山野バンが失踪し、それについて彼の親友である青島カズヤがある一定の理解に及んだ。そんなことを露とも知らない仙道ダイキはその言葉通り、彼等とは無関係な場所で平和とも呼ぶ退屈な日常に欠伸を噛み締めながら時折郷田にちょっかいを出したりしながらそれなりの毎日を過ごしていた。山野バンの失踪は、仙道がそんな毎日に少しばかり刺激が足りないなと退屈し始めた辺りのこと。
 休日を利用して、久しぶりにアキハバラのユジンに喧嘩でも吹っかけてやろうと足を伸ばしたのが運の尽きか。人通りの多さに辟易して裏通りに逃げ込んだ途端、耳に届く歓声と遠目に見える人だかり。それは道の中央を陣取っていて、仙道は「邪魔だねえ」と呟いてからその人だかりの中心を確かめる為に近付いて行った。
 そして人垣の隙間から見えた中心ではLBXバトルが行われていることを確認し、そのままDキューブの周囲に視線を巡らしてプレイヤーの姿を探す。映ったのは、予想外にも顔見知りの少女だった。
 川村アミは楽しそうというよりはどこか凄みを持った雰囲気で相手のウォーリアーを完膚なきまでに叩きのめしていた。実力者が集うアキハバラの裏通りをたむろしているプレイヤーといえどその程度かと嘲笑を浮かべながらも、今のアミの空気を見れば並大抵の人間では歯が立たないだろうと思い直す。その間にも、アミの対戦者は次のムシャへと交代していた。どうやら勝ち抜き戦のようだが、普段からアキハバラを縄張りにしているプレイヤーたちは突如現れた川村アミと言う驚異の侵略者に対して一致団結する姿勢を見せ始めている。つまりアミ一人対大勢のプレイヤーという図式が完成している。しかしアミも怯むどころか口元に不敵な笑みを浮かべながら立ち塞がる敵を次々と薙ぎ倒していく。終いには見物客の中に彼女のファンに成り下がる輩まで現れ始めたそのことに関しては仙道の思うことも特にない。裏通りとか、裏ランキングとか。表沙汰にならなければ割と何でもありの連中だから、本人の許可なしにブロマイドやらフィギュアなんかを作成してしまいそうだが。しかもこのアキハバラに巣食う天才ハッカーの老人辺りは喜び勇んで購入しそうだが。それはまあ、仙道にはどうしようもない部分だ。
 それにしたって、どうして川村アミはこんな所でひとりバトルに勤しんでいるのだろうか。普段ならばトリオとしてもう二人ばかし近くを固めている筈だろうに。ぐるりと周囲を見渡してもこの人垣だから、目当ての人物をこれだとすぐさま見つけることは難しい。二人の内LBXバトル大好きの奴がDキューブの縁に張り付いて自分の参加を主張していない時点でいないのかもしれないなと探すことを止めれば、不意に後ろから名前を呼ばれた。誰だとも、聞き覚えがあるようなとも思いながら振り向いた先には、そのアミとトリオを形成していた残り二人の片方である青島カズヤが立っていた。一年前とはだいぶ雰囲気が変わった姿に、仙道は未だに慣れることが出来ないでいる。
「珍しいな。あんたがアキハバラにいるなんて」
「そっちもな。……あれは一体なんだ」
「ああ、アミ?あれはまあ、憂さ晴らしというか、共謀っていうか、お節介だよ」
「はあ?この裏通りにいる連中を全員ぶちのめすまでやりそうじゃないか」
「そうなれば流石に止めるけどさあ」
 だけどアミの気持ちだってわかるから、最近複雑なんだ俺たち。そうカズは肩を竦めて見せた。何だそれはと今度は視線だけで問えばカズはちょっとややこしいから端によって話そうぜと通りに面した店に寄り掛かって仙道を手招きした。そうやって招いたり招かれたりするほど親密というか、お互いの認識が近くないと思っていたのだが初対面から時間が経つに従ってカズの中の仙道の印象はだいぶ和らいでいるらしい。無意識だが、その手招きに眉を寄せることなく従ってしまう仙道のカズに対する印象も良い方向に落ち着いているのだろう。
 アミを中心に湧き起こる歓声から少し離れて、普通のトーンの声が届く間合いまで仙道が入ったことを確認すると、カズは一言「バンが失踪したんだ」と苦笑しながら言った。仙道は間抜けにも瞳を見開いて、ぱちぱちと数回瞬くことしか出来なかった。それくらい、カズの発した言葉は突飛なものだったから。
「何だいそれは。事件なのか?」
「いや自主的失踪みたいだから。家出とは違う気がするんだけど。バンの母さんとか全然心配してる風に見えないし」
「全くわからん」
「俺も。ただこうやって今まで通り楽しくLBXやってればそれで良いんだろうなって。そうしてればその内バンも帰って来るだろうなって思って。でもアミはバンがいなくなってからずっとあんなんでさ、商店街のキタジマ模型店ってわかるか?普段大体そこでバトルしてるんだけどあんまりにアミが荒っぽいバトルするから店長から期間限定で出入り禁止になっちまったんだよ」
「………」
「学校のスラムも荒らし尽くしたし…。アキハバラ制覇したら次どうすんだよ…」
「お前が相手すればいいだろう。要は簡単に倒されなければ良いだけの話だ」
「だからヒロとかランの所でも行こうと思ったのにそうしたらアイツ嫌だって言うからさ」
「ほう…」
「ま、そっちは完全に焼きもちだよなー」
「カズ!」
「げっ…」
 いつの間にか、この場に集まった全員を制圧し終えたアミが人垣をかき分けてカズと仙道の前に立っていた。腕を組み肩にはバトルを終えたばかりのパンドラが傷一つなく鎮座している。手応えがなさすぎたのか、不満そうに眉を顰めているアミは先程のカズの発言を態度で咎めている。余計なことをいうなと、それだけはぎすぎすとした空気から十分に伝わってきて、カズは素直に謝っておいた。事実しか言ってないと反論することはこの場に於いて墓穴を掘る以外の何物でもないのだから。人垣は未だ散らばることをせず、アミが通り抜けた場所の空白を残して展開したままのDキューブの周囲に広がっている。今後の展開を知ろうとちらちらと寄越される見知らぬ他人の視線が鬱陶しい。仙道はさっさと裏通りを抜けてしまおうと、寄り掛かっていた壁から離れカズとアミに「じゃあな」と告げてこの場を去ろうとした。山野バンの失踪とは随分気になる見出しではあるけれど、自主的で事件性がなく親友ですら日常を謳歌すればその内帰ってくると言いきってしまうそれは家出よりも旅行なのではないか。そう行き着いてしまえばそれほど興味を引かれることでもない。
 だがしかし。
 そんな仙道ダイキの意図を打ち砕くように、彼の進路の前にはアミが立ちはだかった。訝しみを表情に浮かべる仙道に対し、アミは先程の不機嫌さを払拭したにこやかな笑みを浮かべている。それは少女らしい華やかさからはかけ離れた胡散臭い笑顔で、仙道の警戒心を一気に引き上げたが彼女としてもそれは望む所。そしてもう遅い。
「ねえ仙道、バトル、しましょ?」
 パンドラを掌に乗せ、仙道の前に突き出すアミ。出口と逃亡ルートを塞がれた仙道。彼の逃亡ルートをちゃっかり塞ぎながら両手を顔の前で合わせて詫びるカズ。期待の眼差しを向ける観衆。これは、全力を尽くして逃げれば負けだった。もともと此処へはバトルをしに来たのだし、相手も目当ての人物同等に手練れだ。条件だけ見れば不満などない。ただ強いられたという過程が若干彼のプライドに障るだけ。悪あがきに、ジャケットの胸ポケットからお馴染みとなったタロットカードを一枚取り出す。運命の輪の逆位置。衰退する運気、挫折、打開策のない状態。
 ――ふむ。大当たりか。
 全く嬉しくないけれど。カードを戻して、潔くバトルに応じる。今度は、純粋な笑みを浮かべたアミに少し毒気を抜かれたけれど、そんな拍子抜けはバトルスタートと同時に吹き飛ぶことになる。結果明確な勝ち負けはつかず、途中カズがショップでメンテナンスアイテムを補給してきたことによりバトルは長期化し野次馬は博打打ちへと変貌し大騒ぎとなった。結局仙道はその日を一人とのバトルに大半費やすことになったのである。裏通りに面した店の主人たちがいい加減にしろと苦情を呈すまで続いたバトルにアミは心底満足したのか、次は白黒決着付けるわよと力強く宣言してそのままカズを引き連れて帰って行った。「オタクロスの所寄って行けば何か奢ってもらえるかしら?」なんて図々しい言葉は聞こえない。聞こえていない。
 こうして仙道ダイキは山野バンの失踪を大したことではないと他人事として捉えながらも、帰って来るならばさっさと帰って来いとツンデレな立場を取ることになった。LBXは好きだがこんな切羽詰まったバトルはもう暫くは御免被りたい。そしてこの先、山野バンの失踪について情報を求め関わろうとすれば自分はまたろくでもない目に合うに違いないと確信する。
 それ故、仙道ダイキは事態を傍観することを選んだのであった。



20120819