※懲りずに半田が教育実習生


 学生というものは基本的に誰かしら学校にお菓子を持ち込んでいるものである。勿論学業を本分とする場所にそんな物を持ち込むことは戴けないのだが、それらを授業中に広げて貪り食う愚か者もまたいないので、教師達もそれほど目を光らせたりもしていないのが現状だ。
 だから、ハロウィンだからという理由でお菓子を交換し合ったり貰ったりしている光景がいつもより多く目についたとしても教育実習生である半田が特別咎める必要もまたなかった。何カ月か後に訪れるバレンタインの時にだってきっと似たような空気が漂っているに違いない。ただ、バレンタインと違ってハロウィンには恋愛的要素が全く絡まない為、流れる空気がこちらの方が若干穏やかだとは言えるだろう。
 半田は授業を終えた後、教室から職員室へと戻る廊下を緩慢に歩いている。がやがやと休み時間特有の騒がしさに満たされた空間の中、半田は遠くから聞こえる「トリック・オア・トリート!」だなんて形だけの菓子を乞うお決まり文句を耳に捉えながら、さて自分達はどうだったかなと一人記憶の海へと沈んでいく。自分の母校で教育実習をすると、つい回想ばかりしてしまうのが宜しくないと思う。
 半田達が中学生だった頃のハロウィンは、やはり今とそう変り映え無く、コンビニに並ぶハロウィン限定パッケージのお菓子を雰囲気に飲まれて購入してみんなと分け合っていたり、生真面目で周囲のノリに合わせるのが苦手な鬼道や豪炎寺に「トリック・オア・トリート」とけしかけて最初から悪戯目的だったりと割と楽しんでいた。本場の正しい楽しみ方とはずれていたのかもしれないが、日本には生憎ハロウィンはそれほど浸透していないのだから仕方ない。余談だが、中学二年のハロウィンを経て、中学三年生の時の鬼道と豪炎寺のハロウィン装備は凄まじかった。誰がいつお菓子をせびりにいっても尽きることなくお菓子を差し出し続けた彼等は暫くの間サッカー部員にやたらとお菓子をせがまれることとなった。主に、円堂と壁山あたりだったが。
 ――まあまあ楽しかったんだな。
 半田はそう長くない思い出を振り返りそう締め括った。正直、ハロウィンが楽しかったのか、馴染んだ面子と悪ふざけ出来たということ自体が楽しかったのかは、今の半田には分からない。思い出は風景としては浮かぶけれど、その時の感情や意識をそっくり思い出そうとしたってパレットに広げた絵の具のようにぐちゃぐちゃで、たった一色、原色を取り戻すことなど出来はしない。振り返る立場の自分の気持ちが、どうあっても介入して邪魔をする。

「Trick or Treat!」

 回想と思考の狭間にいた半田の意識を引っ張るように、今日学校中で発せられている同様の言葉よりも幾分流暢な発音で紡がれたものが半田の近くで響いた。振り返ってみれば、ああやはりと思う少女が満面の笑みを浮かべて半田に右手を突き出していた。

「半田さん、お菓子をくれないと悪戯しちゃいますよ!」
「半田先生ね。学校で先生にお菓子をせびらない」
「お固いですね。ハロウィンですよ?」
「ハロウィンでも、だよ」

 つまらないと頬を膨らませている豪炎寺夕香を尻目に、半田はつい止めていた職員室へと向かう歩を再び動かし始める。その隣にぴったりと並びながら、夕香も半田と同方向に用があるのか歩き出す。彼女が自分に懐いて纏わりつくのなんていつものことだと割り切っている。それを鬱陶しく思うほど、半田は人手無しではなかったし、周囲に女の影がある訳でもなかった。

「豪炎寺さん、発音良いね」
「英語は得意科目だよ!」
「成程ねー。……そういや、豪炎寺も英語得意だったよなあ」
「豪炎寺?」
「ああ、兄貴の方だよ。紛らわしくてごめん」
「名字で呼んだりするからです」
「俺は先生だからね。……半人前だけど」

 隣から自分を見上げてくる少女に、教師という仮面は如何にも脆く役立たずなのだけれど半田は事有る毎にこうして教師の仮面を被って夕香との距離を測ろうとする。大抵、墓穴を掘って上手くいかないか、それ以上に夕香が半田との距離を詰めてくるかのどちらかだ。

「……夕香ちゃん、次の授業は?」
「自習です!なんと、二時間連続です」
「あー…、じゃあちょっと此処で待ってて」
「…?はーい」

 いつの間にか職員室前まで辿りついていて、そこに夕香を待っているよう頼み半田は一度中へと戻って行く。半田に待たされるという珍しいケースに、夕香は少しばかり落ち着かない。いつもは夕香からずいずい半田へと近付いて行くのがお決まりのパターンだったのだ。
 だがそんな落ち着かない時間もそう長くはなかった。

「ごめんごめん、はいこれ」
「……飴ですか?」
「さっきトリック・オア・トリートって言ってたよね?だからお菓子」
「ああ!あー、…ええ!?」
「え?どうかした?」

 あげる、と夕香の掌に落とされた複数の飴を見ながら、夕香は納得いかないと言いたげに大声を上げた。半田は予想外の夕香の反応にびくりと肩を揺らした。しかも此処は、職員室前なのだから尚更。

「お菓子持ってるって何ですか!」
「何って!?」
「普段は腹減ったとか言ってうなだれてるくせに!」
「うん!?」
「これじゃあ半田さんに悪戯出来ません!」
「そっちが目的だったか!」

 悔しそうに歯噛みして、夕香にしては珍しい支離滅裂な暴言を吐く。逆に半田は夕香の魂胆を理解してこちらも声を荒げた所を盛大な溜息へと続けた。そこまで悔しがるだなんて、一体どんな悪戯を企んでいたのやら。自身の経験から、学校へと向かう途中、今日がハロウィンだということを思い出して、わざわざコンビニに立ち寄って来て本当に良かった。

「夕香ちゃん」
「…はい、何でしょう」
「トリック・オア・トリート」
「え」
「…って俺が今言ったら、夕香ちゃんは何くれたのかな?」
「え…えっと…教室に戻ればチョコとか…」
「つまり今はないってことかー」
「うっ!半田さんだって職員室に戻らなきゃ何も持ってなかったじゃないですか!」
「冗談だよ。何もしないってば。…あと、半田先生ね」
「今更ですよ、もう!」

 未だ不満げに唇を尖らせている夕香に、半田は少しからかい過ぎたな、と反省する。いつもは年上や教師といった立場形無しに彼女の振り回されている気がするので、ちょっと意趣返しとばかりにけしかけてみただけだったのだが。こういう所は、まだ夕香の幼さが抜けきらない部分だろう。
 気付けば、休み時間は終わっていて。いくら次が自習とはいえ他のクラスが授業中なのに生徒が廊下をうろついているのは何かと問題があるので、夕香に教室に戻るように促す。彼女は始終、頬を膨らませ唇を尖らせ、それでも半田に貰った飴を大事そうに両の手で抱えながら踵を返していった。
 そんな夕香の背中を見送りながら、「若いなあ」なんて呟いてしまう半田は、きっともう自分は彼女の様にハロウィンに心を躍らせるようなことはないのだろう。それでも、もし来年も自分の傍に夕香いるのならば、未だハロウィンにはしゃげる彼女がいる内は。半田は彼女の為にだけ、ハロウィンだからと称してお菓子を用意してもいいかも知れないと、そう思った。



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苔はわたしの胸にもはびこる
Title by『ダボスへ』




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