※黒子←黄瀬要素あり



 火神と黒子はまあ仲良しだ。彼等をとりまく共通の知り合い達は恐らく口を揃えてそう言うだろう。実際どちらもまだまだ子ども臭さの抜けない頃であるから、二人のやりとりは幼稚極まりないし、穏やかではないことの方が多いのだけれど。
 クラスでも、前後の席に陣取って、気遣いもなく馬鹿でかい図体の火神の方が黒子の前に座っているだけでも日頃の口喧嘩はなかなか絶えない。黒板が見えない、寝ていれば起きろ、プリントを早く回せ、等々、背後から毎日の様に苦情を送り続け、時にはシャープペンで背中を突いたり刺したりしてくる黒子に火神は毎日の様に怒りを爆発させている。あまり賢く出来上がっていない頭では、最初から臨戦態勢を整えている黒子の毒舌に勝てた例がなかった。それでも、既に反射として染み付いてしまった部分もあって、今日も火神は後ろの席で澄ました顔をしながら自分の背中を突いてくる黒子に声を荒げて振り返る。

「地味にいてえからシャープペンで突くのやめろ!」
「惜しい、今日は鉛筆ですよ。芯が折れないように力加減しながら突いてるんです」
「知るか、どっちにしろやめろ!」
「…ふん、耐え性のない人ですね」

 加害者でありながら拗ねるように鉛筆を筆箱に戻す黒子に、今日も火神の溜息が増えていく。今時鉛筆を持ち歩く女子高生も珍しい。問題はそこではないが、自分への悪戯のバリエーションを増やす為であったらそれはそれで質が悪い。授業終了間近から、休み時間になってもそのまま机に付して眠っている火神を、黒子は高確率で放って置いてはくれない。休み時間なんだから何かお話しましょうと、言葉は軽やかに、表情筋は動かさず誘ってくるのだ。しかも話題の提供は火神任せで、何もないと断れば話題性のない人ですねと眉を下げて火神を見る。黒子と会話していると、疲れるし、自分には何かと無い物が多すぎるように言われるし、散々だ。
 そんな黒子でも、休日の試合明けだったり、朝練の際に監督がスキップをしていたりした時には何も言わずに火神をそっと寝かせておいてくれる。言われずとも疲れていると見て分かれば、黒子は火神に余計なちょっかいを掛けたりはしなかった。そして火神は、こういう所だけはちゃんとマネージャーなのだなあとしみじみ感じ入っている。体育館から出れば選手とマネージャーという立場から離れている風に振る舞う二人は、結局の所どこまでもバスケを介して繋がっているのだった。
 教室で、あまり目立たない黒子と、いるだけで目立つ図体の火神がじゃれついているのを遠巻きに眺めながら、クラスメイト達はまるで兄弟のようだと、だけども少し冷や冷やしている。だって、血の気の多い火神のことだから、うっかり頭に血が上って、黒子に手を上げたりしたらそれはもう大惨事だ。黒子は細い。体の線とか、食事の量とか、ありとあらゆる面を見て貧弱な印象を与える。ほっせえなあ、と零した火神に無言で見せた力瘤は、全く以て出来ていなかった。しかしその実性格だけは図太かったりするのだが、それは黒子と付き合いの長かったり深かったりする人間じゃないと気付かない。
 取り敢えず、火神が黒子への報復に彼女の頭を鷲掴むようにして髪をぐちゃぐちゃにして戯れる度に、クラスメイトの誰かしらは彼女の首の骨の心配をしているといった具合だった。ぽっきり行ったらどうしよう。この一点だけが、まるで兄弟のような二人が、火神は男で黒子は女だという決定的な事実を辛うじてクラスメイト達の中に残し繋ぎ止めていた。それもあくまでクラスメイト達の中である。肝心の本人達は、今日も性別や体格の差などお構いなしに小突き合っているのだ。

「聞いて下さい火神君。昨日告白された回数が記念すべき100回を突破しました」
「おーすげえな。黄瀬もよく頑張るよなあ、お前相手に」
「端から黄瀬君からと決め付けて掛かるのはやめて下さい。まあ黄瀬君からなんですけど」

 黄瀬君の前世はきっと大好きな飼い主に先に旅立たれてしまった大型犬に違いありませんよ。机の中を漁りながら、黒子は脳裏に黄瀬のへらりと笑った表情を思い浮かべ、直ぐにゴールデンレトリバーにすり替わってしまった映像に自分で首を傾げる。違和感がないとは何事だ。
 そんな黒子の前に座りながら、彼女の机に肘を着いていた火神も考える。普段黒子にへらへら笑いながら好き好きアピールをする黄瀬を思い浮かべ、直ぐに黒子っちひどいと愚図る情けない表情へとすり替わってしまった記憶に火神も首を傾げる。いつの間にか見慣れていたとは何事だ。面倒極まりない。あれは普段自分を黒子の傍に纏わりつく悪い虫扱いをするくせに自分が黒子に手ひどく跳ね返されるとあっさり同情を求めてくるから鬱陶しい。

「お前黄瀬であんまり遊ぶなよ」
「失礼な、毎度真摯に断りの言葉を選ぶ私の苦労を労うべきでしょう」
「あー、それはまあ、なあ?」
「黄瀬君は、私が火神君と付き合うくらいなら青峰君と付き合ってくれとまで言い出しましたよ」
「何でそこで俺を出すんだよ!?やめろよ!」
「全くですよ。火神君や青峰君と付き合うくらいなら降旗君と付き合いますよ」
「何でだよ!?いや、別にいいよ!」
「冗談です。お茶目が過ぎましたね」

 お茶目とか、お前その無表情のままで言うなよと思ったが火神は黙っておいた。だってたった数分の間にえらく疲れてしまったから。このままじゃあ次の授業も睡眠学習になりそうだ。だがそうすれば、また後ろの黒子に背中を突かれて同じようなやり取りをして堂々巡りに陥って最終的に火神ひとりが息を切らして疲労感に打ちひしがれるのだ。
 こんな質の悪い女を野放しにしておくなんて危険極まりない。火神の極端な被害妄想を取り入れた発想は黒子への認識を些かおかしな方向へと持っていく。黄瀬なり青峰なり降旗なり誰かさっさと彼女を貰って自分から引き離してくれれば良いのに。そう思う反面、奴らの手には負えまい、と変な自負が沸き上がってきて、もう暫くは自分が黒子のお守りをしてやらなければならないのだろうと、火神は諦めにも似た気持ちを抱いていた。実は黒子も火神に対しては自分が面倒を見てあげなければと妙な使命感を持っている。火神と黒子は、変な所で似た者同士だった。
 そんな風にして、お似合いな二人は子どもらしく戯れながら今日も楽しく過ごしているのである。



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レモンが遠い
Title by『にやり』





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