山野バンが失踪した。そう青島カズヤが聞かされたのは学校帰りの途中ひとりキタジマ模型店に立ち寄った際の、バンの幼馴染である川村アミからの言葉にであった。
 一瞬、何を言っているんだと理解が及ばず、だが確かに今日は学校で見かけなかったなとは思った。クラスは違うけれど、そう広くもない校舎内、隣同士の教室、友人という間柄から一日中一度もバンを見かけないということは今までになかったことだ。しかし風邪で病欠した可能性でもあるのではないかとカズは思うのだが、アミ曰く失踪なのだそうだ。朝、いつも通り一緒に学校に行こうとバンを迎えに行った際、母親である山野真理絵にはっきりとそう告げられたらしい。「ごめんなさいね。あの子、昨日から失踪しちゃったのよ」と。一体全体どういう親ならばそんなことをしれっと息子を訪ねてきた幼馴染に告げるというのだ。呆れかけて、同時に脳内で再生された山野真理絵という人物像を思い起こして、ああ、でも彼女なら言うかもしれないなと脱力した。半ば女手一つであの山野バンを育て上げた人なのだから。
 しかしながら失踪とは物騒な響きだ。誘拐ではなく失踪という辺りそれは誰からの犯行声明なり要求なりが突きつけられていないからであってどちらにせよ行方不明であることには違いあるまい。警察に相談した方が良いのではないかと思うのだが、アミの口ぶりからして真理絵の態度は息子の失踪に慌てふためいた様子ではなかったようだ。まあ旦那があれだからなあとよその家庭に対して若干失礼なことを思ってしまったカズだが、子どもである以上夫婦としての許容範囲を知らないので仕方あるまい。飛行機が行方をくらまして生死不明に陥りある日突然生きていることは伝えて来たものの厄介なことに巻き込んでしまうかもしれないという不吉な言葉を残し更に数年連絡が途切れやっと一緒にいられるようになったというのに海外で研究をつづけ挙句素顔は晒さないまでもテロリズムに走っちゃった夫を未だに愛している山野真理絵という女性の懐の深さには感嘆せずにはいられない。苦渋の決断だったこととその必要性を認めたカズは寧ろ協力的な立場を取ってしまったし、山野博士の心中も辛かったと知っている。だけど、バンがそのことをどう思うかという点に関して言えば、あまり重点を置いては考えなかったと言わざるを得ない。仲の良い親子だったから、どんな危険も顧みず父との約束を果たす為に戦い抜いた彼だったから。そんな勝手な思い込みで、山野博士の行いをバンならば必ず許すと勘違いしていやしなかったか。
 後ろめたくないと言えば嘘になる。だがカズの中にある天秤は、当時ディテクターとオメガダインを天秤の両皿に乗せた時、迷うことなくオメガダインの方をより危険な存在だと認識したのだ。それはきっと、事情さえ打ち明けられればバンだって同じように思ったのだろう。だが実際にバンに寄越されたのは完全なる事後報告とLBXを愛している者の行動とは到底思えないようなテロリズム。少なからず、裏切られたような気もしたことだろう。普段頭よりも身体を使うことに長けている部類だ。ヒロやランといった後輩を導く立場にもなって以前よりは冷静な言動が出来るようになったかもしれないが、それは単にこれまでの直情的な部分が消え去った訳でなく奥へ引っ込んでいただけのこと。つまり一度難しく考え出すとおかしな方向に転がってもそのまま驀進する一直線な性格は直っていない。この辺りがバンの父親の遺伝子をしっかり受け継いだ部分だと思うのだが、たぶん本人に言ったら嫌がられそうだからこのことはカズの心の内側にそっと仕舞っておくのが良いだろう。
「――なあアミ、バンの奴どこに行ったんだと思う?」
「知らない。どうせまたアホなこと考えてるんでしょ」
「何拗ねてんだよ」
「拗ねてない。今バトル中なの。話しかけないでくれる?」
「はいはい、バトルって、一方的じゃねえか」
 店のカウンターに寄り掛かりながら、カズはアミに話し掛ける。反応は随分と素っ気ないもので、確かにバトルに熱中している人間に横槍を入れるように話しかけたカズの方がマナー違反だから当然と言えば当然だけれど。熱中するには、アミのパンドラはもう十分相手を戦意喪失寸前まで追い込んでいる。スピード重視のバトルはパンドラの機体性能上当然だけれど、その身軽さ故の手数の多さにものを言わせて相手に何もさせないというのは、アミの機嫌が悪い時に出る癖みたいなものだ。原因は勿論、バンの失踪なのだろうけれど。果たして、黙って失踪されたのが気に食わないのか。一緒に連れて行ってくれなかったことが気に食わないのか。失踪自体馬鹿馬鹿しいと怒っているのか。たぶんそのどれもが当てはまっているのだろう。対戦者はアミのただならぬ気迫に涙目だ。店長も困ったように肩を竦めてカズを見た。視線が合う。訴えらえて、わかったと片手を上げてカウンターから離れた。泣きそうな対戦者にそろそろ変わってくれと頼めば渋るようすもなく了承され、哀れな被害者となった子どもは走って店を出て行った。キタジマ模型店を敬遠するようにならなければ良いのだが。
「ちょっとカズ邪魔しないでよ」
「だってお前あれ虐めじゃん」
「そんなことないわよ」
「とにかく、俺とやった方がまだマシだろ」
「……それもそうね」
「でもその前に一つ確認。バンの居場所がわかったとしてさ、お前追いかけるか?」
「そうしたいと思うのも本音よ。でもバンがそれを望まないから私は行かない。だから腹が立つしその憂さを晴らす為にLBXでバトルすることは正直申し訳ないけどこうなったらアキハバラでもアングラビシダスでもなんでもいいわ。バンがいなくても、LBXは楽しいんだもの!」
「ふうん、なるほどね。…って不意打ちすんな!」
「相性の問題ね、接近戦タイプが遠距離タイプに間合いを測っていたらやられちゃうじゃないの!」
 会話の途中、遠慮なく攻撃を仕掛けてくるパンドラの動きをぎりぎりの所で避けながらカズはやはり考える。バンのこと。少なからず自分への当てつけがあるのではないかと思っていた。彼の父親への真っ直ぐな感情をファザコンと呼べるのならばそれも有り得たのだろう。だが、恐らくはカズへの当てつけではなくもっと単純にこれは父である山野淳一郎への当てつけなのだ。具体的にどうするのかは知らない。物理的な害を及ぼすには山野博士の現在地は不明なのだから。あぶりだすための失踪とは非効率的過ぎて考えにくい。しかしいずれ明らかになるだろう。意図も成果も、無意味に姿をくらまして周囲に要らぬ不安を与えることを良しとする山野バンではないだろうから。
 山野バンは失踪したけれど、だけども誰一人傷つく必要も心配する必要もない。取るべき行動はこれまで通りの日常を謳歌すること。そうすれば、その内ひょっこりと彼は帰って来るに違いない。こんな風に、バンの為に腹を立ててくれる幼馴染がいるし、こうして心配している自分だっているのだから。
 一先ず、そういった旨。青島カズヤは理解した。



20120818