※天(水)+葵

 幼馴染は一体いつまで自分たちの関係を「幼馴染」と形容できるのだろう。中学、高校と時間は過ぎて毎日隣りにあった前ばかりを見て走り抜けた幼馴染との間柄は既に疎遠といっても差支えなかった。中学校はまだしも、高校はお互い別の場所を選んだし、お互い一番隣りにいた人物が自分以外になって行くことを当たり前のように享受して流されて来た。携帯電話でメールを作成する度にアドレスの候補としてお互いの名前が一番上に上らなくなったのはいつからだろう。今では中学時代の同窓会等、昔の関係から因果を作らなければ顔を合わせることもない、そんな二人になっていた。そうして離れて行くことを寂しいとすら気付かずに振り返れば、それでも充実した日々を過ごしてきたことが果たして幸か不幸かどちらに天秤が傾くか、天馬にも葵にも分からない。
 数年ぶりに再開する場所としては雰囲気もあったものではないが、分かりやすさと陣取りやすさから駅近くのファミレスを選んだ。中学時代、同じクラスだった時の同窓会の幹事を、偶然二人で任された為、その打ち合わせをする必要があったのだ。割と仲の良いクラスだったので、一番同窓会を開く回数も多い。その為、幹事は二人組で順次受け持つという習慣が出来上がっていた。

「ごめん、お待たせ」
「天馬遅い!」
「本当にごめん、電車遅れたんだ」
「そういう時はメールしてよ。何かあったのかと思うじゃない」

 久しぶりの再会だというのに、早速遅刻してきた天馬の印象は、葵の中に色濃く残る中学時代の残像を悉く打ち壊して見せた。身長が凄く伸びた。髪は少し短くなった。声は低くなって、男の人だった。服装はカジュアルだけど、ユニフォームと制服姿だったあの頃よりずっと格好良くなっていた。時間が忘れる程にボールを追い駆けていた天馬の面影は、今の彼の風貌からは伺えなかった。そういう葵も、中学時代から比べたら驚くくらいに見間違えている。身長はあまり伸びなかった。髪は少し長くなった。声の高低は変わらないけれど、あの頃より落ち着いて喋るようになった。無茶ばかりする誰かさんを追い駆ける為に動きやすさを重視していた服装が、可愛らしいブラウスやスカートを身に着けるようになった。だってもう、そう簡単には衣類を汚すようなお転婆から、葵は卒業していたのだから。

「葵と会うのも久しぶりだよね」
「そうだね。この間のサッカー部の集まり以来かな」
「そんなになるのかあ…」

 しみじみと日数を数えるように間を置く天馬に、葵は簡単に割り出せるほど短い期間ではないと教えてやりたかった。きっと、今目の前にいる打ち合わせの相手が天馬でなければ、気楽に会話出来るようになるまでもっと沢山の時間を費やして、昔の共有した時間を記憶の海から引っ張り出してやらねばならなかったろう。そういう意味でも、葵にとって天馬は特別だった。
 あの頃、葵はきっと天馬が好きだった。確信を持ちつつも曖昧にしか表現できないのは、気付いた時にはもう恋とは呼んでやれない場所に、葵が天馬に向ける気持ちはあった。特別は確かに特別だったけれど、お互いが一緒にいる相手はいつの間にか別の人間だった。代替などでは決してなく、本物の恋をして、実った結果が天馬と葵を少しずつ引き離していったのだ。
 だから、葵の中の天馬は中学時代で止まっている。一番近くにいたあの頃。誰よりも傍で応援していたし、誰よりも彼のことを理解しているという無意識ながらの自負があった。将来の事など疑いもなく、どうぜ自分は天馬の世話を焼いているのだと思い込んでいた。実際は、こんなにも遠い。

「…天馬、まだそのストラップ着けてるの?」
「え?ああ、うん。壊れたわけでもないし」
「ふうん」

 テーブルの上に携帯を置いた天馬は、メニューを広げて何を頼もうか悩んでいる。勿論こうして席に着いた以上何かしら頼む必要はあるのだが、打ち合わせについて一言も言及しないままメニューを手に取る辺りが天馬らしい。それからもう一つ。彼の携帯にぶらさがっているストラップ。これもまた、葵の記憶にもあるサッカーボールを模した飾りがぶら下がっているもののままだった。たったこれだけのことに、葵は少しほっとした。こうして照らし合わせてみると、自分はそれほど変わったつもりもない立場なので、天馬ばかりが成長して変化してしまったかのように思えて仕方ない。彼は一体どんな時間を過して来たのだろう。自分は一体どんな時間を過して来たのだろう。今までは照らし合わせる必要なんてなかった。だって重なっていたのだから。

「この間さ、最近葵と会ってないのかって聞かれて、そう言えば暫く会ってない言ったら幼馴染はもっと大事にしろって怒られちゃったよ」
「……彼女さんに?」
「そうだけど…。その呼び方違和感あるから止めてよ」
「ふふ、冗談。水鳥さんは元気?」
「うん、元気だよ」

 天馬の恋人の名前を呼ぶのも随分と久しぶりのことだ。少しだけ目を伏せて、想像する。今の天馬の幸せを、きっと同じ様に幸せと呼べるのはもう自分ではない。好きだったし、今でも好きか嫌いかで選べば好きなのだ。今はもう、この気持ちは恋かしらなんて迷うことはないけれど。

「何か、ちょっとおかしな感じがする」
「……何が?」
「色々だよ。葵と疎遠になるなんて、昔は思ってもみなかったし。大事な用件ほっぽりだしてメニュー広げたことを葵が怒らないこともそう」
「……」
「でも…一番おかしいと思うのは、いつの間にか自分たちが大人になっちゃってたことかもしれないね」

 へらりと穏やかに微笑んで見せた天馬に、葵も緩やかに口許だけで微笑み返す。瞳は、少しの間だけ閉じていたかった。子どものまま、幼馴染のままで在れたなら、自分たちが今でも近しい関係で在れたかもしれないと、天馬は思っているのだろう。懐かしさと慈しみを浮かべた瞳で語る天馬を見ていたくなくて、それを遮る為に葵は瞳を閉じた。
 葵は何となく、幼馴染であればいつか離れ離れになるだろうとは思っていた。ただでさえ性別の違う二人は、同じものに熱中してもそれに携わる為の手段が大きく異なっていて、スタートラインの位置すら違ったのかも知れなかった。だから、葵が時々自分でも下らない仮定だと認めながらも思うのは、天馬に抱いていた特別に、恋という名前をあげれば良かったと思う。そうすれば、ただ流されて離れていくことに少しは抗ったかもしれない。他の人と恋をすることはなかったかもしれない。そうずるずるともしもを引き延ばしながら、それでも自分たちが恋人同士として隣り合っている姿など、想像出来なかった。結局葵も天馬を幼馴染以上には思えなかった。
 恋に昇華してやれなかった気持ちを、どう嚥下して程良い距離感に持っていけばいいのか分からない。このまま疎遠でいたって、お互いの生活に何の支障もきたさないことを現在の生活が証明しているから、尚のこと。
 大人になったと天馬は言った。その結果が今ならば、葵はやはり子どもだった幼馴染の二人に戻りたいと思う瞬間があることを否定しない。しかしそれは叶わない。時間を巻き戻すことが出来ないように、さっきから何度閉じた瞼の裏で「あの頃」を再生しようとしても、中学生だった天馬の顔は思い出せるのに肝心の隣にいる自分の顔が上手く思い出せない。毎日鏡で向かい合っている今の自分の顔しか描けない。もうあの頃とは遠く離れた現在で、葵は確かに大人になっていた。


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振り返った先にお前はいないんだろう
Title by『ダボスへ』



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