※帝光時代



「やらかしてしまいました」

 普段通りの無表情で、だけども多少の付き合いがある人間ならばわかる程度に、眉をハの字に下げながら、黒子が言った。黒子の言葉を聞いた紫原は、数回周囲を見渡して、一応今の言葉が自分に向けられたものであるかどうかを確認する。最後に手にしていたポッキーで自身を指しながら、黒子本人に確認した。
 黒子は、困っていたような顔から一転、拗ねたように紫原をじとりと睨む。威圧感は全くないのだが、紫原は黒子の意とすることを察したらしく誠意の籠もっていない謝罪を贈った。

「僕だってたまには自分から君に話し掛けたりしますよ」
「でも珍しいでしょ?」
「そんな僕たちの仲がこんななの、僕が原因みたいに言わないでください」
「別にそんなこと言ってないけどー」

 こんななの、と称された仲を、紫原は否定しない。黒子と紫原は、お互いを嫌悪しているわけではないのに仲は悪かった。遠巻きに眺めているだけで知れる断片的な情報を拾い繋ぎ合わせただけで理解出来たこと。
 自分たちは、根本的な部分がハマらないように出来上がっている。だから近付けばそれだけ違和感ばかりが目についてきっと嫌いになるしかなくなるだろう。
 出会う前から少しずつ積み上げてきた価値観を覆すほどの劇的な運命を感じるような相手ではない。そんな相手だったら、ちょっと気持ち悪いなと思う。
 会話を交わすだけなら、時折だけど、楽しいなと感じることもある。隣で歩くことに気軽さを覚えたことも確かにあった。だが紫原と黒子が一緒にいるには、バスケがどうしても必要不可欠で、どうあっても邪魔だった。見解の相違と済ませた二人の隔たりは、きっとこの先も飛び越えることは叶わない。そもそも飛び越える気がない。二人とも、現状に不満がなかったから、目指す理想の関係なんてものもまたありはしなかった。

「…で、やらかしたって何を?」
「追試です」
「あれれ、黒ちん馬鹿だったっけ?」
「馬鹿とも天才とも言い難い凡人ですよ。すいませんね」
「黒ちんそれ逆ギレ」
「ふん、」

 自覚ある黒子は、珍しい横暴な態度で紫原の反論を強制的に終わらせた。用件はまだこの先なのだから。
 成績に、秀でた箇所も劣った箇所も特別見いだせない黒子のテスト結果といえば平凡極まりないものだった。平均点のギリギリ上を行く、ある意味高等な成果を中学に入ってから繰り出し続けた。それでも黒子の中で得手不得手はしっかり区分されているらしく、黒子は現代文がわりかし好きだったし得意だった。
 読書好き。恐らくこの一点だけが起因しているのだと思う。平凡ながら、テストでは毎度現代文の点数が一番ましだった。
 だが今回、追試となってしまった教科もまた現代文だった。黒子はテストでケアレスミスを頻繁に犯す。テスト返却の際に教師たちはよくこれさえなければなあとぼやくが残念ながらこのままだろうと黒子は既に諦めている。いくら見直しをしても、不思議なほど気付かない。勿体無いといえば勿体無いが、それでも平均点は上回っているのだから問題ない。黒子の生活の中心は勉学ではなくバスケなのだから。
 だが今回、是正する必要はないと投げたケアレスミスにより自分で自分を窮地に追い込んでしまった。情けない。後でやろうと飛ばした記述式の問いを、見事なまでに解き忘れた。一番配点の高かった問題らしく、解答欄も一番スペースを取っていたのに、黒子はすっぱりその問題を最後まで見落とし続けたのだ。
 いつまでもテスト当日の自分を恨めしく思っても仕方がない。切り換えようとこの先のことを考えても、明るく楽しいことなんてひとつもなくて、黒子は結局テスト当日の自分を呪いたくなる。寧ろひっぱたいて奮起させてやりたくなる。
 追試は放課後に行われる為、どう足掻いても部活には遅れてしまう。一応一軍レギュラーである黒子は顧問への報告は必須である。それは仕方ないとして、キャプテンである赤司への報告も必須であるのだから、黒子は気が重くなる。
 追試があるので部活に遅れると言っても、赤司は何も言わないかもしれない。しかし、彼にじっと見つめられるかもしれないと堪らなく面倒だ。非難も軽蔑も落胆も、どんな色も浮かべずに彼は微笑んで心底とも言えない激励をくれるだろう。それが、黒子には虚しく思える。

「黒ちんは赤ちんに追試って言いに行くのが怖いの?」
「怖くはないです。赤司君は怒らないでしょうし」
「あー、かもね」
「赤司君、僕が追試でも何も言いませんよ、きっと」
「……そっかなあ」

 紫原は、面倒ですと連呼しながら部活の時間になればあっさりと赤司に用件を告げてコートの中に戻っていくであろう黒子の姿を想像して、そのふてぶてしさに心の中で拍手をする。
 黒子の言い種では、赤司が彼のことを何とも思っていないように聞こえる。紫原に赤司の考えが分かるはずもつもりもないから、勝手な憶測でしかないけれど。紫原が見てきた限りでは、赤司は結構黒子を気に入っているように思えた。黒子には、そんな赤司の気持ちなんて存在すら気付けないものだろうけれど。
 黒子としては、赤司が自分の力を見出したことを、彼に取ってそれなりに役立つ駒を拾った程度にしか認識していないのだろうと曲解している。赤司が、ちゃんと黒子テツヤというひとりの人間を見つけ拾ったと思っていることを、紫原はなんとなく知っていて、だけど黒子の誤解を質そうとはしない。結局拾ったと思っていることに変わりはないので、黒子の機嫌は直らないと思ったからだ。

「黒ちんは赤ちんのこと嫌い?」
「君の考え方は極端ですね」
「そう?」
「…嫌いじゃないです。僕は誰のことも嫌いとは思っていません」

 まだって言葉が抜けてるよ、とは言わなかった。黒子の赤司や紫原やその他に対する思い込みは意外と根が深くて、口巧者でない紫原には到底掘り返して正しく説いてやるのは不可能だ。
 ろくでもない誤解をされている赤司に、紫原は同情をひとつ。相変わらず面倒くさいと嘆いている黒子の頭をがしがし撫でる。やめてくださいと手を払われて、何故か安心する。こんなに元気なら、大丈夫だろう。
 あんまり赤司を蔑ろにしていると、追試まで勉強を見ると嫌がらせに近い方法で構いに来るかもしれないよ、と黒子に忠告してやらなかった理由は、そんなところだ。
 紫原は、後日黒子に薄情者と罵られることになる。


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叱ってくれると知っているので
Title by『ダボスヘ』





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