昼休みの屋上で、一年生四人で昼食をとることがいつの間にか習慣になっていた。きっかけは、ひとりで昼食をとる剣城の元に天馬や信助、葵といった仲良し組が一緒に食べようと付き纏ったこと。最初は邪険に扱っていた剣城も、次第にまあいいかと放っておくようになり、今となっては昼休みになったら屋上に集合という暗黙の了解が出来上がっていた。つまるところ、剣城は絆されていた。 今日も剣城がひとりで屋上の扉を開けると、先に来ていた葵が地べたに座り込みながら両手で携帯を弄っていた。剣城には理解できないが、何故女子は両手で携帯を打つのだろう。知ったところでどうにもならないことを気に掛けながら、信じられない速度でボタンを叩いている葵の隣に黙って腰をおろした。 「二人は?」 「天馬が居眠りで捕まっちゃって呼び出し。信助は飲み物買ったら来るよ」 「アイツ自販機使えんのかよ」 「大丈夫だよ。だって跳べるもん」 「ああ、そう」 呑気な会話。剣城は自分がこの雷門でこんなどうでもいい会話に興じる日が来るとは思っていなかった。力ずくで全てを片づけられると思っていて、そうするつもりだった。学校とは本来学業に勤しむ場所である筈だが、一部の人間にはそれよりも大事なものがある。特にこの学校は、サッカーに重きを置く傾向が日本全国の中でもトップクラスだったのだろう。今でこそ部員もぎりぎりしかいないし、過去の栄光と呼ばれようが全国三連覇から始まったこの学校の中学サッカー界での存在感は無視できないものがある。名が大きければ、それだけ視線も集まるしある程度力のある選手も集まりやすい。そういった人間は割と真剣にサッカーのことばかり考えているから、その大切な物をあっさりと踏みにじってやれるんだよと示してやるだけでよかった。そうすればもう、自分の仕事は思い通りに運べると剣城はつい最近まで思っていたのだ。 そんな剣城の道を塞いであれよあれよという間に進路変更をさせたのは他でもなく天馬だったのだろう。あれはそういうのがやけに得意だ。 「剣城君、天馬のこと考えてるの?」 「はあ!?」 「眉間に皺が寄ってたよー。こう、ぐぐぐっと」 「……」 葵はいつの間にか携帯から目を離して剣城の方をじっと見つめている。さっきまではがっちりと握られていた携帯は今ではおざなりに開かれたままの状態で地べたに置かれていた。剣城の今の表情を真似る為に両人差し指で眉尻を引き上げるように押している。 剣城は、葵の発言が全くの的外れでは無かったことに、それぞれ少しずつの驚きと苛立ちと納得を覚えた。無意識とはいえ顰められていたらしい眉を意識して解くようにし、少し息を吐いた。別に嫌悪感だとか、マイナス感情故に天馬のことを考えて顔を険しくしていた訳ではない。それは、葵も当然分かっているらしかった。 それから、未だに自分の眉を抑えている葵の両手首を掴んで、剣城の真似をやめさせる。本人には悪いが、あまり可愛くはなかったので。剣城の表情から、彼の胸中をはっきり読み取ったらしい葵は、今度はむっとした様子で唇を尖らせた。彼女の手首を掴んだままの剣城は、やはり可愛くないという本音を飲み込みながら、自分と比べ幾分細い手首に心許無い気持ちになった。傷付けたいとは思っていないけれど、簡単に傷付けてしまえそうな葵の存在が、少しだけ怖い。 「剣城君のお弁当ってそれだけ?」 「ああ」 「……昨日もそうじゃなかった?」 「そうだったか?」 剣城の傍に置かれたビニール袋から覗く菓子パンのパッケージを見とめた葵は、彼の食生活を案じる意味を込めて尋ねたのが、当の本人は全く頓着していない様子で昨日の昼食のことすら覚えていないらしかった。 確かに剣城が手作り弁当を持ってくるようなキャラではないと葵も思っているが、中学生の内からコンビニに食生活を委ねる生活は戴けない。成長期を控えた身体にだって良くないし、運動部なのだからもっとしっかりとした食事を採るべきだ、と思うだけ思っている。 弁当を用意しないのは剣城の都合だし、お節介が過ぎて怒られたり嫌われたくもない。だが葵はお節介だった。少しばかり自覚しているが、こういうのは性分と衝動によってついそう他人に働きかけてしまう無意識だから、自制しようと思って出来るものでもなかった。 「ね、ね、剣城君のお昼それだけで足りるの?」 「微妙、部活までもてばいい方だな」 「じゃあ私のお弁当のおかずちょっとだけ分けてあげるよ!パンばっかりじゃ栄養偏るもん」 ぱっと剣城に掴まれていた腕を解いて自分のお弁当の入った袋を取り出す。年頃の女の子らしく可愛らしいそれに、一瞬剣城の頬が引き攣る。葵は、普段はただ面倒見の良い女の子だが稀にこうして押しが強くて勝てなくなる時があるので分からない。 別に剣城は、自分の昼食に不満を抱いたりはしていないのだが。 「この卵焼きは自分で作ったんだけどね?なかなかの出来だと思う!」 「ああ、うん、そう」 「でも唐揚げの方がお腹には溜まるのかな?剣城君はどれ食べたい?」 「いや、別に良いんですけど…」 剣城の心底からの遠慮を、葵は不満そうに頬を膨らませて黙殺しようと試みる。そのままじっと睨み合い、このまま天馬と信助が来てくれればと淡い希望を剣城が抱いた瞬間、ひどく自然な動作で、葵が剣城の口の中に卵焼きを放り込んだ。口に物が放り込まれれば、反射的に咀嚼を開始してしまうのが人の性である。甘めに味付けされた卵をもぐもぐと噛み、最終的にはごくんと嚥下する。腑に落ちない表情で一連の動作を終えた剣城に、葵はこれでもかというくらい微笑んで見せた。 「美味しい?」 「…甘い」 「じゃあ明日は塩味にするね!」 「あっそう…」 葵があまりに楽しそうなので、剣城はもう彼女に対するアクションのありとあらゆるものを投げた。貰えるならもうそれでいい。 少なくとも、明日も剣城の昼食はコンビニのパンなのだ。登校途中にコンビニに寄る習慣も変わらない。ただ、明日は自分の為に塩味の卵焼きを作って来てくれるらしい彼女の為に、お礼のプリンでも購入して来てやろうかと思った。 天馬と信助は、示し合せたかの様にまだ来る気配が無かった。 ――――――――――― あたし生きてるし料理も上手だし Title by『ダボスへ』 |