいのではない。勝てたら嬉しい。勝たなくてはならない試合もある。だがそれだけではないことを、黄瀬はなんとなく察してくれているのだろう。それが、中学時代、黒子がキセキの面子に気付いて欲しかった第一でもある。
 眩し過ぎる光に焼かれて、影さえ残さず消えるような鮮烈さを思い出す。黒子がそんな鮮烈と例えるのは今目の前にいる黄瀬ではなく嘗ての相棒のことだ。今尚眩しく輝き続ける奇跡のような彼は、孤高と呼ぶには如何せん人間くさい。結局は孤独に飽きたが故の怠惰である。あの光には、まだ何もかもが遠い。黒子ひとりで向かい合うには。
 誰も彼もが眩しかった。自分以外の全員が光だった。だけど、誰かが黒子に囁いた。黒子だって光なのだと。だから、折れかかっていた脚を叱咤してまた走り出した。それを支えてくれたのは間違いなく誠凛のチームメイトだ。疑問を呈してくれたのは、嘗ての光。
 目の前に座っている黄瀬を見つめる。彼も黒子にはとても眩しく映る存在のひとりだ。そんな彼が、光だとしても小さ過ぎる輝きしか放てない自分に纏わりつくことがやはり疑問で仕方がない。彼が寄越す好意は、黒子にはいつだって不可思議なものとして目の前に差し出されている。

「黒子っち?どうかした?」
「…少し、昔のことを思い出していました」
「昔?」
「中学の頃のことです」
「どんなの?」
「どんなの…ですか…。…よくわかりません。思い出そうと目を閉じると、瞼の裏が眩しい光に覆われてしまったみたいに真っ白くなるんです」
「何も見えないの?」
「そんな感じですね」
「それは真っ黒とどう違うの」
「…黄瀬君?」

 寂しそうに、黄瀬が言う。眩しさも暗闇も、視界を奪うならば大差ないではないかと。そして黒子はなんとなく、黄瀬は自分の考える光というものが結局は闇として心に傷を負わせたのではなどと勘ぐっているのだろうと目星を着ける。当時の黒子の葛藤など理解出来ないにもかかわらず。普段陽気な正確が前面に出ている所為か、こうしてふとした瞬間に翳りを帯びた思考はいやに突飛な方向に向かってしまうから厄介だった。

「真っ暗ではありませんよ」
「どうしてわかるの」
「温かいから。冷えて抱えていられなくなった時もあるけれど、とても温かかったことを覚えているから、きっと真っ暗ではありません」
「そっか、」
「はい」
「ねえ黒子っち」
「何でしょう?」
「俺も少しは黒子っちの中に、温かく残ってるのかな?」

 へにゃりと力無く微笑んだ黄瀬に、黒子は一瞬虚を突かれたように瞳を大きく見開いて見せた。何を今更、とは声には出せず、変わりにまるで呆れたかのような息を吐き出してしまい、自分でも失態だとすぐに気付く。

「ちゃんと、残っていますよ」
「……、」
「今だって、こうして黄瀬君は僕に沢山の温かさを寄越しているでしょう?」

 触れてなどいない。だけどちゃんと伝わっていることもある。不思議で仕方なくはあるけれど、黄瀬が黒子を好いているという気配は、確かに黒子へと届いている。眩しすぎたあの頃から変わることのなかった想い。今にならなくては、黒子は受け止めることが出来なくて、少しだけ申し訳ない。
 断ち切ってしまった光を、今こうして淡くしてまた繋ぎ合わせていく。嘗て影が寄り添った光ではない。影など伴わずともただ光同士が触れて溶け合ってしまうようなささやかな熱を分け合うように、黒子は初めて自分から黄瀬の手に触れた。
 驚いたように固まってしまった黄瀬の温度がやけに心地良くて、黒子は微睡むように瞳を閉じた。



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そうやってひかりを模してゆく
Title by 匿名様/15万打企画





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