『忙しいから暫く会えない』
 お風呂からあがり、髪をしっかりと乾かして、さあ寝ようとベッドに潜ったと同時に届いた成神からのメールは、何の変哲もない一日を滞りなく終わらせようとしていた春奈の機嫌を一気に突き落とした。句点すら添えられていない一文の表すことは、用件しか打ち込めないほど忙しいのか、そういえばとついでのように思い出した連絡事項故のおざなりさか。ああそうですか、と問い詰める返信は送らずとも無意識に顰めていた表情はきっと可愛くない。納得出来ませんと今の自分の表情を成神に送り付けてやりたい。実行したところで、どうなるものでもないと知っているから、しないけれど。
 成神と春奈が付き合い始めてから、もう随分と時間が経った。まだ中学生同士のふたりだったから、漫画やドラマの中の恋人たちみたいな付き合い方は出来ない。手を繋いで買い物に出掛けて、たまに映画を観たりする。お洒落なんて、女子中学生のお財布事情なんてそう裕福な筈がないから年相応の格好に落ち着く。ご飯だって決まって割り勘だから、コンビニやスーパーでお菓子や飲み物を買ってどちらかの部屋に遊びに行った方が何かと便利だった。友達同士の付き合いとどこが違うのと振り返れば、そういえばあまり大差ないと気付く。
 でも好きだから。春奈は成神が好きで、そうでなければ休日の時間を割いて彼と遊んだりはしないと知っている。元々通う学校すら違う自分たちを繋ぐきっかけとなったサッカーを度外視することなど出来なくて。前からの予定が流れてしまってもその理由がサッカーなら仕方ないよねと思える程度には、春奈にとっても成神にとっても大切なものと言えた。
 だけど、それは理由があるから我慢出来ると言うだけで、会いたい気持ちが治まった訳などでは決してない。別々の学校に通う自分たちは、一緒に下校とか、放課後デートだってまだしたことがないのに。少しずつズレて行われる大会も定期考査も憎たらしい。どちらかが少しだけ自分の時間を犠牲にして相手に会いに行けば、それが一瞬でも確かに満たされるんだろうなとは思えども望まない。無理はして欲しくなくて、したくなかった。そうした無理とか背伸びがひとつひとつ積み重なって軋轢を生んでがらがらと崩れ去って行く。漫画やドラマの中みたいなこと、マイナス面だけならきっと簡単に再現出来てしまう。
 今はまだ子どものまま、下手くそな付き合い方でも良いから、無理はしないでいよう。春奈が望んで、成神に求めたこと。流れる時間は穏やかで、だけど速いものだからきっと直ぐ大人になれると思っていた。無理をせずとも生きる世界が広がって、二人の世界だって自然に重なるものと疑わなかった。こんな考え方自体が、そうそう好きな人に会えない現実を誤魔化す為の背伸びだったのかもしれない。

「わ、か、り、ま、し……」

 メールの返事を打つ手を止める。わかりましたの一言だけでは、あまりに素っ気ないだろうか。成神に拗ねたり怒っていると思われないだろうか。作成途中の文章を消去して、また最初から打ち直そうと春奈は言葉を探す。
――大丈夫って、何がだろう。
――どうして、は聞いちゃだめかな。
――いっそ返さない方が良いのかな。あっちからのメールだってなんか素っ気ないんだし。
 考えて考えて、結局何も纏まらなかった。そして、自分の回答を考えていた筈がいつの間にか成神の意図や気持ちを探るような方向に進んで行ってしまう。忙しいから暫く会えないって、何で忙しくて、実際どれくらい会えないんですかと尋ねるのは、彼の行動全てを把握したがっているようで、束縛しようとしているみたいで嫌だった。普段通りだって、滅多に会えないじゃないかと皮肉な現実を掘り出して、跳ね返って自分の胸に棘が刺さる。そう、会えないのに。そんな短い言葉で彼は自分を繋ぎ止めようとしているのか。

「なんか、…ムカつく、かも」

 そりゃあ、私は成神君のことが大好きだから、ハッキリ嫌いになったと別れ話をされない限りは、どんなに放って置かれても貴方のことを待っているんでしょうね。
 声にも出さないノロケは部屋どころか春奈自身にさえ響かない。ひとりきり、こんなに悶々と悩むなんてまるで片思いみたいだなんて、ヒロインぶったりはしない。だけど心の中、成神に下手くそと悪態をつくことも忘れない。たった一言、フォローの言葉でも添えていてくれたらそれで良かったのに。そしたらこんな風に深く思い悩んで成神への猜疑心を起こすこともせず了承のメールを返信してそのまま瞼を閉じて明日に備えて眠れたに違いない。部活の朝練だってあるから、ちゃんと寝てすっきりと目覚めて清々しい一日を迎える予定が既におじゃんだ。どうしてくれる、と唇を尖らせながら、成神が今の自分の表情を見たら指をさして不細工と笑って見せるのだろう。失礼で、とことん自分を振り回すのが上手い人だ。
 春奈が、やっぱり自分は成神にベタ惚れなのだと再確認していると、開きっぱなしの携帯に新着メールが一件届く。こんな時に一体誰だとボタンを連打してそれを開けばどうやらまた成神からのものだった。
『会えない間に浮気すんなよ(笑)』
 何で笑うんだろう。疑問に思ったが、彼からのメールの内容に自分の頬が緩んでいるのが分かる。浮気なんて、する筈がないのに。春奈はこう断言出来るくらい、一番に成神が好きだ。でも今は、ちょっとだけ調子に乗って、自分のことが好きで仕方ないのに忙しくて会えない成神を不安にさせない為に、浮気しないでいてあげようと、上から目線で物を言ってみる。
 上昇した機嫌が促すまま、先程まで止まっていた手を嘘のように動かして成神に返事を送る。にんまりと口元を象って、幸せに浸って携帯を閉じる。暫く会えないことは確かに寂しいけれど。だから明日から毎晩でも、たった今成神に送ったメールと同内容のものを彼に送信してあげよう。きっとどちらも寂しくなんてなくなるに違いない。


『頑張ってね、ダーリン!』



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そうして世界は平和になるんだろう
Title by『カカリア』





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