偶然の出会い頭に分かりやすく目を見開いて、そのまま踵を返して逃げようとするから反射的に追い掛けて捕まえた。そうしたら意地でも顔を合わせまいと俯いていじけたようにスニーカーの先で地面を蹴っているから、氷室はどうしたものかと思案する。子どもと呼ぶにはもうだいぶ大きいのだけれど、実際年下であることや身長差などを加味して、氷室は目の前の黒子を構ってやりたい部類の人間なのだと判断した。チームメイトの紫原や弟分の火神と同い年である黒子は彼等に比べて幾分小さい。小さいから弱い訳ではないと承知しているが印象ばかりは拭えない。見た目の線の細さだとか存在感が元来希薄だから、見失わないようにじっと視線を黒子に固定する氷室に、黒子は益々居心地悪そうに顔をしかめた。

「こんにちは、黒子君だったかな」
「こんにちは、氷室さんでしたよね」

 礼儀は弁えている風であった黒子がこんな返し方をするのだから、随分といじけさせてしまったらしい。でも先に逃げ出したのはそっちだろうにとは思うだけにしておく。
 氷室は、割と扱いづらいタイプの人間と馬が合う部分があった。それは偏に氷室自身が扱いづらいタイプの人間だから。同族嫌悪ではなく寧ろああそうくるのかという好奇心が動く。他人の所作に機嫌を左右されるタイプではないので、どちらかといえば面倒見の良い人間だと言われるのだろう。
 何故ここまでいじけてしまったのかは分からないし、そもそも何故逃げられたのかが分からない。図体はでかいがそれなりに可愛い氷室の弟分の相棒は、どうやら自分にはまだ心を開いてはくれないらしい。氷室のチームメイトである紫原は彼とは意見がどうあっても合わないと嘆息していた。その割には話題に上げることを惜しまないし話のネタも尽きなかったから、きっとそれなりに仲が良かったのだろう。紫原に言えばそれを黒子本人に言ったら自分はきっと呆れられるか警戒されるか嫌われるからしい。どれにせよ、最悪じゃないか。そんな会話を思い出して、氷室は取り敢えず紫原の話題は出すまいと決めた。

「タイガは元気かな?」
「凄く元気です。有り余る元気をバスケにぶつけすぎて授業中は寝ています」
「それはダメだな」
「困った限りです」

 目線は合わせてくれないが、火神が氷室と兄弟分であったことを知っている黒子は、氷室が知りたがった火神の日常を端的に説明してやる。バスケ、バスケ、睡眠、食事、バスケ。兎に角、火神の日常はバスケに埋もれている。詳しく説明する必要も方法もない。楽しくて仕方がないと、馬鹿みたいにバスケに勤しむ火神の隣に、黒子の日常がある。だから、黒子の日常を説明する言葉だって、火神のものと大差ない。ただ、読書とマジバのバニラシェイクを足しておいてくれれば満足だ。
 黒子はそんな自分の日常に満足しているから、新しい刺激はあまり必要ないと感じている。例えば、相棒の兄弟分という、自分には直接の繋がりのない相手と二人きりで会うとか、そういう気まずいばかりのイベントはいらないと思うのだ。自分達の、現在の最大目標を考えれば、いつか必ず会うべき場所で会うことになるのだから。

「黒子君は俺が苦手かな?」
「判断基準がないので何とも言えません」
「一度も俺を見ないのに?」
「これは予防線です」
「へえ、なんの?」
「僕が、貴方を羨ましがってるなんて誤解されない為の」

 そして、黒子は漸く顔を上げて氷室の顔を見た。忌々しげに寄せられた眉は、氷室に対してというよりも自分の発言に対してだったり、その発言の原因となった背景だったりするのだろう。敵意はないから、氷室は何も言わずに黒子の次の言葉を待っている。この辺りは、火神と違って大人びて映るものだと、黒子は密かに感心した。

「分かりやすく言うと、僕と火神君が凄く仲良しだったのに氷室さんが来たことで火神君を取られて寂しいんだろうと決めつけた仲間が僕を構い倒すので僕はちっとも寂しくありません」
「成程ヤキモチか」
「そう結論付けられるのが腹立たしくて顔を見たくなかったんですよ」

 顔を見たくないとはっきり言うのは駄目だっただろうかと黒子は一瞬真面目に考えるが直ぐにまあいいかと居直る。
 別に黒子は寂しくなかったし、兄貴分である氷室によって火神の相棒としての自分が揺らぐとも思っていなかった。火神の過去は、彼が生きている限り必ず彼に着いて回るものだから、自分が特別感情を動かす必要はないことだし、しても無駄なことばかりだ。黒子にだって過去はある。今、普通に会話に興じたり、向かい合ってすれ違ったままだったり、あの頃より少しだけ仲良くなれたキセキのみんなと過ごしてきた過去がある。そしてそれは、それだけのことでしかない。帰りたいとは微塵も思わない過去。そこに火神の意見などないように、黒子も何も意見などない。

「氷室さんに会ってから僕は散々です」
「そんなに?」
「寂しがりだと思われてしまいました」
「イヤなの?」

 僕はみんなのこと好きなので嫌ではないです。照れもせず淡々と言い切った黒子に、氷室はこれはまた面白い子だと笑みを浮かべる。初対面では年齢より落ち着いた雰囲気だと思ったのだが、予想以上に子どもらしい一面があったらしい。
 可愛いなあ、敦に教えてみたいなあ、タイガに色々聞いてみたいなあ、連れて帰りたいなあ、欲しいなあ。むくむくと育ち始めた興味と好奇心とが混じり合って欲求に変わる。でも連れて帰ったら紫原が嫌がるか、黒子が嫌がるか。何より自分の可愛い弟分が寂しがる。ならば今はやめておこう。
 脳内で、目の前の黒子を構いたい衝動に従って算段を繰り広げている氷室を、黒子は訝しげな瞳で見つめる。今の氷室の目は、どこか見覚えのある厄介な色を帯びていた。それは、最後まで、また今でもそりの合わない昔のチームメイトがよく自分の前で浮かべていた色に似ていた。そういえば、この人は彼とチームメイトだと思い出して心底逃げ出したくなった。
 目的の為なら手段を選ばないらしき男を前に、黒子はもう一度散々です、と呟いた。



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意思表示のつもりでした
Title by『にやり』





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