大袈裟に主張したい訳ではない。だが社会であったり集団であったり、他者とほぼ強制的に関わりを持たなければならない場所や時間の中で、自分が安らげる場所を確保したいと願うのはわがままではないと黒子は思う。もともと、一人でいることの方が多いタイプだった。苛めとかそんな他人の干渉の所為ではなく、黒子の持ち合わせた性質がたまたまそういうパターンを多くさせたのだ。黒子は自分の薄さをわりかし早い段階から受け入れていて、活かしていて、満足していた。他人のテンションに合わせてはしゃぐのが苦手な黒子には、うってつけの性質ともいえた。
 だが、それは結局黒子自身にしか影響を与えなかった。黒子がいくら薄いからといって、同じように薄い人間が傍に寄ってくる訳でもなく、気付く人間は気付く。そうして黒子の意志やら気分なんてお構いなしに巻き込んで振り回して放り出す。困ったものだと、黒子が眉を顰めれば相手も負けじとお前だってかなり他人を振り回す部類の人間だと言う。黒子には、よくわからなかった。
 黒子はぼんやりするのが好きだった。自分の席に座り、ぼんやりと窓の外を眺める。視界に映り込む景色は曖昧で、それが心地よかった。黒子がぼんやりとするのは、読書に集中した後だったり、昼食を食べ終えた後だったり、手持ち無沙汰な待ち時間を消費する為だったりする。暇そうに映るし、実際暇なのだけれど、黒子には充実した時間の一つであるから、大した用事もないのに邪魔をされるとそれなりにむっとする。だから、よく黒子の機嫌を損ねて無視をされて、ひどいひどいと喚くのは、黄瀬であるのだが、彼は本当に学習しない人間だと、黒子を始めキセキの面子に揃って呆れられている。黒子は、気紛れであるから、構いたければ構うし、構いたくなければ構わないのだ。それを、黄瀬は未だに理解しないのである。だが、黒子の気分などお構いなしに彼を構い倒して乱すのが青峰である。
 大会前の、ミーティングだけで部活が終わる日。体育館や部室ではなく教室で行われることになったそれに参加するべく、黒子は一人廊下を歩く。バスケ部が使用すると前もって伝達済みらしく、普段学級の教室として賑わっているそこには既に生徒の姿はなかった。ついでに、肝心のバスケ部員の姿もなかった。
 一番乗りならば好きな席に座っても良いだろう。黒子は窓際の席に陣取って、またぼんやりと外を眺める。部活に勤しむ生徒達の喧騒も、さわさわと風に揺れる木々の葉の音も、全てが遠い。見つめているが見ていない。そんな夢現な状態の黒子の意識を引き戻すかのように、すぐ近くで椅子を引く音が響いた。はっとして首を振れば、いつの間にか隣にはダルそうに青峰が座っていた。

「よう、早いなテツ」
「……なんでそこ座るんですか」
「はあ?」
「もっと席余ってるじゃないですか」

 四十余りある席の、一つに座っている自分の隣を選ぶことないだろう。黒子は思いついたまま、失礼だとは思いもせずに青峰に尋ねた。だって青峰は結構傍若無人な人間であるから、他人の話をあまり聞かない。正直、ミーティングだって来ないんだろうなと黒子は思っていた。出なくとも彼は試合には出る。腹立たしさはあるが実力社会ならば彼は間違いなく頂点に立つ人間だ。人の上に立つタイプではないし、人間性ならどちらかと云えば底辺を争う人間だとしてもだ。
 そんな青峰だから、真面目にミーティングに参加なんて有り得ないだろうし、ならば直ぐ帰れるようにドア付近にでも座ったら良いのにと思う。あと正直に云うと、青峰だけではないが、あまり馬鹿でかい図体の人間に近くに居座られると妙な圧迫感があるから嫌なのだ。特に、いちいち性格に難ありなキセキの連中に囲まれたら黒子はもう辛抱ならないくらいに面倒なのだ。

「青峰君、ドア付近の方が楽でしょう」
「あの辺いつも赤司いっからヤダ」
「赤司君に失礼ですよ」
「んなことねえよ」

 本当に、青峰は人の話を聞かない。黒子の意見を聞いてくれない。それなのに、青峰は黒子によく喋り掛けた。黒子の意見を否定しながら、彼は黒子に近付いた。自分の言葉、考えだけを投げつけるように、黒子に押し付けた。黒子は、避けることが出来なかった。投げ返すことは出来ても、それは青峰に届く前に落ちてしまうと気付いていたから、いつからか受け流すことを覚えた。虚しさばかりが募る、無意味な会話ばかりが増えて、黒子はその大半を忘れた。ただ、青峰が自分の傍に来る度に訪れる圧迫感と、言葉を交わした後の寂寥感だけは消えず黒子の内側で積み重なり続けている。たぶん、この寂寥感が限界を越えて溢れるならば、それは自分が青峰大輝という人間を嫌いになった時だろうと、黒子は思っている。
 青峰は、黒子の内側で巡る思考などお構いなしに彼を振り回す。それは、青峰が黒子以上の身勝手さで、構いたいと思うから構っているだけ。そこに多分に含まれる黒子への好意を、青峰は勿論自覚していた。自覚しているから、猶こんなままなのだ。

「テツの傍は落ち着くんだよ」
「…僕は疲れます」

 さらっと流れた、のろけ染みた会話に、これまたいつの間にか来ていたのかわからない黄瀬がきゃー、と女子みたく姦しい悲鳴をあげて喚いている。やはり彼は学習しない。黒子は黄瀬に呆れた振りをして、関わりたくないという体を装って机にうつ伏せた。
 青峰の言葉が、少し嬉しかったなんて、今更認めても仕方ないことなのだから。勝手に自分を振り回す青峰への恨めしさと、結局未だ青峰の全てを流すことの出来ない自分の甘さを悔やむように、黒子は唇を噛んだ。



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Title by『ダボスへ』





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