思い出の中で歪められてなどいなかった。どれほど天才的な技量で以て年齢にそぐわぬ能力を発揮していようとも、目の前にいるフリット・アスノという少年は、見た目に反することなどなく子どもだった。あの頃、ミレースの心の中に罪悪感として巣食い続けてとうとう今日まで消えることのなかった虚無がまた少しずつ彼女の心を浸食し始める。
 フリットは、突然現れたミレースの姿に混乱しているようだった。それもそうだろう、今この瞬間にも、駆け出してブリッジに行けば25歳のミレースが仕事をしているはずだった。艦長服に身を包む50歳のミレースを前にして驚かずにいる方が難しい。それでも、あのフリットならもしかしたらと思ってしまう自分がいたことに、またこの子を都合の良いように解釈しようとしていたと、ミレースは自嘲する。フリットは子どもだった。その事実だけを彼女は刻まなければならないと思っていた。自分たちは子どもを戦場に駆り出してあの戦場を生き残ったのだということを忘れてはいけなかった。

「…ミレースさん、艦長なんですか」
「あら、あっさりと受け入れるのね。随分と非現実的な事態だと思うのだけれど」
「だって、確かに、夢見てるのかもしれませんけど、でも目の前にいるじゃないですか」
「――そうね」

 フリットの質問には、質問を返すことで答えることを避けておいた。世界が変わることを信じて戦っている、より良い未来を信じているフリットに、何よりここを現在としている彼に未来のことを語って聞かせる気にはなれなかった。
 ――貴方は今も戦場にいるわ。あのアンバットで、ヴェイガンを人間じゃないと否定した心のまま、見ていて怖いくらい、一途なまま。
 置き去りにしてしまったのかと悔やみたくなる。悲痛な叫びで、フリットが銃を構える姿を忘れたことはない。銃を降ろしなさいと、幼子に言い聞かせるように咎めたことも。そんな穏やかな状況ではなかった。あのままフリットが引き金を引いていたとしても、誰一人彼を間違っていると責める資格などなかったことだろう。ただまた無責任に、大人のくせにと何人かは己をせめて、何人かは彼を子どもなのに大したものだと持ち上げる。ミレースはいつだって前者にいて、しかし具体的にフリットに忠言を与えたことはなかった。突然飛び出した宇宙と遭遇する敵に対処するのに精一杯だったという、如何にもな理由ならある。
 その度に、戦いの中でフリットを案じながら見守ると決意した少女の真っ直ぐな瞳が蘇る。子どもだからこそだったのかもしれない。己を曲げるのではなく、変わっていく強さ。定めて行く道。成長期を迎えていない、小柄でミレースよりも低い位置に在る頭が懐かしい。今ではフリットを撫でてやることなんてとても出来やしない。正式な軍人として志願して間もない頃のフリットにもしも打ち明けられていたとして、果たして信じて貰えるだろうか。今の貴方は、あの地球連邦軍総司令部、ビックリングの総司令官なのよ、と。
 ノーラ出航からいつだってビックリングの司令官たちの腑抜けた姿勢はフリットたちを苛立たせてきた。それが、少しずつ変わってきていることは間違いなく彼の成果と呼べるだろう。大人になったフリットがそれを成した。先人の大人たちは成さなかった。その怠慢を、未だにミレースは嘆いている。
 癖のある髪を撫でながら、ミレースは子どもであるフリットをまた鮮明に心に刻む。誰もが子ども時代を過ぎて大人になる。その一般は、大人が子どもを子どもとして扱って初めてそう語られるべきことだ。フリットが子どもとしてそれらしく生きていた時代は、きっとノーラにやって来る以前の7年間が関の山。戦争を知らない人間が暮らすノーラで、悪意と憎悪、悲劇と痛みをその身に刻んでいたフリットが己の幼さをもどかしく感じることこそあれども謳歌し、大人を振り回していたようにはとても思えなかった。ミレースもまた、ノーラが襲撃されるまではただフリットの能力に感嘆していた。彼が積極的にガンダムの製造に打ち込んでいること、その異常性と悲しさに、形ばかりの平和の内に気付いてやることはとうとうできなかったのだ。

「あの、ミレースさん」
「何かしら」
「格好いいですね、その、似合ってます。艦長の服とか、帽子も」
「…ありがとう」

 女性を褒めたことなどないからなのか、フリットはどこか照れ臭そうだった。自分がディーヴァの艦長に就任することに対してミレースは運命なんて少女染みたロマンを感じたりはしないが、もっと醜悪な因果ならば働いているのかもしれない。そんな後ろ暗い感情は、目の前のフリットにはとても晒せそうにない。
 そして、やがて生まれてくるこの少年の息子に手を焼いている現状を思い出す。今思えばこのフリットもなかなかに無茶をしでかす少年で、それをうまくコントロールしていたグル―デックの采配はやはり見事だった。きっと自分は、彼等のように英雄にはなれない。未来の為に突き進むエネルギーが、恐らく残っていないのだ。けれど、せめて未来を生きていくべき若者たちの命が虚しく散るだけの時代にならないように、戦うしかない。

「――フリット」
「ミレースさん?」

 小さな体躯を抱き締めた。こんな細い体で、ディーヴァを、多くのコロニーに住まう人たちを守り抜いてきた。それでも救世主たるには足りないと、戦い続けるフリットを、ミレースはやはり身勝手に力不足を理由に放り出す。彼に寄り添う少女がこの先も決して心を違えないことを知っている。そのことに勝手な救いを見て安堵する姑息さが悲しかった。
 フリットが作り上げたガンダムが、この悲しい時代を象徴する何よりの偶像のように思えて、ミレースはまたひっそりと罪悪感を募らせながら込み上げそうになる嗚咽を噛み殺した。




解けない魔法がないのなら、いっそ生を終わらせて欲しかった
Title by『告別』
20130430



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