たぶん、色々と吹っ切れてしまったのだろう。山野バンはこの連日自分の吐いた溜息を数えることに熱中していた。手にしたまま操作されないCCMの画面は直ぐに暗くなりバンの顔が映っている。随分と、覇気のない顔だった。
 始まりがあって終わりがあった。人生にではなく物事に。巻き込まれて、走って、突っ込んで、巻き込んで、走って走り抜けた。そうしたらいつの間にかゴールは過ぎ去っていてそのことに気付いてしまった途端どっと疲れが押し寄せた。若さだけでは庇いきれないものもある。若いからこそ、心にのしかかる重圧と受けた傷はやけに目につく形として残ったりもする。回復に費やせる時間が長いというのが若さの美点らしいが、傷つかないで済むのなら。健やかにのびやかにだけあれるなら。そちらの方が圧倒的に良いではないかとバンは思ったりもする。
 万事解決とは言わないが、舞台が政治の世界に移行してしまえば如何に実働部隊であったとはいえ子どもであるバン達に出来ることなどなく、事実上NICSは解散となりメンバーはそれぞれの生活の場に戻っていた。今のバンは、六年前父親が死亡したとされた時と変わることなく母親の真理絵と二人、ミソラタウンの住宅街にある自宅で日々を過ごしている。父親は、相変わらずのワールドワイド、ゴーイングアウェイ。詰まる所、自己中心的に世界規模のテロリズムをやらかしておいてあっさりと姿を消すのだから大したものだ。何だか言い方に棘があるけれど、仕方がないことだ。だってこの分では、この家で家族全員が揃って暮らせる日なんて来ないだろうから。それはきっと、バンにとっては悲しいことで、気丈な母にだって悲しみ以外の何物でもないはずなのだ。そう考えると、たった数カ月前の父である山野淳一郎の選択ミスが今になっても尚恨めしい。ディテクターなんて、また大層なアホらしい架空の組織を作り上げてくれたものだ。どれだけ根底が正しいと思われる理想に支えられていたとして、手段が間違っていては意味がない。だからテロリストのような扱いを受けたりしたんだろうに。
 どれだけそこら辺の子どもとは違う危険かつ世界の未来を担うような稀有な体験を数度にわたり行っても、バンが子どもであるという事実にはなんら変わりない。だから納得できないという感情があればその感情はいつまでも尾を引いてやがて不満となってバンの心の一角を占め始める。
 どうして最初から相談してくれなかったのだとか。どうしてLBXの兵器利用を否定する癖にその実用性を示すような真似をしたのだとか。どうしてLBXを愛する子どもたちの存在を知りながら、開発者というだけで永遠にLBXに関する全ての責任を負えるだなんて思い上がってしまったのだとか。沸々と湧き上がる疑問と糾弾は、生憎直接本人にぶつけることは出来ない。今頃どうしているだろう。純粋に心配する部分もある。責任を取って裁かれろとは願えない。不満は抱けど大切な父親であることには変わりはないのだから。
 遊び以外に道はなく、使命感などもう抱かずにLBXを操作するようになってから、バンはキタジマ模型店だとかアキハバラだとか、割と色々な場所に赴いて対戦という名の掃討行為のようなことをしている。まあ、相手がだらしなさすぎるのだということにしている。その証拠に、アミやカズだったり、ヒロやランだったりと対戦するときはどちらが勝つか一進一退の攻防を繰り広げているのだから。そうして、少し前までは仲間と呼んだ、今では友だちなり後輩なりに落ち着いた面子と一通りバトルをし終えると、バンはユウヤやジェシカともやりたいなあと思う。勿論、ジンとも。ただジンは騒ぎの決着と共にまた暫く悩むことになるだろうと思っていた。鎮静化の為と名分を失くしたLBXは遊び以外の放出の場がないから、ジンの性格からしてその中に自分の身を置いても良いか悩むのだろう。だから、その結論が出るまではバンから連絡はしない。尤も、一年前の事件が解決した直後、黙ってA国に留学されて音信不通になった恨み晴らさでかというバンのちょっとしたおちゃめ心によってバンはジンのアドレスを知らないことになっている。ジンが自分から連絡を寄越さない限りバンからは甘えても甘やかしてもやらないよというささやかな嫌がらせ。だけど多分、まだ気付いていないのだろう。A国にはジェシカもいるし、ユウヤも滞在しているようだから。
 そんな風に、意識しなければ日常とはあまりにかけ離れた場所にいる大切な人たちを時折時間をかけて思い出す。会いに行く。話をする。だけど、どれだけそうして楽しいと思える時間を過ごしてもそれじゃあまたいつかと手を振って別れた瞬間からバンの鬱屈とした脳内思考は再開される。どうやらだいぶ悪い方向に傾いて沈みかけているようだ。
 どうにかしなければ。そう思って、勉学の意味では賢くない頭を振り絞って考えた。そして思いついたのは、嫌悪と失望と愛情と尊敬をぐちゃぐちゃにしたよくわからない色で想い続けている父親に良く似た行動。気が付いて、これは嫌だなあと悪態をついた。だって、あの人と同じって。あの人って割と、人でなしだろ?
 失礼な認識だと思いながら、せめて自分はあの人とは違う筈だという証拠が欲しくて取り敢えず、真理絵に相談してみることにした。独断かつ唐突に消息不明になって家族を放ったらかすのは良くない。はるか遠方から向けられる思いやりだけでは腹も膨れないし預金残高は増えない。
 その日の夕飯の席で、真理絵にちょっとした相談事をした。明瞭にビジョンを抱いているわけではなかったから、ちぐはぐな言葉を並べ立てるだけ。伝わらなかったもしれないけれど、そこは母親の力なのかバンの発した単語を繋ぎ合わせて見事にその意味を理解してくれたらしい。そして真理恵は期限と費用、ルートと現在地、手段と根回しをもう少し明確にしなさいとアドバイスした。バンはその言葉に大人しく頷いて、残りの夕飯を平らげた。あと暫くしたら、母の手料理を食べられなくなるだろうから。これも暫くの話ではあるけれど。

「息子はね、父親を超えて然るべきよ」

 真理絵のそんな言葉に耳を傾けながら、バンはCCMと自宅のパソコンを駆使して彼女の提示した条件を満たすべく作業を進めた。明確にしなさいとは言われたけれど、たぶん大半が行き当たりばったりになることはほぼ確定事項だ。だって、どれだけ入念に準備をしたって動機があったって単に息苦しさに詰まって逃げ出しただけだと言われてしまえばそれだけのこと。だけど、だからこそ言い訳は大事なのだ。そう自分を納得させて、バンは少し外に出てくると言い残して家を出た。
 そしてそのまま、山野バンは失踪した。



20120818