クラスの隅で群れている女子達が姦しく騒ぎ立てることには、どうやら世の中には「女子力」なる言葉が存在するらしく、その女子力が高ければ高い方が異性と付き合う上では有利らしい。有利というのは、相手の異性に対してかはたまた同性の競争相手に対してかは定かではない。そもそも、夏未には女子力が何かがわからない。それを話題に上げている女子グループとはお世辞にも仲良しとは言えなかったので、その場で尋ねることは出来なかった。
 放課後、同じマネージャーであり何かと情報通な後輩と面倒見の良い同級生に女子力とは何かと聞いてみた。すると尋ねられた二人は夏未の口からそのような言葉が出てきたことに一瞬虚を衝かれたように目を瞬いたが、直ぐに彼女からの質問に答えるべく自分の思う所を口にする。

「ファッションセンスとか、化粧がしっかり出来るかとか、男心がわかるとかのことじゃないんですか?」
「料理が出来るとか、お裁縫や掃除洗濯が出来るとか家庭的な面のことをいうのかと思ってたんだけど…」

 全く違う意見を唱えてしまい、途端に質問者である夏未よりも回答者である春奈と秋の方が不思議そうに首を傾げてしまう。どちらも答えとしては非常にそれっぽく響く。此処が間違っていると明確に添削出来る箇所もないが為にお互いに意見をぶつけ合うことも出来なかった。うんうんと暫く唸った後、結局答えが出せないまま二人とも夏未に申し訳なさそうな笑みを向けた。夏未も、「参考になったわ」と無難な言葉でこの話題を締めるしかなかった。
 仮に女子力の正しい解釈が春奈と秋の口にしたどちらかであったとして、夏未がそのどちらかを満たしているかと振り返ってみると、どちらも結局怪しかった。前者に関しては、センスが悪いつもりはないけれど、一度たりとも誰かの為を思って着飾ったことはなかったし、まだ子どもなのだからと化粧をしたこともよほどしっかりと礼装を求められる場に行くときでなければしない。男心なんて、知ったことか。後者に至っては細かく分析する必要もなく壊滅的だ。女子力とやらの中に、事務処理や仕事が手際よくこなせるかの項目が入ってくれていたのなら、満点に近い成績を叩き出すことが出来るのに。何を拘っているのか夏未自身理解出来ないまま、それでも幾分自分にがっかりして、小さく溜息を吐いた。
 それが、昨日の放課後のこと。
 今日は部活がない。いくらサッカー馬鹿ばかりが集まっていても、偶にやって来る休息はそれなりに愛しい。テンション高々に殆どの部員がまだ陽の傾かない内から校門を潜り帰っていく中、夏未は一人教室で書類と格闘している。理事長室まで出向かなかったのは、単なる気分だ。早々に教室は夏未だけを残して他の生徒は姿を消していたのだし、問題もない。ただ、クラスの違う豪炎寺が何を思ったのか彼女の前の席に陣取って理科の課題を始めた以外は。

「…豪炎寺君、貴方ここで何しているの」
「課題だ。明日提出なんだが…つい手をつけ忘れていた」
「珍しいわね」
「そうか?」

 お互いが手を休めることなく、目線も合わさず言葉だけが行きかう。尤も、豪炎寺は夏未の前の席に座っているので必然的に背中を向ける形となっている。目線など、合う訳もない。カリカリと豪炎寺がプリントにシャープペンで解答を書き込む音と、夏未が束になっている紙を捲る音だけが時折発するだけの、静かな教室。
 気まずくはなかったけれど、やはり会話がない分思考だけはぐるぐると廻って、夏未の場合はふと前日に春奈や秋と交わした会話が突然脳内で思い起こされていた。女子力云々という、ある種の無意味となった会話が。

「豪炎寺君って…女子力高そうね」
「雷門、俺は男だ」
「馬鹿ね。当然知っているわよ」

 唐突な夏未の言葉に心外だと言わんばかりに、豪炎寺は困ったような顔で肩越しに彼女を顧みた。夏未はやはり豪炎寺を見てはいなかったけれど、その顔には楽しそうな色がありありと広がっている。
 豪炎寺は女子ではないし、女子力の意味もわかっていない。夏未が昨日交わした会話だって勿論知る筈もない。それでも夏未は、春奈や秋の言葉通りの意味で女子力を測ってみたら、豪炎寺はかなり高得点を叩き出すと思うのだ。学校以外で会ったことがないので、彼のファッションセンスは知らないが、休日に一緒に遊んだことのある部員たちは特別変だったとは騒いでいないのでそれなりなのだろう。料理や掃除、裁縫も彼ならば器用にこなしそうだと夏未は偏見にも似た確信を持っている。面倒見の良い人間の、一種のテンプレとも言えるだろう。

「女子力があると異性と付き合う上で有利なんだそうよ」
「そういうものか」
「…さあ?貴方男でしょう?女子力の高い女の子の方が好き?」
「いや、別に。そもそも女子力が何かわからないしな…」

 会話らしい会話が始まってしまった所為か、豪炎寺は課題をこなしていた手を止めて、椅子に横に座る形で夏未の姿が見えるように座り直した。夏未は、まだプリントをぱらぱらと弄っていたがそれも直ぐに終わった。
 豪炎寺は、夏未の言葉に大した意図はないと察しながらもじっくりと考える。女子力の意味も知らないが、取り敢えず適当に女の子らしさと変化してみる。仕草が可愛らしかったり、穏やかに微笑んだり、可愛らしく着飾ったり、料理が出来たり、怪我をしたらハンカチや絆創膏をそっと差し出してくれたり。様々に例を挙げてみて、そろそろこれは只の妄想だなと行き着いた所で切り上げる。理想と願望は好みの一言で括ってしまえそうで、実は微妙に違うのだと、豪炎寺はささやかながらに主張したい。自分のイメージする女子力が相手に備わっていれば良いなあという淡い願望はあるけれど、積極的に理想として求めたりはしないと結論付けてみる。

「俺は…サッカーが好きで何事にも一生懸命取り組めれば女子力とかそういうのは気にしない」
「随分とまあ、無難な回答ね」
「雷門みたいな、とでも例えを添えた方が良かったか?」
「…何であなたみたいな気障な男がモテるのかしら」

 むっとした様に眉を顰めた夏未に苦笑して、豪炎寺は再び課題へと向き直る。説き伏せたい言葉は実は様々にあったりするけれど、もう少し夏未の機嫌が直ってからでないと、どれも届かないと理解している。
 気障だというけれど、誰彼構わず自分でもちょっとどうかなと思う歯が浮くような台詞を吐く訳でもない。豪炎寺のことをモテると言っているがそれは褒められているんだよなとか。夏未の言葉から察するに、彼女は自身を女子力の高い方だとは思っていないようだけれど、豪炎寺の中で一番女の子らしく映っているのは夏未なのだから、それはそれで女子力の高いということになるんじゃないかとか。
 そういう言葉をだらだらと考えてみても、結局「好きだ」と一言告げられればそれで片付くんだと自己完結しながら、豪炎寺は最後の問題を解き終えた。夏未はとっくに自分の作業を終えて、豪炎寺がペンを置くのを待っている。


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正直に言えば待っててほしい
Title by『ダボスへ』





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