時計の針が進む速度はいつだって変らないというのに陽の沈む速度は日に日に速くなっていく。夏ならばまだまだボールを追いかけていた時刻だというのにもうボールが見えなくなってしまうからと最近では部活の出来る時間が短くなってしまうことに大半の部員は物足りなさそうな顔をしている。その筆頭はキャプテンでもある円堂だが、風丸も彼同様風邪を引かないようにと汗を拭いながらも身体に残る疲労の浅さに走り足りなさを感じている。冬はジャージから制服に着替えて帰るのがなんとも億劫で、時々もうそのまま帰ってしまう連中も数人いる。親からは鞄に仕舞って持って帰った学らんが皺になってしまうだろうとあまり良い顔をされないと知っているが、冬の夕刻に吹き抜ける風の冷たさに比べたら親の小言の方がまだマシだと思える。
 風丸も今日はまだジャージのまま、帰宅するか少し自主練と称して走り込みをしてから帰ろうかを悩みながら、部員達の帰り支度の輪の中に混ざりながら考える。校庭を走るか、家に荷物を置いてからそのまま直ぐランニングに出ようか。いつもの習慣ともなりつつある、支度を終えてから校門を出る流れはスムーズで、意識を別のことに向けていても器用に別れの言葉も部員同士交わしている。やはり残ってグラウンドを数周走ってから帰ろうと決めて、校門のところで普段一緒に帰っている円堂に今日は一緒に帰れないという旨を伝えようとした瞬間、もう日の暮れた中を一人で帰路に着こうとしている秋の姿が目に留まる。
 次の瞬間、風丸は円堂に一緒に帰れないという言葉を告げたものの、その脚はグラウンドには向かわずに秋を追いかける為に駆け出していた。

「木野!」
「……風丸君?」

 歩いている秋と、足の速い上に走っている風丸とでは間に在った距離も直ぐに縮まる。声を掛ければ思っていたよりも大きくなってしまい、秋も一瞬肩をびくりと震わせた。そのことに小さく「悪い」と謝罪すれば秋は気にしなくていいと微笑んだ。周囲は暗くてはっきりと相手の表情すらもうよく見えないけれど、ふっと息を吐いた彼女の気配から風丸はなんとなく秋の口元が緩んだのだと察した。
 そのまま秋の隣に並んでどこかに寄って行くのかと尋ねればノートとシャープペンの芯が切れてしまったから商店街の文房具屋に寄って行くとのことだった。それにしたって、夜道と呼ぶにはまだ早い時間帯とはいえ暗い道を女子中学生一人で歩こうとするのは如何なものか。部活が早めに切り上がったとはいえ、それはあくまでこれまでのサッカー部の平均部活終了時刻から見ればの話だ。他の学生たちがこぞって下校する時間帯からすればもう既に十分に遅い時間である。
 わかっていない筈はないと思いつつ注意すれば、秋は穏やかな空気のまま「風丸君ったらお母さんみたいね」と呟いた。サッカー部の母親的存在でもある彼女にそんな風に言われてしまうと自分が相当なお節介焼きと思われた気がして、風丸は段々と気恥ずかしくなってきてむぐっと口を噤んでしまう。その後、心配してくれたことへの礼を言われていなかったら風丸は機嫌すら右斜め下に降下させていたかも知れない。それをさせなかったのは、秋の纏う空気がいつだって優しくて今この瞬間にだって温かく風丸を繋ぎとめているからだと思う。気を付けて帰れよなんて置いて行けない。秋の人柄がそうさせるのか、風丸の人柄がそれを選ぶのか。風丸はきっと前者に違いないと思っている。

「買い物があるとはいえ…。木野が帰り一人って珍しいんじゃないか?」
「そう?そんなに珍しくないよ。普段はあまり寄り道とかしないし…」
「それはその…ほんとすまない」
「いやだ、風丸君ったらなに謝ってるの?」

 くすくすと、今度は声まで上げて笑っている秋を尻目に見ながら、風丸はこうして直ぐに暗くなる冬の間だけでも部員の寄り道を減らして女子も一緒に下校するべきかもしれないと普段の自分達の下校風景を思い返す。特訓や病院やそもそも車で送り迎えだの纏まりはなくともなかなか真っ直ぐに帰る連中があまりに少ない。駄菓子屋やコンビニやゲーセンにまで寄っていたのでは予定もなく直帰する人間は途中までとはいえ一緒に帰りづらいだろう。
 それでも、風丸は今まで秋が一人で下校しているイメージなど殆ど持っていなくて、何故だろうと考えてみて、どんどん記憶を遡って行って漸くだって木野は一人で帰ったりしていなかったのだと思い出す。少し前までは、彼女の幼馴染の二人が一緒に下校していた筈だ。今は二人ともアメリカに渡ってしまったから、こうして秋は一人で帰ったりもしているようだけれど。

「風丸君は商店街の方に何か用事でもあるの?」
「いや、別に?」
「えっ、だったら風丸君こっちじゃないでしょう。どうしたの?」
「どうしたのって……」

 秋の幼馴染の話題を出すべきか迷っている間に、秋は風丸が自分の隣を歩いている理由を尋ねて来る。彼女の問いに思わず正直に答えてしまえばやはり秋はだったら何故と驚いている。風丸は確かに不思議だろうなと納得する反面、これまでの心配する言葉の端々から察してくれないものだろうかと苦笑する。まあ、無理だろうなと風丸の方が秋の心情を察してしまって、上手く次の言葉を選べない。一人帰って行く秋を見つけた瞬間の、反射的行動と言ってしまえばそれだけで、だけどその反射の原因的な本音だって風丸の内側にはあるのだけれど、それを今行った所で秋には返す言葉もないだろうし、驚かせて、足を止めさせてしまっては申し訳ない。寒いし暗いし、女の子を引き留めるには時間も場所も不適切だ。
 だから、風丸が秋に好きだと告げるのはもう少し時間が経って、今よりも温かくなって日が長くなってからのことになるのだろう。


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心の石を鳴らして歩く
Title by『ダボスへ』





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