※半田→円堂でかつ半田→秋

円堂と、キスをした。別に付き合ってるとか、甘いムードに流されたとか、そんなことでは全然なかった。ただ部室で二人きりで、木野や染岡は来るのが遅いななんて呑気に会話している、いつも通りの空気だった。

「…半田、今の…何?」
「……何、だろう」

状況をいま一つ把握出来ていない円堂の空気を読めない問いかけは至極まっとう。だけど、行動を起こした当事者である半田だって正直何が何だか分からなかった。だって自分は円堂に恋愛感情なんて向けてはいない筈なのに。ファーストキスに夢だって未だ抱いているような思春期真っただ中なのに。何で、訳も分からず部活仲間の、それも自分と同性の男である円堂にキスなんてしたんだろう。

半田は、自分では内心秋のことが好きなのだと思っていた。好きというのをどういう気持ちに至ればそう表現できるのか。積極的に他人に尋ねることは憚られたから、はっきりとは分からない。でも、学校という中でしか殆ど女子と関わらない半田にとっては、秋が一番可愛い女の子だと思えたし、こんな廃部寸前のサッカー部でいつも笑顔で真剣に頑張っている姿を、好ましく思っているのも事実だった。
しかし、秋が円堂を好いていることも重々承知していた。最初は一番古株としての強い友情かとも思ったが、日を経る毎に秋が円堂に向ける視線の中に温かいだけだった色の中に、それよりも熱い色があることに、意外にも半田はすぐに気付けた。その一方で、円堂がもはやサッカー以外に関しては小学生レベルという程に特に恋愛感情に疎すぎることにもすぐに気付いた。
だからといって秋に同情することもなく、報われない空気に付け込んでどうこうするでもなく、半田は二人が並び立つ姿を遠目に眺めては誰に宛ててでもなく円堂と秋を似合いと称した。遠い未来のことなど知る由もなく、ただ円堂と秋が周囲の人間に夫婦なんてからかわれているのを横目に、あいつらならいつか本当にそんな関係になったりするんじゃないかとも思っていた。なったら良いなとは、やっぱりちょっと思えなかったけれど。
そんな半田が円堂に向け続けていた感情は、思いの外嫉妬というものではなかった。たった一言、「お前って凄いな」、これだけた。秋の優しすぎる好意に気付けない鈍感さも、部活を取りまく環境に立ち向かう姿勢も、サッカーというたった一つを諦めない強さも、全部が全部半田には凄いとしか言いようが無かった。

「……半田?」
「…とりあえず、ごめん」
「…うん、うん?」

謝罪の意味を汲み取れないのか、円堂は首を傾げている。半田は時間が経てば経つだけ体温が下がって行くような気がした。心なしか、汗もじわじわ浮かんでくる。責められるのは仕方ない。だけど、一般的なキスの意味すら円堂が把握していないのなら、どうかそのまま、何も考えず気付かずいてほしい。嫌われたく、ないのだ。
暫くの沈黙の後、円堂は立ち上がりいつものように河川敷で特訓してくるな、と部室を出て行った。気まずい空気しか流れていない、キスという行為の説明も出来ない、いつも通りの会話すら、無理だった。それなのに、その時、半田は円堂を引き止めたかった。中途半端に伸ばし掛けた右手に、円堂は気付くことのないまま、駆けていく。
それから、半田は一人部室の椅子に腰かけたまま動けずにいた。時間間隔はとうに鈍っていて、窓から差し込む光は橙色へと変わっていたが半田にはそこから今現在の時刻を察することは出来なかった。

「半田君?」
「……木野?」

突然、それでもそうっと開けられた扉に顔だけ向ければ、そこには秋がいてどうして此処に?と言いたげな顔で半田を見ていた。半田も、どうして今頃秋が部室にやって来たのか疑問であったが、上手く口が動かなかった。

「円堂なら、河川敷に行ったけど…?」
「うん、でもドリンクとかタオルを忘れちゃったみたいで」
「ふーん」

仮にも自分はサッカー部なのに、まるで部の活動の外にいるかのような言動だなあ、と思う。
ずっと、感じていたことがある。円堂と秋の周りだけに流れる空気を、当り前のようにイコールサッカー部のように思っていた。そこに入り込めない自分は、果たしてここにいる意味があるのかと。
恋愛感情から来る疎外感を持ち込むには些か不釣り合いな場かもしれない。だけど学生という狭い世界と視野しか持たない自分にとって、居場所という物は案外必死になってしがみついて確保しなければいけないものの一つなのだ。円堂と秋はきっと自分のことを笑って仲間だと、友達だと言ってくれるに決まっているのに。そう理解しながら行きつくのは先ほどの自分の円堂への暴挙。本当に、何で、キスなんてしたんだろう。
キスと行動原理を一番直結に解くのなら、それは相手のことが好きだからだろう。半田は、円堂を、好きだ。だけど、それは恋じゃないだろうと何度も頭の中で繰り返す。友情と恋情は男女に於いては曖昧でも年齢故に仕方がないかも知れない。だけど自分達は男同士だ。その線引きははっきりさせておかなければ、相手にだって迷惑が掛かるだろう。

「半田君、具合悪いの?」
「…!いや、別に?」
「でもなんか変だよ?」
「そんなことないって、河川敷、行くんだろ?」

俺も行こうかな、と立ち上がれば秋はそう、と少し頬に喜色を浮かべて微笑む。そんな表情の変化を眺めながら視線をずらせば秋の唇が目に付いてそこで止まる。無意識に、円堂の唇に自分の唇を寄せた瞬間をもう一度手繰り寄せてみる。本当に、無意識で、一瞬だった。今、秋の唇を眺めても、自分の脚は一歩たりとも動かない。それは、何故か。半田の脳内ではいつだって木野は良い奴で、可愛くて、好きだと思える。だけど、それが恋だとは今となっては断言できなくなってしまった。
秋の唇を眺めながら、今ここで自分が今度は秋にキスをしたら、円堂と木野は間接キスになるのかなあなんて考えてしまえる辺り、半田は円堂と秋のことが相当好きなのだろう。



―――――――――――

間違えた心臓
Title by『彼女の為に泣いた』




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -