※青黒+火


「嫌いですと言ったらさも当然のようにこちらを見て嘲笑うのに、寂しいと言って泣いたら困ったような顔で手を伸ばしては引っ込めるのを繰り返すんです。おかしいですよね」

 手の中で、細身のシャープペンをくるくると回しながら、黒子は目の前の火神に問い掛けにもなっていない疑問を投げた。疑問というより、確認に似た言葉。もとより返事のしづらい言葉だと、黒子自身最初から承知している。
 黒子の前に座る火神は自分の席に着いたまま、背を向けながらも話は聞いているらしく、文になっていない曖昧な言葉を漏らしている。
 黒子が誰の話をしているのか、火神にはちゃんと分かっている。分かっていて、その誰かに対する自分が持つ数少ない情報のピースを繋ぎ合わせながら、想像つかないことだという結論に行き着いて、結局よく分からなくなる。青峰が、黒子だけに見せる態度がそれならば、火神自身が分かる必要のないことだとも思ってはいる。
 嫌いだから離れた訳ではないという黒子の言葉を、火神は決して疑ってないない。だが離れたという事実が齎した現実は、たぶんお互い予想以上に冷たくて、だけど予想だってしていたに違いない程度に難しくこんがらがっている。解くのは、火神の役目ではない。

「嫌いになったのか」

 火神は何度も、黒子に問う。黒子はいつだって、青峰から離れたがっているように映るから。嫌いだから離れた訳ではないという。ならば、離れたから嫌いになることもないなんて断言は出来ない。
 火神が繰り返す問いに対する黒子の解答は、いつだってどうにも揺らがない。

「嫌いになれると気付いてしまったので、それが、ただ悲しいと思います」

 随分と遠くの人を好きになってしまったと嘆く黒子は、きっと青峰を好きなまま此処にいる。
 離れなければ良かったとは、微塵も思わない。それでも寂しいと隙間風が吹き抜けるようにがらんと寂れてしまった胸の内を、黒子は否定しないし隠しもしなかった。
 当たり前のように、青峰と隣り合っていた頃のこと。それでも手を伸ばさなければ掬っては貰えなかったことを知っている。いつからかその手すら触れ合わなくなったことを知っている。戻りたいとは思わないし、そうすべきでない。ならば何処か、新しい在り方を模索しなければならないと思った。お互いがまだ、想い合っている限りは。
 青峰にも、自分にもバスケしかなかった。黒子は、自分にはバスケすらなかったかもしれないと自嘲するときもあった。少なくとも、バスケにもし意思があるのなら、それは青峰を愛しているに違いないとは思っている。
 狭い世界で、己しか確固たるものとして信じられない青峰が悲しくて、黒子は彼から離れた。世界は青峰が思っているよりもずっと広いのだから、そんなにふてくされることはないのだと教えてやりたかった。不相応な願いかもしれないと思えども黒子はそれを選んだ。
 しかし、実際に世界の広さを痛感したのは、青峰ではなく黒子の方だった。火神と出会い、誠凛の先輩等と出会い、自分もまだ捨てたものではないと気付かされた。仲間とは、心地良く温かい存在だと教えられた。
 青峰がいなくとも、バスケは出来る。知っていたけれど、伴う事実がなかった。青峰と出会わなければ開かなかった世界がある。世界はひとつではない。黒子はひとり。だから選ばなければならなかった。そして、実際迷いなく選んだ世界は、正しかったのだと思える程度には、黒子の欲しかったものが在った。
 黒子が欲しかったものなんて、当たり前に普通にバスケをしていたのならば、きっと意識せずとも手に入るものだ。必ずとは保証されないが、場所と面子によってある程度確保される。ひたむきな姿勢、勝利への純粋な欲、信頼し合う仲間など言葉にしてわざわざ探す必要などなさそうなものばかり。しかし、黒子は中学時代、これらを手にすることは出来なかった。ひたむきさは才能に飲まれ、欲は執着と当然になり信頼は自信の中に消えた。楽しくなかった。
 こうして振り返ると、黒子の中学時代が暗いものだったように聞こえるが、そんなことはなかったと彼は否定する。ただ人間は、楽しかった沢山のことよりも、ひとつの嫌なことに対しての方が雄弁だから。

「僕はバスケが好きでしたし、青峰君が好きでした。でも段々とバスケが嫌いになって、青峰君のことは変わらず好きでしたけどそれ以上に寂しいと感じるようになりました。青峰君にも直接言ったこともありますよ。伝わったかどうかは知りません。あの頃の僕等の距離感はひどく曖昧でしたから」

 言って、黒子は火神に微笑んだ。火神は黙った。
 悲しいことを言いながら微笑む人間は、諦めてしまった訳ではない。諦められないのに、どうして良いか分からないから、笑って苦しい胸に詰まった空気を抜こうと必死になるのだ。
 火神は、黒子が諦めの悪い部類の人間だと承知しているから、黙っていることしか出来ない。安い慰めは、黒子と青峰が本当に離れてしまった時に考えよう。もし、そんな日が来たら、きっと混乱して何も言えないかもしれないけれど。
 距離を置いても、心ばかりが細く千切れず繋がっているふたりに火神が出来ることなんてない。それでも、今目の前にいる黒子テツヤという友人の為に出来ることなんてバスケで青峰に勝つことしかないのだろう。
 困難だとは思えども、不可能だとは思わない。なにしろ、火神もまた黒子に負けず劣らず諦めの悪い部類の人間であるからして。黒子の願いなんてものは、自分達の願いの中の通過点に過ぎない。叶えてやれないはずがないのだ。



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さみしがり虫
Title by『にやり』





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