※黒子が女装して黄瀬がそんな黒子を超可愛いと思ってます。



 これはひどい。黄瀬の部屋にある鏡の前で全身を映しながら黒子は内心でひとりごちた。どこで調達してきたのかわからないウィッグだけは何の違和感もなく黒子の頭に乗っていて、それが逆に黒子には気に食わなかったりする。持ち主不明の中学時代の制服はまごうことなき女物で、しかも自分にピッタリのサイズであることが益々黄瀬への不信感となって募る。
 わかりやすい話、黒子は現在進行形で女装をしているのである。当然黒子の趣味ではなく、かといって黒子にそれを要求した黄瀬の趣味かと聞かれればそれほどの情熱がこの奇行に注がれている訳でもない。単なる気紛れだと思いたいが、その一つ一つに黄瀬は黒子では信じられないほどはしゃぎ入れ込むのだから質が悪かった。
 黒子の後ろから、鏡を覗き込んでいる黄瀬は、何の不自然さもなく少年から少女にその風貌を変えた恋人を声高に褒めちぎっている。耳元で喚かれて、正直うるさかった。うんざりだと視線で訴えてもポジティブかつ都合の良いように黒子の意見を歪曲して捕らえる黄瀬にはあまり効果がなかった。

「黒子っち可愛い!可愛い!女の子みたいだけど女の子より可愛い!」
「意味がさっぱり分かりません」
「いやマジでモデルの女の子とかより断然黒子っちのが可愛い!」
「目、腐ってるんですか」

 そんな感想じゃあ、何の為に女装させたのか、その意図も探れやしないしそもそも女装した意味がないのではないか。まあ実際それほど深い意図があっても困るのだが。ただこういった女の子を連想させることをされると、黄瀬のように自分にポジティブな考え方をさせてやれない黒子としては不安ばかりが増えていけない。男同士、恋人。人前で胸を張って宣言出来ない二人の関係を、黒子は顔には出さないし言葉にはしないし後悔も反省もしないのだけれど、不安には思う。只でさえモデルとして女の子に絶大な人気を誇る黄瀬だから、今すぐにでも黒子を捨てて普通の男女のお付き合いを開始することだって簡単に出来るのだ。女の子と付き合いたいとか思わないんですかと黒子が黄瀬に尋ねると彼は決まって泣きそうになりながら黒子を不実だと詰って結局泣いてそれでも抱き締めて離さないのだ。
 ハグもキスもセックスも出来るけれど、黒子は男だから、自分の中に黄瀬の子を宿してやることだけは出来ない。自分が仮に、今鏡に映り込む姿の印象そのままの性を授かっていたとして、やはりまだ子どもの身であるから、身籠るなんてことは出来ないのだけれど。でもきっと今より何倍も気楽な気持ちで黄瀬と付き合えることだけは確実だと思えた。平凡な自分が、何かと派手な黄瀬に釣り合うかだけは永遠に悩まされる事項ではあろうとも。

「黒子っちこのままデートしよう!絶対ばれないから!」
「何馬鹿なことぬかしてるんですか」
「だって手繋いだりとかハグしたりとか、堂々と出来るッスよ!」
「……泣いていいですか」

 一瞬、遅かった。ぽたり、フローリングに落ちた水滴は一滴だけ。あとはとっさに顔を押さえたブレザーの袖口が吸い上げてくれる。黄瀬の返答など待たずに、黒子は勝手に泣いていた。黒子は泣きたいと思っただけだったけれど、気付けば涙は次から次へと勝手に溢れだしてくる。
 ぽかんと間抜けに口を開けていた黄瀬は突然泣き出してしまった黒子に慌てだし、原因を理解しないまま謝り倒し、抱き締めて背中をさすったりするものの、一向に泣き止まない黒子を前にどうしようもなく立ち尽くしていた。
 そんなに女の子が良いんですかと、問い詰めてやりたかった。尤も自分が女の子だったとして、手を繋ぐこともハグも人前でなんてどっちにしても嫌がると思いますけどねだとか、それじゃあ結局黒子テツヤとゆう人間自体が君には見合っていなかったんですねごめんなさいだとか、罵倒の言葉はどんどん浮かんで来るのに、今の黒子は止まらない涙をなんとか堰止めようとするのに必死で喋るなんて到底無理だった。涙の所為。だが反面、黒子は涙に感謝する。荒んだ感情の儘に言葉を吐き出せばきっと黄瀬を傷付けて、後味の悪さだけを残して終ってしまうのだと思うから。少なくとも、黒子はまだ黄瀬を好きなままだから、良かったと思う。
 黒子っち、と黄瀬が顔を覗き込む気配がして、反射的に袖口で目元を隠したまま顔を背ける。黄瀬は悲しむだろうけど、黒子だって悲しかったし情けなかった。
 女装だって当然嫌だったけれど、馬鹿げた戯れで終わるなら苦い経験と済ませることだって出来たのだ。でも黄瀬が、自分の中に女の子を探しているのなら、それは悲しいことで、看過出来ないことだった。だってそれは、男である自分と、黒子テツヤとゆう人間と付き合っている事実を受け入れているようでいて結果的に拒んでいるのと同義だった。勘ぐり過ぎだと言われても、黒子の思考回路はそう捕らえた。惨め惨め。悲しい酷い。詰らないけど、思ってはいる。黄瀬はいつだって不誠実だと。好きだと言ってくれたのは黄瀬。頷いたのは自分。それなのに、結局自分ばかりが不安に駆られてぐるぐると考え込んでは折角の二人きりの時間に亀裂を入れた。折角の二人きりの時間に恋人に女装を要求するのもどうかとは思うが。

「黒子っち、ごめんね?謝るから泣かないで?」
「黄瀬君は…、僕のこと好きなんですか、」
「好きだよ。大好き」
「どうも」

 安い言葉でも、好きな相手が自分に向けてくれるだけで幾分安心するのだから、自分も単純だと思う。泣いたくらいで慌てふためく黄瀬を愛しく感じたのも事実だから、いい加減泣き止んであげよう。今ならきっと涙もあっさり止まりそうだから。

「黒子っち、やっぱり外出はやめよっか」
「当然です。この格好で外に出て君の隣を歩くくらいならこの格好のまま君とセックスした方がマシです」
「そうなの!?」
「冗談ですよ。どっちも嫌に決まってるでしょう」
「えー」

 何故かがっかりしている黄瀬が腹立たしかったので、振り返り彼の臑を軽く蹴っ飛ばしてやる。焦って謝りながら黒子っちが相手なら格好は気にしないと言い切った黄瀬に、問題はそこじゃないと思いながらも内心少し嬉しくて、照れ隠しに被っていたウィッグを顔面目掛けて投げつけてやる。オマケにキスでもしてやろうかと考えて、止めた。キスはするよりもされる方が好きだからなんて、なんとまあ甘ったるい考えであるが、黒子は割と、気に入っていたりするのだ。他愛ない、こんな二人のことも。



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ちょっとくらいの不幸なら抱きしめる所存です
Title by『にやり』





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