その人は、確かにひたむきであったのだとキオは知っている。
 14歳の祖父が作り上げたというガンダムを見上げながら、キオはただ感嘆の声を上げるのみだった。7歳から14歳。その年齢に追いつくまで、キオの人生はあと数か月。一体どのように日常の時間を割けばこのようなことができるのか。純粋に偉業と湛えても構わないだろう。しかしフリットは、機体の完成こそが目的ではないのだと浮かれるような、工作に勤しんでいたわけではなかった。

「ガンダムの特性にAGEシステムとのリンクがあるんだから、結局戦闘データが取れなきゃ宝の持ち腐れって奴だよ。UEの奴らは直ぐそこまで来てるんだ。戦わなきゃ、意味がない」
「でもじいちゃんが戦う必要ってあったの?パイロットの訓練受けてたわけじゃないんでしょ?」
「あの時は非常時だったんだ――って君さっきから何なの?年下?だからってじいちゃんって呼び方は失礼だ」
「あ、え、その……ごめん」

 ハロを弄りながら、片手間に会話していたフリットが耳聡くキオの自分への呼び名を聞き咎めた。微妙な年齢の女性を老人呼ばわりして憤慨するような激情ではないが、まだ14歳である自分を老人呼ばわりするこの少年は一体何なのだという探るような視線にキオは申し訳ないと謝るしかない。
 キオの知っているフリットとは、目の前にいる少年はあまりに若く、違っていた。髪と瞳の色は面影を残しているが、それ以外は全くの他人と言っていいほどだ。それも当然で、キオが知るフリットの姿、思想、言動に行き着くには五十年弱を経なければならないのだ。今はまだ少年のまま、しかしキオほどの無邪気さを残してもいない、歪な子どもの姿がそこにはあった。
 聞いた所によると、7歳の誕生日を最後にフリットは祖母と結婚するまで家族とは縁遠い生活を送っていたらしい。軍の施設に住まいながら、ガンダムの設計・開発に勤しみ、いざ完成が見えたと思った矢先のノーラへのヴェイガンの襲撃、ガンダムのパイロットとして宇宙に出て、戦闘を経験し、軍人として生きて行くことになるその人生を、同じくガンダムのパイロットでもあるキオですら壮絶と語らずになんと言おう。
 キオには母がいる。父も自分の生まれた日に死んだと思われていたが先日再会した。叔母もいて、祖母もいて。仕事で忙しい人たちだったけれど、何よりキオにはこの祖父がいつも傍にいてくれた。好々爺として、ゲームデザイナーとしてキオの日常に楽しみを与えてくれた。そんな人に、幼いフリットに睨むような視線を向けられて、キオは怯む。

「え、あーUEってさ、あの」
「――アンノウンエネミー」
「そう、それ、強いの?」
「…ガンダムがいれば、勝てるさ」

 ヴェイガンという呼称が定着していない時代の話。寧ろEUという呼称に聞き覚えもないキオのしどろもどろな態度を、フリットは軽蔑すべき戦争を非日常と捉える怠慢な人間の態度と勘違いしたらしい。向かう視線の鋭さは緩むどころか増してしまった。
 それでも、口先の戦争の行方への疑問には答えてくれる。救世主になる。ガンダムが、なる。フリットはそう信じている。ガンダムだけではなく、フリット自身がまた救世主になると誓うには、彼のヴェイガンへの憎しみを決定づける悲しい別れが待っているということを、この時はまだ誰も知らなかった。
 出口の見えない戦いに、貪られるだけの命に、ガンダムはきっと漸く差し込んだ光だった。14歳の少年が乗り込み飛び出していくには、宇宙はあまりにも冷淡だったとしても、子どもなのにという良識を、怠惰で以てUEの襲撃に備えなかった連中が踏み躙っていくことになったとしても、フリットは己の意思で選んだのだ。この時彼は、どのような結末を描き力を手にしたのか、キオにはそれが知りたかった。
 キオはきっとフリットが軽蔑する怠慢な人々よりも悪質だった。祖父の教育方針の影響だとして、ゲーム感覚で敵を倒してきた。人間を殺すという感覚を全く養っていなかった。用意されたステージをいかにベストのスコアでクリアするか、そればかりを考えていた。やがて知る、他者を失う悲しみに、キオは漸く目を開き、己の目で世界を見た。そして目指すと決めた先は、祖父が唱える殲滅論とはあまりに遠い。あんなにも慕った祖父なのに。あんなにも正しいと信じた祖父なのに。どうして――。

「…ガンダムは、希望だよね」
「――え?」
「ガンダムならきっと、みんなを守れる、未来をつくれる、そうでしょう?」
「……うん」

 そして僕らはわかりあえるんだという願い事は、胸にしまっておく。UEの正体が明らかになっていない時代では、夢見がちを通り過ぎて意味を成さない言葉だった。一部の、フリットを含めた聡明な人たちが、頭の片隅ではもしやと抱いている可能性を、キオが証明することはできない。
 ただどうしようもなく愚かしいと知りながら、この、小さな肩に不釣り合いなほどの重圧を背負いながら、周囲の期待に応えることのできてしまった祖父が歩む道に、悲しいことが降り注がなければいいのいという不可能を願う。
 だってキオと出会ってから、フリットは一度たりとも笑わないのだ。緊迫した情勢が続くとはいえ、ガンダムの調整から一向に手を離さない少年は、パイロットではなく整備士なのではと疑いたくなるほど格納庫から移動をしない。
 けれど、気を揉むキオをよそに、数十分後力尽くでもフリットに食事を摂らせようと肩を怒らせて格納庫に飛び込んできた幼馴染の少女に思わず自分の幼馴染であるウェンディの姿を重ねてしまって、キオは笑った。その笑顔に、気まり悪そうな苦笑を浮かべたフリットに、彼もまた孤独ではなかったのだと、せめてそれだけをキオは信じることにした。いつか彼のひたむきさが、憎悪を軸に対話を拒む悲しみに堕ちるとしても。




君の運命線上にいくつかの血溜まりがあるとしよう
Title by『告別』
20130411


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