柔らかな金髪と、透けるような白い肌が教えてくれる。目の前にいる、自分よりも幾分背丈の低い少女が、大切な少年の祖母であることを。少女は腕の中に見慣れたハロを抱えている。ウェンディもまた、その腕にハロを抱えていた。それが少女を――エミリーを随分混乱させているらしい。彼女の幼馴染が作ったペットロボと瓜二つの物を見知らぬ人間が抱えていればそれは驚くだろう。ウェンディは逆に、ハロがずっと昔から変わらぬ姿で存在していることに驚いていた。もしかしたら何度か修理やアップデートは施されているのかもしれないが、見た目的には何の変化も見つけられない。

「…あなた、それ、どうしたの?」
「――それ?」
「あなたが抱えてるもの、ハロ、それはフリットが――」
「与かってるの」
「与かる…?」
「そう、この子、目を離すとどこか行っちゃうことがあるから、私の大切な人が戦場に出ている間、見失わないように私が抱えているの」

 ウェンディの答えに、エミリーは驚きで眼を見張った。それもそうだろう、ウェンディの言葉は、そっくりそのまま今のエミリーの状況に当て嵌まる物なのだから。戦場に飛び立つキオを信じて待ちながら、自分の戦いをするウェンディと同じように、嘗て大切な人をもう二度と失わないという叶わない誓いを胸に戦場に降り立ったフリット・アスノという少年に、命を懸けて寄り添う覚悟を決めた少女。ウェンディが知っているエミリーの姿は、背筋の伸びた、穏やかでいて未だ凛と立つ老婦人といったものだった。当然のことであるはずなのに、自分と同じ子どもの時代があったなんて実感が湧かなかった。
 エミリーが身に纏う赤い軍服は、ウェンディには馴染みのないデザインだった。もしかして、学校で看護を専攻しないままディーヴァに乗り込んでいたらエミリーと同じ軍服に袖を通していたのかもしれない。そうなったとき、果たしてウェンディの戦場はどこにあったのか、ただ見守るだけの、待っているだけの不安になんてとてもじっとしていられないから、彼女は今の自分を肯定する。それは決して、目の前のエミリーを否定しているわけではない。
 ウェンディは、キオの祖母としてのエミリーには殆ど会ったことがなかった。忙しい人なのだという。時にはロマリーと共にコロニーのトルディアに仕事で出向くこともあるそうだ。そこには以前アスノの邸宅が在ったということだから、その頃の名残として仕事場が残っているのかもしれないとさして興味の湧かない頭の片隅で考えたこともある。
 きっとここから始まったのだと、ウェンディはエミリーを見つめる。エミリー同様、フリットともキオを介さずに話したことはない。けれど今キオに寄り添いたいと願うウェンディにとって、目の前の少女はある種のルーツとしてそこにいる。特別な力など持ちえなかった。それでも生き抜いて、命を繋いで、寄り添い続けるその途中。エミリーが、その選択肢を選ばなければ、きっとウェンディは何処にもいなかった。キオと出会わず、願いもせず、生まれたときから周囲を取り巻く戦争の気配に希望を見出すこともできなかった。戦うことの恐ろしさも、失うかもしれない不安も、他人事のように捉えたままあっさりと死に絶えていたのかもしれない。別に感謝をしに来たわけではない。けれど準えてみたかった。それは純粋な好奇心であり、憧れとは違っていた。キオがフリットから受け継いだガンダムで目指す場所はきっと祖父とは違う場所、ウェンディもまたそこに着いて行く、それだけだから。

「――怖くないですか」

 畏まったのは、愚問だったから。欲しい答えなどなかったし、エミリーの答えをウェンディは知っている。

「怖いよ」
「……うん、そうだよね」
「貴方も、怖いの?」
「うん、だって大切だから」

 大切な人が死んでしまうかもしれない場所に行ってしまうことが怖くない人間なんているだろうか。向き合った二人の少女は、心に別々の人間を思い浮かべながら己の無力さを嘆く。けれどそこに蹲って、留まり続けることもできないから、彼女たちは自分の意志で、その足で歩き出した。少年たちが振り返ることもせずさっさと進んでしまうのならば走ればいい。独りになど、絶対にさせてやらない。
 憚りもせず、けれど本人を前にして言うことのない想いを唇に乗せて、ウェンディはエミリーに微笑んだ。それは、無邪気な子どもの笑顔ではなくて。本音とは裏腹に、抗えない現実の中で己の道を定めた人間の、全てを受け入れる決意の笑みだった。だからきっと、エミリーはその笑顔に自分の影を見るだろう。そして、もしもウェンディが、今よりもずっと先の時間を生きる少女だと知っていたのならば、それだけの時間が過ぎても終わることのない戦争に絶望していたかもしれない。だがそれは知らないことだから、エミリーはただ同じように微笑み返した。
 交わせる言葉はいつだって戦場では少なすぎる。もっと大切な言葉があるのではと躊躇している間に擦れ違う。この出会いもきっとそう。けれど、取りこぼしたものもありはしないような、そんな気がしている。二人の腕の中で大人しくしていたハロが突然声を上げる。此処にはいない、だが今も戦っている少女たちの大切な人の名前を、高らかに呼んだ。



棘を食むおんな
Title by『告別』
20130430



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