※ギンジロウ不在/シズカ+スズネ



 巴シズカの朝は待つことから始まる。まずは食堂で、朝食のトレーを受け取り席に着いて同じ小隊のメンバーを待つ。テッペイやジョニーが朝特有の倦怠感を纏わせながらやってくるなか、シズカの背筋はぴっしり伸びている。それでも柔らかな雰囲気を漂わせ、やってきた仲間に朝の挨拶をする。食事は小隊ごとにまとまって取るという暗黙のルールの下、その上にハーネス第二小隊の隊長は毎朝のように寝坊をするので先に食べてしまって構わないという暗黙のルールを作りそれに則って箸を進める。トメさんの用意してくれる食事はいつも通り美味しかった。
 小隊内で唯一の女子生徒であるシズカの行動は迅速だ。見た目の雰囲気とは裏腹にとよく形容されるが、気遣いのできる人間であるが故、致し方ないことだった。小隊の仲間と行動を共にするということは、隊長の人柄も手伝って強制されるのではなく雰囲気で決まっていくこと。いわばなんとなく、いつの間にかそんな風になっていたということであり、適宜連絡を入れて行動を制限することはない。他の隊員同士ならば男子寮内で声をかけて出掛けるタイミングを見計らうこともできるだろうが、生憎シズカはひとり女子寮だ。できるだけ先んじて行動することを心がけ、同じハーネスの仲間たちが学園へ向かう姿を見送る。時折、寝坊の常習犯のスズネを隊に抱えるカゲトラと世間話で時間を費やしたりもする。それにしても、シズカの隊長である無敵ギンジロウの朝寝坊は毎朝のように繰り返されている。余裕を持って費やした身支度を台無しにするように、小隊全員で学園に向かって走った回数も少なくない。
 それでも、ギンジロウに付き添うシズカの表情は穏やかな微笑を崩さないままだった。

「シズカはそれでええの?」
「……? それで、とは?」
「もっとこう…ギンジロウにガツーンっと言ってやらなとか思わへんの?」
「ええ。特には…」
「ウソやーん、毎朝ぎりぎりまで待たされたり、スワローで甘ったるいココア飲まされたり、うちの隊に吹っかけた勝負に付き合わされたりしとるやん、ほんまになんとも思わんの?つらない?」
「うふふ、振り回されてるように見えます?」
「あ、悪口とかと違うんやけど…」
「ええ、わかっていますよ」

 女の子同士の会話になると、時折ギンジロウの評価は割れてしまう。ハーネスには欠かせない実力者であることは認めるが、シズカのように静々と付き従うほど完璧な人種ではないと彼に勝負を挑み全敗に甘んじているスズネは思っている。二人とも、小隊内に同性の仲間がいないため、女子寮の中ではよく話をする。話題は自然と自分の小隊の話であったり、相手の小隊のことを尋ねてみたりと似たり寄ったりだ。勉強やウォータイムの敵仮想国の話題は、スズネの方が小難しい話はしたくないと放り出してしまう。一緒に宿題をすることもあるが大抵はシズカが先に終わらせてしまい、待たせては申し訳ないとまだ終わっていない自分の宿題をスズネが放り出すことによって勉強タイムは終了してしまう。
 スズネがシズカに提示する疑問は、彼女に受け止められることなく一蹴して発言者の元に戻ってきてしまう。どうしてギンジロウにふり回されてばかりでそんな穏やかにいられるのだろうかと。スズネはどちらかといえばギンジロウと同種の人間だ。自覚したくはなかったが、カゲトラやタケルに自分が如何に小隊の面々を振り回しているか呆れ、からかわれてしまえば認めざるを得ない。それでも、そんな自分を上手くコントロールして使いこなしてくれるのが我らが小隊長、乾カゲトラであるから問題ないとふんぞり返ってもいる。
 だがシズカはどうなのだろう。スズネは首を傾げる。自分のような人間が小隊長で、果たして隊員たちは不満なくついてきてくれるだろうか。想像しても答えはノーだ。だから猶更疑問は深まる。強さだけで、セカンドワールドの外での奔放は許容されて然るべきなのだろうかと。シズカに限らず、第二小隊の面々全員に通じる疑問ではあるのだけれど。

「そうですね…。確かに、カゲトラさんとは…我々の隊長はかなりタイプが違いますね」
「せやろ?ギンジロウの隊に配属されとったら、うち毎日喧嘩しとったと思うわ」
「お寝坊さんが二人とあっては残りの二人がとても大変」
「うあああ!そこは堪忍してー!朝ってなんや夜よりめっちゃ眠いんやもんー!」
「うふふ、そうですね。でもそんなスズネさんをカゲトラさんは放っておけない」
「んー?」
「私も、放っておけません」

 強さだけを理由に挙げるわけではない。きっとギンジロウは、スズネがイメージする理想の隊長とは外れている。彼女は思った以上にカゲトラに懐いているのだろう。自分の一番身近な隊長像を理想とすることは悪いことではない。ただ、それならばシズカが隊長と認める像もまた彼女の一番身近な存在を当たり前としていることも理解してほしい。
 寝坊はするし、我が道を行くタイプであることは否定しない。それにただ付き従うことを疑うこともない。けれどそれは強いられているからではなく、築き上げた信頼があるからだ。ギンジロウの背中についていくことに迷いはない。流石に、マシュマロ入りの激甘ココアを毎度一緒に飲んであげることはできないけれど。

「ふーん、なんやようわからんけど…」
「何ですか?」
「シズカはギンジロウが大好きなんやなあ」
「ええ、もちろん」
「うーん、なんや正確に伝わっとらん気いするけど、まあええわ」

 肩を竦めるスズネにシズカは微笑んだまま、困ったように首を傾げてみせた。伝わっているつもりだっただけに、踏み込まれなかったことは幸運かもしれない。
 待たされてばかりの朝と、追い駆けてばかりの放課後。
 ――それでも我々の隊長は――振り向いてくれないわけではないんですよ。
 たったそれだけのことを上手く伝えることがシズカにはできなかった。隊員のことを蔑ろにする隊長では決してない。我が道を行くということは自分勝手とは違うのだ。それをシズカはわかっている。姿勢よく、無駄口を挟まず、笑みを崩さずギンジロウの後ろに付き従う。それは彼が好きだからと指を差されても否定はしない。
 時折振り返ったギンジロウが自分の名前を呼んで、手を伸ばして、一緒に行くことを前提に導いてくれること。その力強さを好いていることもまた嘘偽りのない、シズカにとっての真実だった。



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あらら、あらわ
Title by『おどろ』


20131118



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